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【分割版】王女は二度と妹の身代わりにはならない  作者: あずきまんま


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第3話_自分の仕事は、自分で

 婚約解消は一週間後に成立した。


 カシュナ侯爵は何度も謝罪した。


「息子が殿下のお気持ちを理解できていなかったこと、父としてお詫び申し上げます」


「侯爵が謝ることではありません」


 ティルシェはそう答えた。


 ローディン本人は最後まで納得していなかった。


「一時の感情だ」


「北方で疲れているだけだ」


「少し時間を置けば考え直す」


 周囲にそう話していると聞いた。


 ティルシェは放っておいた。


 同じころ、公務分担も正式に決まった。


 ティルシェは北方復興と古代結界研究を担当する。


 セレフィナには外国使節の歓迎、慈善院の監督、地方祭への出席などが割り当てられた。


 最初の月。


 セレフィナは三度、母へ泣きついた。


 母は一度だけティルシェのところへ来た。


「明日の使節歓迎を代わってあげられない?」


「できません」


「午後から北方復興会議でしょう? 午前中なら空いているじゃない」


「準備があります」


「あなたなら準備しなくてもできるでしょう」


 ティルシェは母を見た。


 母も自分で気づいたらしい。


「あ……」


「今の言葉です」


「ごめんなさい」


 母は珍しくすぐに謝った。


「癖になっているのね」


「十二歳のころから続いていますから」


 母の顔が曇った。


 ティルシェはそれ以上責めなかった。


「セレフィナにやらせてください。失敗してもいいんです」


「でも王女なのよ」


「私も何度も失敗しました」


「あなたが?」


「最初から全部できたと思っていたのですか?」


 母は答えなかった。


 翌日、セレフィナは自分で使節を迎えた。


 外国語を二度間違えた。


 席順も一か所間違えた。


 それでも式は終わった。


 誰も怒らなかった。


 次の地方祭にも自分で行った。


 暑いと文句を言いながらも、最後まで役目を果たした。


 できないのではない。


 これまで、やらなくても済んでいただけだった。


◇


 夏の初め。


 王宮の財務官がティルシェへ相談に来た。


「セレフィナ殿下が監督されている慈善院についてです」


 慈善院監督役には、年度予算の範囲内で仕入れ先を承認し契約書へ署名する権限がある。ただし価格比較と財務官の確認を受けることが規則だった。


 提出された帳簿には、不自然な支出があった。


 食料費。


 薬代。


 建物の修繕費。


 どれも相場より高い。


「同じ商会ですね」


「はい。カシュナ侯爵家の関連商会です」


 ティルシェは顔を上げた。


「ローディンが関わっている?」


「はい。セレフィナ殿下の補佐役ではありませんが、取引先を紹介した者として推薦人欄に署名しています。さらに、財務官の事前確認を受ける前に契約を進めるよう商会側へ連絡した記録があります」


 調査はすぐに始まった。


 セレフィナは最初、何も知らないと言った。


「ローディン様が、この商会なら安心だって」


「価格は確認した?」


「していないわ」


「なぜ?」


「ローディン様を信用していたから」


 ティルシェは帳簿を妹の前へ置いた。


「同じ薬が、王立病院の二倍の値段です」


「そんな……」


「この食料も。修繕費も」


 セレフィナの顔から血の気が引いた。


「私、知らなかった」


「そうでしょうね」


「信じてくれるの?」


「あなたが金を受け取ったとは思っていない。でも、確認せず署名した責任はあります」


 セレフィナは泣きそうになった。


「お姉様、どうしたらいい?」


 以前なら、ティルシェが全部調べただろう。


 必要な書類を集め、妹に代わって父へ説明したかもしれない。


「自分が署名した書類を全部確認して」


「全部?」


「全部です。それから、ローディンに何を説明されて契約したのか書き出して。分からないところがあれば、財務官に聞いて」


「お姉様が一緒にやってくれないの?」


「質問には答える。でも、あなたの仕事はあなたがしてください」


 セレフィナはしばらく俯いていた。


 やがて小さく頷いた。


「分かった」


 調査を進めるうちに、さらに大きな問題が見つかった。


 カシュナ家の関連商会は慈善院から金を抜いていただけではない。


 霜の谷の古代祭壇にも関わっていた。


 昨年の夏、商会の人間が祭壇の外郭へ入り、核石の固定機構に細工をしていた。


 目的は、固定機構を通じて核石の魔力を抜き取り、魔力を蓄えた媒体を国外へ売ることだった。


 鍵は王宮で管理されているはずの祭壇外郭へ、商会はどうやって入ったのか。


 その答えもすぐに出た。


 祭壇の外郭へ入るには、王宮が管理する正規の祭壇鍵が必要だった。商会が手に入れたのは、北方遺跡の事前調査を名目に正式な手続きを経て一時貸与された外郭鍵だった。


 ただし、王家管理の鍵を民間へ貸与するには、調査目的と派遣先を確認したうえで、王宮警備を担当する騎士団の保証人が必要になる。


 その保証人欄に、ローディンの署名があった。


 申請書に霜の谷の名はなく、調査対象も曖昧だった。それでもローディンは、実家の関連商会が提出した申請だからという理由で内容を精査せず、保証人になっていた。


 商会は貸与期間中に鍵型を不正に取り、複製を作成した。その複製で後日祭壇の外郭へ侵入し、中枢区画には入れないまま、外側から核石の固定機構を壊して魔力の一部を抜き取ろうとしたのだった。


 ティルシェは報告書を読み、しばらく動けなかった。


 半年間。


 自分が北方で対処していた被害。


 避難した村人。


 怪我をした子ども。


 失われた家畜。


 人為的な細工だったことは現地ですでに分かっていた。だが、誰が、何のために行ったのかが、ようやく分かった。


 ローディンが関わる商会の利益のために起きたものだった。


◇


 ローディンは王宮へ呼び出された。


 父王、宰相、カシュナ侯爵、ティルシェ、セレフィナが立ち会った。


「私は知らなかった!」


 ローディンは最初からそう主張した。


「商会が祭壇の核石を狙っているなんて聞いていません。遺跡調査に必要だと言われたから、外郭鍵の貸与申請で保証人になっただけです。複製を作るなど知りませんでした」


 宰相が書類を示す。


「王家管理の祭壇外郭鍵を民間商会へ貸し出す申請に、内容も確かめず保証人として署名したと?」


「信用できる商会でした」


「あなたの実家の関連商会だったから、信用して確認を省いたのか?」


「それだけではありません」


「では、調査目的の確認は?」


 ローディンが黙る。


「提出された計画書には、調査地として霜の谷の名すらありません。王家管理物の貸与保証人には、目的と行き先を照合する義務があります」


「部下が確認していると思っていました」


「署名者はあなたです」


 部屋が静かになった。


 ティルシェはローディンを見た。


 彼はずっと、自分なら大丈夫だと言った。


 自分自身についても、同じだったのかもしれない。


 細かく確認しなくても大丈夫。


 誰かがやる。


 問題が起きても何とかなる。


「慈善院の契約については?」


 父が尋ねる。


「適正価格だと聞いていました」


「誰に?」


「商会の責任者です」


「自分で確認しなかったのか」


「そこまで私がする必要はないでしょう!」


 ローディンが声を上げた。


「私は騎士です。商人ではない。専門家が大丈夫だと言ったから信じた。それの何が悪いんです」


 ティルシェは目を閉じた。


 昨年九月、小会議室で自分へ言われた言葉を思い出す。


 君なら大丈夫。


 セレフィナ殿下が辛いと言っているのだから、それで十分だろう。


 確かめようとしない。


 自分に都合のいい言葉だけ信じる。


 ずっと同じだった。


 セレフィナが立ち上がった。


「ローディン様」


「セレフィナ殿下。あなたからも説明してください。私はあなたの慈善活動を手伝っただけだと」


「私も責任を問われています」


「あなたは悪くない!」


「違います」


 セレフィナの声は震えていた。


「私も書類を読まずに署名しました。だから、お父様から処分を受けます」


 ローディンが目を見開いた。


「なぜ認めるんです!」


「私がしたことだからです」


 ティルシェは妹を見た。


 セレフィナは泣いていなかった。


「お姉様に言われました。自分の仕事は自分でしなさいって」


「今はそんな話をしている場合ではない!」


「今だからです」


 セレフィナはローディンを見た。


「私はずっと、お姉様に代わってもらっていました。嫌なら泣けばよかった。失敗しそうなら逃げればよかった。でも、それでは駄目だった」


「セレフィナ殿下……」


「ローディン様も、自分でしてください」


 ローディンは何も言えなかった。


◇


 調査と裁判には三か月かかった。


 カシュナ家の関連商会は解体された。


 商会長は王家の財産を盗もうとした罪で投獄。


 カシュナ侯爵は不正そのものには関わっていなかったが、関連商会の監督責任を取り、当主の座を弟へ譲った。


 ローディンは爵位継承権を失った。


 騎士団からも除名された。


 王家管理の祭壇鍵について、保証人として負う確認義務を怠り、不正な複製を許す端緒を作ったうえ、結果として多数の領民を危険にさらした責任は重かった。


 慈善院の不正契約についても、彼の署名が複数残っていた。


 横領金を直接受け取った証拠はなかった。


 だから投獄はされなかった。


 その代わり、王都で公職に就く資格を失い、実家の遠い領地で働くことになった。


 セレフィナも無傷では済まなかった。


 慈善院監督職を解任。


 半年間の公的行事参加停止。


 自由に使える王家予算も減額された。


 処分を告げられた夜、妹がティルシェの部屋へ来た。


「入ってもいい?」


 以前のように勝手に扉を開けなかった。


「どうぞ」


 セレフィナは向かいへ座った。


「私、お姉様に謝らないといけない」


 ティルシェは黙って聞いた。


「北方へ行きたくなかったの、頭が痛かったからじゃない」


「知っていたわ」


「ローディン様と離れたくなかったから」


「そう」


「お姉様なら代わってくれると思った」


 セレフィナは膝の上で手を握った。


「今までずっとそうだったから」


「ええ」


「ごめんなさい」


 ティルシェはすぐに「いいのよ」とは言わなかった。


 簡単に許せば、また同じになる気がした。


「今すぐ、全部なかったことにはできないわ」


「うん」


「でも、謝ってくれたことは受け取ります」


 セレフィナは目を赤くした。


「私、これからどうしたらいい?」


「それを私に決めさせるの?」


 妹がはっとする。


 ティルシェは少しだけ笑った。


「自分で考えて」


「……そうだね」


「分からないことは聞いていい。でも決めるのはあなたよ」


「うん」


 それが、姉妹の関係をやり直す最初の日になった。


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