第二話 斎み(いみ)
アレクスは村長から譲り受けた地図を広げた。
大陸は巨大な獣の頭のような形をしており、大陸の北方沖には小さな孤島がある。ここアルバス村は大陸の最南端だ。蛇行しながら北上し、最北まですべての村や町を訪問することに決めた。
次の目的地はここから西に位置する、山と海に挟まれた村「シジマ村」にすることにした。
「お母さん、村のみんな、行ってきます!」
――村を出てから数日後。目の前には小さな集落が映った。シジマ村に到着したのだ。
シジマ村もアルバス村と同じように、一面凍てついていた。
アレクスは村長を訪ね、炎の存在と、注意事項も併せて伝えた。それから、この村に伝わる言葉や伝承がないか尋ねてみた。
村長が重い口を開く。「この村にはたしかに童唄というものがあります。しかし、それは禁忌とされておりますゆえ、お話しすることはできません。」アレクスは非常に惹かれたが、そう言われては踏み込むことはできなかった。
村長から話を聞き出せなかったアレクスは、村から見える海の方へ歩いてみることにした。
村の外れに来た時、何やら音が聞こえ、それを辿ると小さな古い小屋があった。アレクスは気になってしまい、小屋に近づき中を覗こうとした。
「誰?誰か来たの?」
薄暗い小屋の中から、怯えたような少女の声がした。
「僕はアレクス。アルバス村から来たんだ。君は……」
「近づいちゃだめよ!」
アレクスの言葉を遮るように少女は叫んだ。
「私に近づくと呪われるわ。私は忌み子なんだから……っ。」
その言葉にアレクスはたちまち顔を輝かせた。
「えっ!君は斎み子なの?神様にお仕えしているなんてすごいんだね!」
「は?」
少女にはこの少年が何を言っているのかわからなかった。
「何言ってるのよ。忌み子よ忌み子!呪われた子供って意味なのよ!だから村から隔離されているのよ。」
「ご、ごめんなさい。僕の持っている本には忌み子って神様にお仕えして、穢れを祓う人のことだって書いてあったから……。」
申し訳なさそうに眉を下げるこの少年に悪意のない純粋な人柄を感じ、少女はふっと肩の力を抜いた。
少しの逡巡の後、少女は小屋から出てきた。
「着いて来て。忌み子って言われている理由を教えてあげるから。」
「私はコハル。コハル・カミコよ。」
二人は海の崖際まで来た。
「あそこよ。」
コハルが指をさす先には海蝕洞があった。
中に入るとそこには壁画があった。海が描かれているのだが、何やら横向きに空を通る波のような、渦巻きのようなものが一面に描かれている。空からはギザギザしたものが海まで続いており、それにより船が真っ二つに割れてしまっている絵だった。その脇には文字、いや文章が書かれていた。
「これは『嵐』を描いたものよ。船で海に出るとこの嵐に襲われるんだって。それからこっちは童唄。唄ってしまうと『嵐』が来るから、村では決して唄わないように大人から教わるの。」
アレクスは童唄を読んでいて気になるものを見つけた。「風」だ。祠で見つけた辞書にしか書いていない言葉だったから、覚えていたのだ。
「ねえ、この『風』って……。」
アレクスが言いかけた途端、
「ダメよ!」
コハルが叫んだ。
「それが私が忌み子と呼ばれた元凶よ。それのせいで村には吹雪が襲ってきて、みんな死んでしまうところだったの……。」
「私が……私が唄なんて唄わなかったら!こんな壁画さえ見つけなかったら!みんなが苦しむこともなかったの!私がみんなを殺しかけたのよ!」
コハルは泣き出してしまった。
震えるコハルを見て、アレクスは静かに言った。
「そうだったんだ……。でもちょっと見て。」
アレクスは鞄から辞書を出し、コハルに見せた。
「ほらここ。風の説明があるけど、風は怖いものじゃないんだよ。「大気の移動。冷たい場所と温かい場所の間に生まれ、空気を運ぶ見えない波」ってかいてある。それにほら!」
アレクスがページをめくる。
「この『恵風』っていうのは『冬の冷気を押し流し、大地に熱を運んで命を芽吹かせる、穏やかなあたたかい春の風』って書いてあるよ。」
「あたたかい……?風が……?」
コハルは戸惑い、言葉を失った。自分の呪われた力が、あたたかいものだなんて信じられなかった。
「君の『風』は決して悪いものだけじゃない。みんなを助けることだってできる……」
アレクスが言いかけたその時、
――ズズズズズンッ!!突如地面が揺れ、轟音が響き渡った。
「な、なに!?」二人は慌てて飛び出し、轟音が聞こえた村へと急いだ。
村に着くと二人の目に飛び込んできたのは、一面の「白」だった。雪崩が起き、雪が家をも埋めてしまうほど雪で覆われていた。
「誰か!誰かいませんか!」
アレクスは無意識のうちに声を上げていた。一刻を争う事態だ。
すぐそばで
「うぅ……。助けて……。」
とうめき声が聞こえてきた。
急いで駆け寄るも、重なった雪は重く、引っぱり上げることができない。
(ど、どうしよう⁉いや、落ち着くんだ……っ!魔法で雪をどかせたら)
アレクスは必死に自分を落ち着かせた。
アルバス村を襲撃した魔獣が思い浮かんできた。しかし、アレクスは首を振る。
(いや、ダメだ。炎で溶かすのは簡単だけど、でもそれこそまずい。雪の下の人にまで被害が出てしまう。どうすれば……。)
アレクスの意識が深く沈んでいく。近くで叫ぶコハルの声もだんだんと小さくなっていく。
「そうか!」
アレクスは叫んだ。
「コハル!風だ!僕が雪を溶かすから、君はあたたかい風で村を包むんだ!」
「えっ⁉そんなの無理よ……。だって……」
コハルは戸惑っていた。そうだ。私の風は呪われたもの。またみんなを苦しめたら、私は……。
「さっき本で見たでしょ!君の風は呪いなんかじゃない。みんなを助けられる力なんだ!」
「このままじゃ村の人たちが死んじゃうよ!みんなを助けられなくもいいの⁉」
コハルはハッとした。そうだ。命を芽吹かせる、穏やかなあたたかい風。
「僕が見せた炎のあたたかさを思い出しながら!」
(私の力は呪いなんかじゃない。今みんなを助けられるのは、私しかいないんだ!)
「アレクス!雪を溶かして!私がみんなを助けるわ!」
「っ!うん!やるよ!」
アレクスは炎ではなく、雪を溶かす魔法を唱える。
「固く結ばれた冷たい茨をほどけ!溶解!」
コハルは童唄を思い出していた。
(そうだ。今思えば、唄の中にもあったじゃない。あたたかい風が。なんで今まで気付かなかったんだろ。)
固く閉ざした 冷たい静寂
みどりがそっと 押しのける
寝ぼけ眼の あの子を起こそ
「命芽吹かせるあたたかい風。この村を包んで!恵風!」
コハルが唄い終わると一瞬の静寂。そして、どこからともなく、穏やかに、しかしだんだんと勢いを増してあたたかな風が流れ込み、村全体を包んだ。
二人の魔法によってみるみる雪が溶けてゆき、あたたかい風に包まれ村の命は救われた。
凍てついていた台地には、小さな緑が顔をのぞかせていた。
その光景はまるで、シジマ村に春がやってきたようだった。
――数日後。
「村長。私、アレクスの旅について行くことにしたわ。」
「この村を救ったんだ。お前はもう忌み子ではない。この村でお前を避けるものはもういないのだぞ。」
あれ以来、シジマ村は穏やかな風に包まれていた。
「ううん。私はアレクスに助けてもらったんだもの。世界中に、私たちと同じように苦しんでいる人がいる。今度は私が助ける番。私の力はきっと、そのためにあるんだと思う!」
村長は少女の目に宿った固い決意を見た。
「そうか。ならもう何も言うまい。気を付けてな。」
こうして、二人は次の目的地へと旅立った。




