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勇者も聖女も魔王も、まずは履歴書から 〜異世界帰還者専門の職業訓練講師になりました〜  作者: 角砂糖


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第5話 暗殺者、出勤していたことに気づかれない

朝の出席確認で、俺は名簿を見ながら言った。


「神崎さん」


「はい」


「白瀬さん」


「はい」


「黒須さん」


「いる」


「返事は“はい”でお願いします」


「はい」


「古賀さん」


「はい」


「雨宮さん」


「はい!」


声がよすぎる。


「霧島さん」


返事がない。


俺は教室を見回した。


窓際、いない。


後方、いない。


カーテンの影、たぶんいない。


「霧島さんは欠席ですか」


「います」


声は、すぐ横からした。


俺は少しだけ肩を跳ねさせた。


教卓の脇に、霧島透が立っていた。


「いつからいました?」


「始業五分前から」


「そこは講師の立ち位置です」


「死角でしたので」


「死角に入らないでください」


霧島さんは、申し訳なさそうに一歩下がった。


元暗殺者。


潜入、観察、単独任務、痕跡を残さない行動に長けた帰還者。


現代社会では、その能力が絶妙に困る。


センターに来た初日もそうだった。


受付では入館記録がある。


教室の椅子にも座っていた。


昼休みには食堂でうどんを食べていたらしい。


だが、午後の終礼まで誰も彼に気づかなかった。


食堂の職員に確認すると、「食器だけがいつの間にか返却されていた」と言われた。


本人に悪気はない。


むしろ本人は、ちゃんと参加していたつもりだった。


それが一番難しい。


「今日は、自己紹介の練習です」


霧島さんの顔から血の気が引いた。


魔王討伐より怖いらしい。


「就職面接では、最初に名前と簡単な経歴を話します。霧島さん、やってみましょう」


彼は立ち上がった。


いや、立ち上がったはずだ。


存在感が薄すぎて、椅子から影が離れたように見えた。


「霧島透です」


「もう少し大きな声で」


「霧島透です」


「まだ小さいです」


「霧島透です」


神崎さんが目を細めた。


「先生、口は動いています」


「音が届いていませんね」


「すみません」


謝罪だけは聞こえた。


「霧島さん。面接官は敵ではありません」


「はい」


「こちらを探知している相手でもありません」


「はい」


「気配を消す必要はありません」


「癖で」


黒須さんが腕を組んだ。


「優秀な隠密だ。なぜ問題なのだ」


「採用担当者に印象が残りません」


「残らない方が安全では」


「就職では残ってください」


古賀さんがメモを取った。


「存在感は、就職活動では必要」


「かなり必要です」


俺は霧島さんの履歴書を机に置いた。


職歴欄は空白。


自己PR欄も空白。


ただ、紙の隅に小さく、観察、潜入、排除、と書いてある。


「排除は消しましょう」


「はい」


「潜入も、応募書類では避けましょう」


「はい」


「観察は残せます」


霧島さんが顔を上げた。


「残せるんですか」


「はい。観察力、集中力、単独作業への耐性、手順遵守、異常検知。品質管理、検査、デバッグ、データ入力、夜間警備などで強みになります」


「異常検知」


「小さな違和感に気づけることです」


「それは、得意です」


初めて、声に少しだけ芯が入った。


俺は机の上に、二枚の写真を置いた。


ほとんど同じに見える部品の写真だ。


「では、練習です。違いを探してください」


霧島さんは一秒で指を置いた。


「ここです」


「早いですね」


「ネジ穴の縁が、左だけ削れています。あと、右下の刻印が半ミリずれています」


教室がざわついた。


古賀さんが写真に顔を近づける。


「半ミリ?」


雨宮さんが真剣にうなずいた。


「戦場なら命を救う観察眼です」


「現代でも救います」


俺は言った。


「不良品を見逃さない。データの入力ミスに気づく。夜間巡回で異変を見つける。そういう仕事は、事故を防ぎます」


霧島さんは写真を見たまま、動かなかった。


「事故を防ぐ」


「はい」


「任務で、事故を防いだことはありません」


彼は淡々と言った。


「事故が起きる前に、原因を消していました」


教室の空気が、少しだけ冷える。


霧島さんは、それに気づいて目を伏せた。


「すみません。今のは、言わない方がよかったです」


「ここでは言って大丈夫です」


俺は言った。


「ただ、面接では別の言葉にしましょう」


「はい」


「“問題が大きくなる前に、小さな違和感に気づけます”」


彼は、その文を小さく繰り返した。


「問題が大きくなる前に、小さな違和感に気づけます」


同じ能力でも、言葉を変えれば、誰かを怖がらせるものではなくなる。


霧島さんには、その実感が必要だった。


「目立たない仕事にも、価値があるんですね」


「あります」


「誰にも気づかれなくても」


「気づかれないからこそ、支えている仕事もあります」


白瀬さんが小さくうなずいた。


「救護所でも、道具を揃えてくれる人がいないと、治療できませんでした」


神崎さんも言った。


「遠征中、罠を見つける斥候がいなければ、全滅していました」


黒須さんが続ける。


「兵站の乱れを見つける者は、軍の寿命を延ばす」


霧島さんは困ったように目を伏せた。


褒められ慣れていないのだと思う。


「では、もう一度自己紹介です」


俺は言った。


「名前、強み、希望職種。三つだけ話してください」


霧島さんは立ち上がった。


今度は、ちゃんと見えた。


「霧島透です」


少し小さい。


でも、聞こえた。


「観察力と、細かい違いに気づくことが強みです。品質検査や、データ確認の仕事に興味があります」


教室が静かに拍手した。


霧島さんは、反射的に気配を消そうとした。


「消えない」


「はい」


彼はその場に残った。


それだけで、今日の授業は十分だった。


授業後、俺は出席簿に丸をつけた。


霧島透、出席。


本人は教室の隅で、まだ姿勢よく立っていた。


「霧島さん、帰って大丈夫ですよ」


「はい」


「明日も、出席確認の時は返事をしてください」


「声量は」


「今日の最後くらいで」


「分かりました」


彼は扉の前で一度止まり、こちらを見た。


「柏木先生」


「はい」


「出席していることに気づかれるのは、少し落ち着きません」


「でしょうね」


「でも、悪くはありませんでした」


そう言って、今度は見える速度で教室を出ていった。

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