表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者も聖女も魔王も、まずは履歴書から 〜異世界帰還者専門の職業訓練講師になりました〜  作者: 角砂糖


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/7

第4話 魔王、グループワークを支配する

「今日の授業はグループワークです」


教室に、分かりやすく嫌な緊張が走った。


神崎さんは戦場前の顔になり、白瀬さんはすでに誰かの分まで作業しそうな顔をしている。霧島さんは存在感を薄くし、古賀さんは「共同研究か」と少しだけ偉そうに座り直した。


黒須宗一郎だけが、静かに笑った。


「集団運用か」


「カフェ開業の企画を考えてもらいます」


「補給拠点の設営だな」


「カフェです」


俺はホワイトボードに課題を書いた。


架空の駅前カフェを開業する。役割分担、メニュー、客層、運営方法を決める。


「では、始めてください」


五分後。


グループワークは、魔王軍になっていた。


「神崎、貴様は入口に立て。客の流れを読む。白瀬は厨房後方で支援。古賀は原価計算と古文書……いや帳簿だ。霧島は競合店に潜入しろ」


「潜入はしません」


「では市場調査」


「言い方は良くなりました」


黒須さんは配られた模造紙に、恐ろしく整った組織図を書いていた。


店長。


副店長。


厨房。


接客。


在庫。


偵察。


「偵察を市場調査に直しましょう」


「面倒な言語だ」


「現代社会とは、そういうものです」


黒須さんの設計は、正直かなり優秀だった。


客数予測、ピークタイム、人員配置、廃棄ロス、仕入れルート、雨天時の売上低下まで見ている。


ただ、言葉がいちいち物騒だった。


「なぜ雨天時の売上まで分かるんですか」


神崎さんが聞くと、黒須さんは当然のように答えた。


「雨の日は移動意欲が落ちる。だが駅前ならば、濡れることを嫌う通行人が一時退避する。温かい飲み物と滞在席を用意すれば、単価は上がる」


「すごい」


白瀬さんが素直に感心した。


黒須さんは満足げにうなずく。


「民の行動は、天候と空腹と恐怖で変わる」


「最後を抜けば、とてもいい分析です」


古賀さんが模造紙を覗き込む。


「この在庫量の計算は妥当だ。だが、菓子類の分類が粗い」


「ならば貴様が分類しろ」


「よかろう。甘味、塩味、保存性、季節性で分ける」


「二人とも、カフェの企画から外れないように」


一瞬だけ、かなりまともなグループワークに見えた。


一瞬だけだった。


「昼の混雑時は厨房を制圧する」


「厨房を回す、です」


「補給線を維持する」


「仕入れを安定させる、です」


「競合他社を殲滅する」


「差別化する、です」


「売上未達なら粛清」


「面談です」


古賀さんが感心したようにうなずいた。


「なるほど。現代社会では粛清を面談と呼ぶのか」


「呼びません」


白瀬さんは、全員分の意見をメモしながら、おろおろしている。


「あの、私、メニュー案も書きますね」


「白瀬さん、いま記録係をしていますよね」


「はい。でも、皆さんがお忙しそうなので」


「担当外です。断ってください」


白瀬さんは、前回の面談で渡したプリントを思い出すように、口を開いた。


「い、今は記録で手がいっぱいなので、メニュー案は別の方にお願いしたいです」


教室が一瞬静かになった。


神崎さんが小さく拍手した。


「すごい」


「戦場なら士気が上がる発言だ」


雨宮さんも真剣にうなずく。


「断ることは、撤退判断に似ています」


「かなり近いです」


白瀬さんは顔を赤くして、でも少しだけ笑った。


一方、黒須さんは納得していなかった。


「なぜそこまで言葉を丸める必要がある。制圧は制圧だ。現場を掌握しなければ、店は回らん」


「黒須さん」


「何だ」


「正しいことを言っても、相手が怖がると協力してもらえません」


彼は眉を動かした。


「怖がる?」


「はい。たとえば今のグループで、黒須さんに反対意見を言える人はいますか」


全員が黙った。


霧島さんは最初からいなかったことになろうとしていた。


「霧島さん、消えない」


「はい」


黒須さんは、組織図を見下ろした。


「私は命令しただけだ」


「現代の職場では、命令より合意形成が必要です」


「合意形成」


「相手に理解してもらい、納得して動いてもらうことです」


「非効率ではないか」


「短期的には。でも長く働くなら必要です」


彼は腕を組み、しばらく黙った。


「では、どう言えばいい」


「“厨房を制圧しろ”ではなく、“ピーク時に厨房が混雑するので、動線を整理しましょう”」


「長い」


「慣れてください」


「“売上未達なら粛清”は」


「“原因を確認して改善策を話し合いましょう”」


「粛清の方が短い」


「短さで勝負しない」


黒須さんは、渋い顔で模造紙に書き直した。


厨房を回す。


仕入れを安定させる。


差別化する。


改善策を話し合う。


その字は、妙に重々しかった。


休憩時間、白瀬さんが紙コップのお茶を持って黒須さんのところへ行った。


「黒須さん」


「何だ」


「さっき、配置の説明、分かりやすかったです」


「当然だ」


「でも、少し怖かったです」


教室の空気が止まった。


白瀬さんは一瞬、言いすぎたという顔をした。


それでも逃げなかった。


「怖いと、質問しづらくなります。私は、間違えた時に言えなくなると思います」


黒須さんは黙った。


怒るかと思った。


だが彼は、紙コップを見つめてから言った。


「質問できぬ組織は、早く腐る」


「はい」


「……ならば、怖がらせすぎるのは損だな」


白瀬さんが、ほっと息を吐く。


俺は少し驚いていた。


白瀬さんは、断るだけでなく、伝える練習も始めている。


黒須さんは、命令以外の情報を受け取り始めている。


グループワークとは、意外と侮れない。


発表の時間になった。


黒須さんは立ち上がり、模造紙を前に掲げた。


「我々は駅前カフェを開業する。主たる客層は通勤者と学生。朝は回転率、昼は単価、夕方は滞在時間を重視する。厨房を……回し、補給線を……仕入れを安定させ、競合を……差別化する」


ところどころ苦しそうだった。


だが、言い直した。


最後に彼は、少しだけ不満そうに付け加えた。


「売上未達の場合は、粛清ではなく面談を行う」


教室の全員が、なぜか拍手した。


黒須宗一郎は、三大陸を統治した魔王である。


今日、彼は初めて、粛清を面談に翻訳した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ