文化祭午前
文化祭当日、1-2のみんなには、7:00集合の命令が出た。前日のホームルームで、殺気と間違えるほどのやる気に燃える先生が言ったその言葉は、命令同然の迫力を持っていた。おかげで、遅刻者はナシ。みんな、昨日の先生にも負けないほど、やる気に満ちている。
「成功させるぞー!」
神宮さんのかけ声に、クラス全員の声が重なった。
「おー!!」
空は快晴、夏のような陽気の、6月中旬だった。
各係での、最終調整に入った。厨房係とメニュー係が大忙しで走り回り、それ以外の人たちは、お互いに助け合いつつ浴衣を着ていく。体操着の上から着るので、1人だと着づらい。
「神宮さん、紺色ッ!? なんか、大人……」
着流しのように、ゆったりと着ている浴衣は、紺色一色。灰色の帯がとても良くお似合いです。
「む? 昌幸ど……昌幸さんに借りたんだ。菅野のは、黒地に……小さい、花?」
おじいちゃん、紺色着てたんだ……。それはそうと、私の浴衣だ。
「うん、そう。白とか、ピンクとかの小花がね……って、着た方が早いね。ちょっと待ってて……」
神宮さんが、手伝ってくれようとして、手を引っ込めた。まわりで、女子は女子同士でキャーキャーしているのに気がついたんだろう。1人で着る。
黒地に、薄ピンクや白色の、桜に似た小花を、斜めに入れた浴衣。黄色い帯が映える。デザインがあまりうるさくなく、それでもってシンプルすぎるわけでもないので、かなりお気に入り。
神宮さんは、何かを気にしたようにキョロキョロと周りを見ていた。
「誰か、今、呼んだような……?」
「わぁ、神宮くん、すっごい似合うね!」
神宮さんに向かってきたのは彩花さん。続いて鈴香ちゃんが、沙耶香ちゃんと一緒にやってきた。
「ホントだ、照彰くん、すっごい似合う! でも、咲子ちゃんも、なんだか……大人っぽいというか、色気がある!」
「色気!?」
鈴香ちゃんの言葉に驚いていると、沙耶香ちゃんが追い打ちをかけてきた。
「ほんとだ、なんか、フェロモンが……」
「フェロモンって、何!?」
半ばパニック状態の私を見て、2人は、さもおかしそうに笑っている。
絶対からかわれてる……。
鈴香ちゃんの浴衣は、鈴香ちゃんらしく、うすい黄色。しかし、ピンクの大きな花のおかげで、子供っぽいという印象を受けることはない。
沙耶香ちゃんは白い生地に、紫の大きな花をちりばめていて、落ち着いた印象も受けつつ、派手にも見える。
沙耶香ちゃんがしめる。
「でもね、大人っぽいのは本当。すっごく似合ってるよ!」
沙耶香ちゃんを褒めにきたのか、雅人くんも参戦して来た。
「こりゃあ、沙耶香と照彰と菅野がいれば、客寄せ完璧だな!」
――どういう意味でしょう?
「やだな~」と、照れている沙耶香さんを横目に、私と神宮さんは、2人そろって首をかしげた。
――いや、神宮さんは認めてもいいと思うよ?
その純和風の顔が、着物に見事にマッチ。元々のイケメンもあるから、その顔で爽やかに笑われた日にはもう……。天然と知らなければ、ただのかっこよすぎる人だよね。
メニュー係の人も、準備が一段落。厨房係は、戦闘態勢に入っている。
そろそろ、人が来る頃かな?
「絶対成功させるぞー!」
指揮隊長として神宮さんが言うと、先生が止めに入った。
「一番になるぞぉ―!!」
「おお~!」
クラスの団結は深まったけど、一番戦闘態勢なのは間違いなく先生だ。先生も、浴衣を着ている。白地にあさがおがとてもきれいだが……。髪飾りは、いらないよね?
「さ、みんなが来る前に、最終確認!」
でも、やる気があるに越したことはない。
良い文化祭になりそうな気がした。
「江戸時代の茶店をイメージした喫茶店です。どうですかー?」
教室の入り口で宣伝しているのは何人かの女子。その後ろで、男子も、「どうですかー?」と、たまに声をかけている。接客担当中の私は、お盆に和菓子とお茶を乗せ、テーブルとテーブるの間を縫うように進む。思ったよりも来てくれる人は多い。大忙しだ。
「みたらし団子と、緑茶ですね? かしこまりましたー」
元気よく確認してから、メモに書き込み、厨房(教室の奥半分)に持って行く。その帰りに、メモとできあがったものをお盆にのせ、再びテーブルをまわる。
「注文お願いしまーす」
「はーい! 次に伺います!」
「菅野、俺があっちをまわるよ」
「ありがとう、神宮さん。……寒天と白玉、緑茶が2つとオレンジジュースが1つでよろしいですかー?」
「菅野さん、次、あっちの注文とって」
「オッケー!」
忙しく会話が交わされる中、特に問題はなく、唯ひたすらに忙しい時間は過ぎていった。
「はい、10時! 交換! Aは休憩、BとCは接客と宣伝、DとEは厨房ね!」
沙耶香ちゃんが、ローテーションを見ながら言う。
1時間がんばって働き、やっと得た1時間の休憩。私と神宮さん、沙耶香ちゃん、雅人くん、鈴香ちゃん、その他のA班の人が休憩に入る。少々疲れ気味で、やっと休める! って思っていたのに、鈴香ちゃんが提案した。
「どうせなら、みんなでまわらない?」
ひくっ、と顔が引きつる。普段なら「いい提案だね」って賛成できたはずだけど、今は無理だ。少し休みたい。朝、巫女さんのお仕事として、お清めもして来てるし。料理部とか、他のクラスの喫茶とかに行って、座って何か食べて、少し休みたい。
でも、鈴香ちゃんを初めとするみんなは、ノリノリでゲームの出し物をしているクラスに行くんだろうな。
……うん、想像しやすい。ありありと目にうかぶよ。
かといって、ここでみんなについて行けないのでは悲しい。それくらいなら我慢する。頑固なのは、おばあちゃん譲りなのだ。
声を出したのは、沙耶香ちゃんと雅人くんだった。
「あ~、私、雅人とまわりたいんだよね」
「そういうわけで、俺たち、不参加で」
「それならしょうがないね。行ってらっしゃい!」
鈴香ちゃんもみんなも、普通に送り出す。祝福モードだ。ごく一部の男子は、やっかみも入っていそうな複雑な顔をしていた。
なんとなくその場の気分に飲まれて、私も祝福モードになる。沙耶香ちゃんに、やんわりと手を振る私の腕を、神宮さんがつかんだ。
「俺たちも、2人でまわりたいから」
「そうだね、行ってらっしゃい」
さっきと同じ雰囲気で言われ、神宮さんに手を引かれるようにしながらみんなから離れた。
後ろで、鈴香ちゃんの「じゃ、うちらだけでまわろっかー」という声と、「リア充めー」という楽しそうな声が聞こえた。とがめられている気はしない。しかし、神宮さんの、私の腕をつかむ力が強くなった。どうしたのかと見上げれば、顔が心なしか白くなっている。
「今、楽しそうな声に混じって、“リア充めー”って、低い声がしなかったか?」
流石。私には聞こえなかった。でも、そんな恨まれてるみたいな言葉、聞きたくない。
「地獄耳は大変だね……」
思わず呟いた言葉に答える私の心の声と、神宮さんの疑問が重なる。
「神様なのに?」
「仕方ないでしょ、神様耳なんて、聞かないもん。それに、さっきみたいな言葉も聞き取れるとしたら――」
たしかに、地獄?
「で、どこへ行く? 随分顔色が悪そうだけど、平気か?」
それに気づいて、2人で回るとみんなに言ってくれたらしい。本当に、気の使えるとこりには気の使える人だ。今回は素直にありがたい。
「とりあえず、座りたい、何か食べたい。ってことで、すぐそこの、5組のカフェはどう?」
「よし。……逆、メイドカフェ?」
神宮さんが、手にした文化祭パンフレットを見て、首をかしげた。
「そう。たぶん、男女逆の格好してるの。女子が執事さんで、男子がメイド……」
「わお」
ドアの前に立った神宮さんが、普段からは想像もできない言葉を発した。その驚きがうかがえる。
教室は、千客万来だ。他の高校からのお客さんだろうか、すごく美人の人達が、1人のメイドを囲んでいた。
「……メイドの格好をしているのが、男子、なのだろう……?」
「……のはずです」
そのメイドは、髪も普通だ。なのに、女子のように見える。
身長は低め、おまけに童顔。声も、声変わりがすんでいるのか居ないのか、ソプラノまでは行かない、アルトのような感じだ。女子と言われれば納得できる。
「ちょーかわいいー!」
「ちっちゃいー!」
お姉さん方に答えるのは、女子らしさゼロのメイドだ。野球でもやっていそうな、長身の男子。しかも超細い。
「165だよな!」
「165.5だ!」
「何だよ、5ミリしか違わねえじゃん」
「ひゃくろくじゅう、ごーてん、ご!!」
どうやら、身長にコンプレックスを感じているらしく、しきりに反論している。でも、“.5”くらい、いいじゃん。……私より高いし。
固まって教室の中を見る私の着物の裾を、神宮さんが軽く引いた。
「ここは、かなり騒がしいな……。別のところがいいと思う。菅野、顔色が悪いから」
「……うん。そうする」
結局、校庭で、ソフトボール部が販売していた焼きそばパンを買い、中庭で食べることになった。ベンチに並んで腰掛ける。
「あんなに混んでるとは思わなかった」
「菅野、本当に平気か? 顔色が、悪化してる」
「たぶん平気。今ゆっくりできてるから」
心配そうな表情を消さない神宮さんに、笑顔で話題を振ってみる。
「神宮さん、その浴衣、ものすごく似合ってるよ」
「……そうか?」
「うん。普段のTシャツ以上。元々の顔立ちが日本風だもんね」
それはそうだ、と苦笑する神宮さん。当たり前かもしれないが、似合っているのは事実なのだ。
「菅野も、普段とは雰囲気が違うな。今日は、“雅”という言葉が合う様に思う」
“雅”。上品で優雅なこと、だったと思う。
神宮さんは、いつもはずれているくせに、ここぞというところで欲しい言葉をくれる。
「……ありがと」
少し照れる。でも、嬉しい。焼きそばパンを食べ終え、少し休憩するうち、気力も戻ってきた。
「さ、教室戻ろ」
「大丈夫か?」
「うん。ありがと。お昼休憩までがんばろうね!」
「うむ!」
神宮さんの、素直な笑顔につられて、私も笑う。
休憩時間は終わりを告げ、再び、激戦地へと足を進める。




