文化祭午後
1時間の重労働に耐え、班のメンバー達と交換で昼食をとる。目の前に、あんなにおいしそうな和菓子が並んでいるのに、私の手元にあるのは、自作のお弁当。
ため息をつきつつ、沙耶香ちゃんと2人並んで、黙々と食べる。早く交代しなくてはならないと思うと、自然と早食いになってしまう。
……むせてしまった。
「慌てなくていいのに」
空っぽの弁当箱を閉じ、沙耶香ちゃんが言う。沙耶香ちゃんは元々早食い? とても意外。
結局、沙耶香ちゃんに10分遅れて食べ終わると、お店は、結構混んでいた。
「流石ご飯時」
「……おやつの時間に混んで、ご飯時には空くかと思ったのに」
「まあ、儲かって……え~と、繁盛してるんだからいいじゃん!」
私が言うと、雅人くんが反応した。
……雅人くんは、お金にがめつい?
「雅人、本音でてる」
沙耶香ちゃんが突っ込む。それに笑顔で返し、神宮さんを連れて教室を出て行く。お弁当を持っていなかったから、どこかのクラスで買うんだろう。
そういえば、と、実技系の苦手な神宮さんを思った。
「そういえば、神宮さんは、お弁当、どうしたんだろう? 一緒につくってあげれば良かったかな……って!」
ぽつりともらした独り言に突っ込みを入れ、頬が火照るのを感じる。体中の体温が高くなり、手に変な汗をかいた。
「どうした? さっちゃん」
鈴香ちゃんに呼ばれ、火照ったままの頬を軽くたたき、小さく深呼吸。
「大丈夫」
答えるが、さほど大丈夫なようにも思えない。
最近、神宮さんの事を考えて、勝手に赤くなってることが増えた気がする。
全然、大丈夫じゃないよ。
……私、熱でもある……?
しばらくして、正気に戻って厨房係を開始。どうやら、一部のお客さんは、先生にやられたらしい。
確かに、まだ若く、やる気に満ちあふれる先生は、とてもきれいだ。身長は、背の高い高校生と大して変わらない。超美人で、多少色気を兼ね備えた女子高校生に見えなくもない。でも、先生目当てのお客さんがそこまで多いとは思っていなかった。
「流石、オトナノジョセイ」
「……ねえ、それ、からかってない?」
明らかに棒読みの沙耶香ちゃんの言葉に、ため息交じりで聞く。沙耶香ちゃんは否定しているが、顔が笑っている。
「そんなことないっテ」
最後の方、笑いをこらえきれていない。変な発音だった。
からかい100%の沙耶香ちゃんを止めたのは、Eグループの彩花ちゃんだった。
「その、オトナノジョセイってやつ、きっと沙耶香も入ってるよ」
石化した沙耶香ちゃんに、さらに追い打ちをかける。
「雰囲気が、オトナノジョセイ(笑)だもん。外見がいいのは認めるけど、話で気を引いてさぁ。……手も動かそうか?」
今、“オトナノジョセイ”の後、“(笑)”ついてた。クスッ、って笑ったよね?
「彩花、たまに黒いよな……」
私は、鈴香ちゃんに同意しようとするけれど、彩花ちゃんの笑顔を見て止めた。ひくっ、と頬が引きつるのを感じる。
「今何か言った?」
「いえ、何も……」
鈴香ちゃんが降参ポーズをとる。恐るべき彩花ちゃん。怒らせてはならない人だ。
……今日は、人の意外な一面をたくさん見ている気がする。
神宮さんと雅人くんが帰ってきて、彩花ちゃんともう1人の子が出て行く。Aグループのみんなが終わったため、次はEグループだ。
彩花ちゃんがいなくなった教室(厨房部分)は、わいわいガヤガヤとし始めた。手は動かしつつも、今までの張り詰めた雰囲気はない。そのまま、15分が経過した頃。
彩花ちゃんが帰ってきて、厨房が凍り付く。
沙耶香ちゃんが、伏せていた目を上げる。厨房にいる全ての人が、落雷を覚悟した。
しかし、いつまでたっても落ちないどころか、鼻歌を歌っている。
「ふ~、お腹いっぱい! さ、働くぞ~」
鈴香ちゃんの頬が引きつる。
「彩花、お腹が空くと暴走するタイプ?」
……恐るべし彩花ちゃん。
再び休憩を手にした私たちは、鈴香ちゃんに、「はい、カップル組は行った行った」と、半ば追い払われるようにして別れた。沙耶香さん達とも別れ、私たちは、またしても2人きりだ。
「今度は、何処行く?」
神宮さんに聞かれ、パンフレットを見る。ふと目に付いた教室を指さし、神宮さんに見せた。
「文芸部?」
「そう。私も、巫女に呼ばれなければ、向こうの高校で、入ってたかも」
バレーボール部と卓球部、それと文芸部で迷っていたのは事実だ。
もっとも、部活を禁止されてしまった今では、それもできない話だけれど。
文芸部は、3階の空き教室を使っていた。部誌を販売していたので、500円で一冊買う。
「俺にも貸して」
「もちろん!」
教室の黒板には、たくさんの紙が貼り付けてあった。そして、チョークで大きく、“意中の相手に 月がきれいですね と言われたら、なんと答える?”と書いてある。
「月がきれい……?」
「そう。夏目漱石が、I love youを“月がきれいですね”と訳したっていう逸話があるから、たぶん、その事だと思う」
「なるほど、それで、“ありがとう”とか書いてあるわけか」
確かに、紙には、“ありがとう”や、“月はずっときれいですよ”(ずっと前から私も好き、という意味)、“死んでもいいわ”(文豪の二葉亭四迷が「Yours」というセリフを「(あなたのためになら)死んでもいいわ」と訳した話からきている)なんてのもある。
「こっちのはちょっと面白いぞ」
「ん?」
神宮さんに呼ばれ、目を向ける。
“私はどうなの?”と書いてある紙。ストレートだけど、意味を理解できていないように思う。さらには、“はぁ?”と書いてあるものも。
「……この人は、きっとこの言葉の意味を知らなかったんだね」
「……初めの頃に貼ったようだから、参考にできるまわりの紙も少なかったのかもな……」
少しかわいそうに思ってから、残りの30分は劇を見ようという話になり、体育館へ向かう。
「神話を劇にするなんて、よくわかっている!」
「劇の内容にケチつけたりしないでね。簡易版なんだろうし」
「う、うむ……」
興奮気味な神宮さんをなだめつつ、比較的前の方の席を取る。
はじめに、ナレーターが解説をする。内容は、神話をピックアップした物らしい。
説明を終えると、劇モードに入ったであろうナレーションが、2人で、交代ですらすらと言葉を口にする。
「世界はまだ、混沌としていました……」
3人の神様役の人が出てきて、次に、男女二人が出てくる。あれがイザナギ役とイザナミ役だろう。
劇らしく、大きな声でセリフを言った後、イザナギ役とイザナミ役の2人が、急に声を張り、ひときわ大きな声で言う。
「手には矛を」
決めゼリフというか、重要なセリフなのだろうと分かる。
剣を持つイザナギ役の手に、イザナミ役が手を重ね、ゆっくりとかき回す動作をする。
隣で、神宮さんが目を輝かせていた。
それを見て、なんだか心が温かくなるのを感じ、慌てて否定した。
……やっぱり、今日の私、なんかおかしい。
劇は、イザナミとイザナギが、矛をこおろこおろとかき回し、すっと引き上げる。矛の先から落ちた雫が、島となった……というところで一旦切られ、第2幕として、天孫降臨になった。
「イザナギから生まれ、神々のすむ高天原を任されたアマテラスは、孫のニニギを葦原の中つ国、つまり私たちの住む世界へと降らせ、治めさせることにしました……」
先ほどとは違うナレーターが話す。
どこかで聞いた名前が出てきたので、神宮さんに確認する。
「ニニギって、あの?」
「そう。お父上だ」
お父上……。小声だったからセーフ?
ナレーションに続き、アマテラス役が、ニニギ役に向かって言った。
「葦原の中つ国は、イザナギとイザナミが産んで、オオクニヌシが育てて、私たちが譲ってもらった、大切な国なのです。ですから、この国に住んでいる人たちのことを、よろしくお願いします」
ニニギ役も答える。なかなか演技が上手い。緊張しつつも、誇らしく思っているのだということが、よく伝わってくる。
「おまかせください」
まだ劇は終わっていないけど、交代のため、5分前には教室にいたい。続きは神宮さんに聞くとしよう。神宮さんを急かし、教室へと向かった。




