「だ~か~ら~、」
テスト2日目が終了した。すでに半分以上燃え尽きている私の隣には、相変わらず普段通りの神宮さん。離れの居間で、明日に備えて勉強会中だ。
初めは2人で机を挟むようにしていたのだが、神宮さんが勉強に飽きたのと、私の質問がしつこいのとでこういう配置になった。
しかし、私も、解き方が分かってしまえば早いのだ。さっきまでの質問の量は一変して、居間は静かになった。神宮さんは、私が昨日言っていた本を読んでいる。昨日、帰ってきてから貸した。
数学のワークの見開き1ページを終え、丸付けが終わると、次のページをめくる。途端に、青ざめる。私の嫌いな、にっくき三角関数の問題が並んでいた。全世界の数学好きのみなさん、本当にすみません。でも、嫌いなものは嫌いなんだよ!
「どうしたのだ? 随分と顔色が悪いように見えるが」
いいところまで読み切ったらしい神宮さんが、私の顔を見て、ゆっくりと本を閉じた。
「何処が分からないのだ?」
テキストをのぞき込む神宮さん。少し近い気もするが、あえてスルーしよう。神宮さん本人は気にしていないはずだし。
「ここは図を書いた方がいいかもしれないな。こう、こうに線を引いて」
「こう?」
「いや、違う。……こうだ」
違ったらしく、さらに身を乗り出して、テキストの余白に、指で線を引いていく。私もシャーペンで後を追う。
「こういうこと?」
「そうだ。で、ここがこう……」
「え? あぁ、それで良かったんだ」
“四角1”が解決した。“四角1”の確認兼練習である“四角2”はいいのだが、“四角3”は解けなかった。先ほどの質問から5分とちょっとしか経過していないが、再び次の質問。ページをめくりかけた神宮さんが、嫌な顔をせずにテキストを覗きこんだ。……ごめんね。
「ここは、こうだ」
「こう?」
「いや、違う。……だから、こう、だ」
神宮さんは、いちいち説明するのが面倒になったらしい。私の手の上からシャーペンを握り、線をひき始めた。ドキドキする展開なんだろうけど、一瞬、思考が置いてけぼりになって、それどころじゃない。
「……と、こういうことだ」
「――え? あ、……もう一度お願いします」
「……」
神宮さんは、もう一度、丁寧に説明してくれた。だがしかし、やっと帰ってきた思考が、数学の問題じゃないところに反応し始めた。少女マンガとかで、主人公が惚れてしまう、よくあるシーンだ。いつだったか、神宮さんのこと好きなのかと考えたときとは違う。王道中の王道だ。
神宮さんの手が温かい。温かくて、私の手よりも少しゴツゴツしてて、骨張ってた。男子の手って、すごい。お父さんのと違って、細くて、柔らかったけど、私のとは、あきらかに違った。
「……わかったか?」
「あへ?」
変な声を出してしまい、慌てて口を押さえる。いかん。まったく分からなかった。
――私、何考えてるんだろう……。
「ごめん、神宮さん。私、もう無理」
「うぬ?」
「集中力が限界」
「……。では、少し休憩にしようではないか」
時計を見た神宮さんが、ため息をついた。その割には楽しそうなので、よしとしよう。
離れにある簡易キッチンでお茶を入れると、神宮さんが目覚ましを取り出した。
「20分休憩しよう。気づいたら、かれこれ2時間勉強していた」
ホントだ。
ティーバッグの紅茶を飲みつつ、何か話題を探す。
「そういえば、神宮さんの目覚まし、音楽が鳴らない?」
毎朝、うっすい壁一枚しか仕切りがない部屋にすんでいるから、目覚ましの音楽も、わずかとは言え聞こえてきてしまう。もちろん私のも聞こえているんだろうな。
「ああ。寬子さんにもらったのだが、何かの懸賞で当たったらしくてな。それのCMソングなのだそうだ」
「なんの?」
「何だったか……。たしか、のど飴か何かだったと思う」
「あぁ、あれか!」
やっと思い出した。最近、テレビでは聞かなかったから、いわれるまで分からなかった。
「あれね、歌詞があるんだよ」
「……あんなに短いのにか?」
「そりゃあ、CMですから」
歌詞とは言わないかもしれないけどね。
こんなくだらない話題でもここまでもりあがれるとは……。
例の音楽が鳴る頃には、面白がった神宮さんも、すっかり歌詞を覚えていた。
「毎日おもしろい~」
神宮さん、ノリノリ。でも、勉強に戻らなくてはいけない。
ふとシンデレラを思い出した私は、勉強のために、頭を切り替える。
……でも、神宮さんの鈍さには、どうにも耐えきれないらしい。
しっかり覚えることができないまま、いたずらに時間は過ぎゆく。




