第4話 魔王、グループワークを支配する
「今日の授業はグループワークです」
教室に、分かりやすく嫌な緊張が走った。
神崎さんは戦場前の顔になり、白瀬さんはすでに誰かの分まで作業しそうな顔をしている。霧島さんは存在感を薄くし、古賀さんは「共同研究か」と少しだけ偉そうに座り直した。
黒須宗一郎だけが、静かに笑った。
「集団運用か」
「カフェ開業の企画を考えてもらいます」
「補給拠点の設営だな」
「カフェです」
俺はホワイトボードに課題を書いた。
架空の駅前カフェを開業する。役割分担、メニュー、客層、運営方法を決める。
「では、始めてください」
五分後。
グループワークは、魔王軍になっていた。
「神崎、貴様は入口に立て。客の流れを読む。白瀬は厨房後方で支援。古賀は原価計算と古文書……いや帳簿だ。霧島は競合店に潜入しろ」
「潜入はしません」
「では市場調査」
「言い方は良くなりました」
黒須さんは配られた模造紙に、恐ろしく整った組織図を書いていた。
店長。
副店長。
厨房。
接客。
在庫。
偵察。
「偵察を市場調査に直しましょう」
「面倒な言語だ」
「現代社会とは、そういうものです」
黒須さんの設計は、正直かなり優秀だった。
客数予測、ピークタイム、人員配置、廃棄ロス、仕入れルート、雨天時の売上低下まで見ている。
ただ、言葉がいちいち物騒だった。
「なぜ雨天時の売上まで分かるんですか」
神崎さんが聞くと、黒須さんは当然のように答えた。
「雨の日は移動意欲が落ちる。だが駅前ならば、濡れることを嫌う通行人が一時退避する。温かい飲み物と滞在席を用意すれば、単価は上がる」
「すごい」
白瀬さんが素直に感心した。
黒須さんは満足げにうなずく。
「民の行動は、天候と空腹と恐怖で変わる」
「最後を抜けば、とてもいい分析です」
古賀さんが模造紙を覗き込む。
「この在庫量の計算は妥当だ。だが、菓子類の分類が粗い」
「ならば貴様が分類しろ」
「よかろう。甘味、塩味、保存性、季節性で分ける」
「二人とも、カフェの企画から外れないように」
一瞬だけ、かなりまともなグループワークに見えた。
一瞬だけだった。
「昼の混雑時は厨房を制圧する」
「厨房を回す、です」
「補給線を維持する」
「仕入れを安定させる、です」
「競合他社を殲滅する」
「差別化する、です」
「売上未達なら粛清」
「面談です」
古賀さんが感心したようにうなずいた。
「なるほど。現代社会では粛清を面談と呼ぶのか」
「呼びません」
白瀬さんは、全員分の意見をメモしながら、おろおろしている。
「あの、私、メニュー案も書きますね」
「白瀬さん、いま記録係をしていますよね」
「はい。でも、皆さんがお忙しそうなので」
「担当外です。断ってください」
白瀬さんは、前回の面談で渡したプリントを思い出すように、口を開いた。
「い、今は記録で手がいっぱいなので、メニュー案は別の方にお願いしたいです」
教室が一瞬静かになった。
神崎さんが小さく拍手した。
「すごい」
「戦場なら士気が上がる発言だ」
雨宮さんも真剣にうなずく。
「断ることは、撤退判断に似ています」
「かなり近いです」
白瀬さんは顔を赤くして、でも少しだけ笑った。
一方、黒須さんは納得していなかった。
「なぜそこまで言葉を丸める必要がある。制圧は制圧だ。現場を掌握しなければ、店は回らん」
「黒須さん」
「何だ」
「正しいことを言っても、相手が怖がると協力してもらえません」
彼は眉を動かした。
「怖がる?」
「はい。たとえば今のグループで、黒須さんに反対意見を言える人はいますか」
全員が黙った。
霧島さんは最初からいなかったことになろうとしていた。
「霧島さん、消えない」
「はい」
黒須さんは、組織図を見下ろした。
「私は命令しただけだ」
「現代の職場では、命令より合意形成が必要です」
「合意形成」
「相手に理解してもらい、納得して動いてもらうことです」
「非効率ではないか」
「短期的には。でも長く働くなら必要です」
彼は腕を組み、しばらく黙った。
「では、どう言えばいい」
「“厨房を制圧しろ”ではなく、“ピーク時に厨房が混雑するので、動線を整理しましょう”」
「長い」
「慣れてください」
「“売上未達なら粛清”は」
「“原因を確認して改善策を話し合いましょう”」
「粛清の方が短い」
「短さで勝負しない」
黒須さんは、渋い顔で模造紙に書き直した。
厨房を回す。
仕入れを安定させる。
差別化する。
改善策を話し合う。
その字は、妙に重々しかった。
休憩時間、白瀬さんが紙コップのお茶を持って黒須さんのところへ行った。
「黒須さん」
「何だ」
「さっき、配置の説明、分かりやすかったです」
「当然だ」
「でも、少し怖かったです」
教室の空気が止まった。
白瀬さんは一瞬、言いすぎたという顔をした。
それでも逃げなかった。
「怖いと、質問しづらくなります。私は、間違えた時に言えなくなると思います」
黒須さんは黙った。
怒るかと思った。
だが彼は、紙コップを見つめてから言った。
「質問できぬ組織は、早く腐る」
「はい」
「……ならば、怖がらせすぎるのは損だな」
白瀬さんが、ほっと息を吐く。
俺は少し驚いていた。
白瀬さんは、断るだけでなく、伝える練習も始めている。
黒須さんは、命令以外の情報を受け取り始めている。
グループワークとは、意外と侮れない。
発表の時間になった。
黒須さんは立ち上がり、模造紙を前に掲げた。
「我々は駅前カフェを開業する。主たる客層は通勤者と学生。朝は回転率、昼は単価、夕方は滞在時間を重視する。厨房を……回し、補給線を……仕入れを安定させ、競合を……差別化する」
ところどころ苦しそうだった。
だが、言い直した。
最後に彼は、少しだけ不満そうに付け加えた。
「売上未達の場合は、粛清ではなく面談を行う」
教室の全員が、なぜか拍手した。
黒須宗一郎は、三大陸を統治した魔王である。
今日、彼は初めて、粛清を面談に翻訳した。




