二つの災厄が躍る
「冥界の支配者である私が命令します。目の前の災厄を叩き潰しなさい」
空から多くの影が降り注ぐ。
その陰の正体は物言わぬ骸。
プテラノドンとかグリフォンとかドラゴンとか……こんな状況じゃ無かったら興奮してはしゃぐこと間違いなしの生物達の死体が弾丸の様な速度で降り注いでくる。
その攻撃を6本の触手でいなしながら俺はヘルとの距離を詰めた。
軌道を逸らされた骸達は地面に激突しながらクレーターを量産している。
『近づいて来た所をこれで潰せば』
チラリと視線を上げる。
ヘルは巨大な首長竜の骸を呼び寄せていた。
多分、首を掴んでモーニングスターみたいな鈍器にでもするつもりなんだろうよ。
あんな体躯の骸をブンブンと振り回されたら、流石にたまったもんじゃない。
なにより、周囲へ影響を及ぼす可能性の高い攻撃は事務所で寝ている氷雨本体を守っているファナエルを巻き込む可能性がある。
だから、その攻撃の前に潰してやるよ。
『##############』
ヘルの心の声にノイズをかける。
左手を彼女の右腕と首長竜の骸の方へ突き出し、手の平からノイズ交じりの白い光を発射する。
その光はビームとなって、目標としていた右腕と首長竜を穿つ。
まるでヘルの思考をあざ笑うかのように。
俺の攻撃が予想外だったのか、ヘルの思考がいったん止まった。
距離を詰めるには絶好の機会。
背中の触手でヘルの身体を掴み、勢いをつけて自分の体を上へと押し上げる。
俺の視界にヘルの首元が見えたその瞬間、俺は右手に握っている禁斧チェレクスを大きく振りかぶった。
『この刃は万物を切り裂く呪いの刃。代償として切り落とした物は二度と元に戻る事はない。#####、############』
今のチェレクスであいつの首を切り落とせば、確実に絶命させる事が出来る。
『また罪を犯すのか?』
『今コイツと戦っているのも、元はと言えばお前がアルゴスを殺したせいだろ?』
『本当にヘルを殺していいのか?』
幻聴が耳に響く。
何かを殺してしまうビジョンが現実味を帯びて、俺の理性が悲鳴を上げる。
でも、だからと言って俺の動きが止まる事は無い。
もう手が震える事もない。
どれだけ自分の理性が壊れても、ファナエルが隣にいて笑ってくれさえすれば俺は救われるんだから。
今だって、触手から香るファナエルの髪の毛の匂いが俺を奮い立たせてくれている。
「そう簡単にやられないよ」
チェレクスの刃がヘルの首に触れる直前、右方向から大きな衝撃が俺の身体を襲った。
首を切り落とすはずだった刃の軌道が彼女の胸元に小さな傷を作る程度の動きに変わってしまう。
くそ……一体何が起こった。
視線を右側へ動かす。
そこにあったのはヘルの右拳だった。
さっきの攻撃で壊した右腕がもう再生しているのか。
今のヘルは巨人としか言いようのない巨体、それを考慮したとしても想像できない程一撃が重い。
「チッ」
体が地面に叩き落とされる前に触手をクッションにして受け身を取った。
ダメージは響くが、動きに支障が出るほどじゃないな。
「その斧凄いんだね。私の権能を使っても、切られた箇所が全然再生しない」
ヘルは胸元の切り傷をさすり、俺の事を見つめている。
そこに怒りの色は無い。
そこにあったのはただ、強大な力を振り回す快楽に溺れている獣の眼光だけだった。
「簡単じゃないね。自分と同じ災厄を殺すのも」
「そこだけは俺も同感だよ」
相手は冥界の管理者、であれば再生能力を持っているのも不思議じゃなかった。
さっきの一撃を喰らったのはそれを想定できなかった俺のミスだ。
俺の攻撃で有効打になりえるのは能力の本質を捻じ曲げたチェレクスの攻撃だけ。
きっとヘルもさっきの攻防でそれを思い知ったはずだ。
必ず対策してくる。
だったら話は早い。
あえてチェレクスを使わずにヘルを消耗させて、対策なんて出来ない体にしてやればいい。
『あの斧を遠ざければ私の勝ちだ』
ヘルの周囲に大量の死体が湧き上がる。
うめき声をあげ、地面から次々と死体達が姿を現す光景はまさにゾンビパニックの最中と言ったところだろうか。
俺は左手の平をゾンビの群れに向ける。
かかってこい、全部返り討ちにしてやる。
冥界の中にある死体のストックが0になるまで叩き潰す。
「さぁ、行って!!」
ヘルが死体達に号令を出した。
これから俺の力と死体の群れのぶつかり合いが始まるのだろうと、この場にいる誰もがそう思っていた。
「……ガッ」
「へ」
しかし、実際に訪れたのは誰もが想定していなかった出来事だった。
ヘルが呼び出した死体は動かない。
それどころか、ヘルの胸元を緑色の鎖が貫いている。
「あれは……グレイプニル?」
殺したはずのアルゴスが使用したいた武器がどうしてここに?
なんでヘルの内部から現れたんだ?
「お~い。誰かいないか!!」
突如現れたその声は、疑問を思い浮かべる俺の脳に答えを叩きつける。
グレイプニルを持ってヘルの体から這い出てきた物。
「……始?」
それは、俺の記憶を無くしたはずの友人の姿だった。




