災厄の体と思い出と
「この泥の中に人が居るんだ!!俺以外にも沢山!!」
なんで始がここに。
あいつはただの人間で……この町とも、超能力とも、天界の住人とも、なんの関係も無いはずだろ。
あいつの中にある俺の記憶だって、あの時アルゴスに消されたはずだ。
どうしてそんなお前がここに、こんな危険な所に居るんだよ。
「くそッ、さっき攻撃してた人!!俺の声聞えるか!!」
『もしこのまま反応が無かったら、この鎖で無理やりにでも皆を引きずり出すしかねぇ』
始は必死だった。
必死に声を上げて、必死にもがいていた。
あいつの心の声を聞いてみたけど、この状況を完全に理解している訳でも無ければ今自分が持っている鎖がどれほどの力を持った物なのかすら理解できていない。
それでもあいつは、この現状を何とかするために必死だった。
『人間、気持ちため込むよりも一発行動してみた方がすっきりするんだよ……たとえ結果が振るわなくてもな』
そうだ……そうだった。
お前はそう言う奴だったな。
お前と過ごした学生生活はほんの数ヶ月前の事だって言うのに、酷く懐かしい。
「ねぇ、邪魔しないでよ」
ぐらりと巨人の体が動く。
ヘルは冷たい視線を始めに向けながら右手で拳を握っていた。
「その声、ヘルちゃんか?」
「君の役目はもう終わったの。下らない邪魔するなら死んで!!」
彼女の拳が彼女自身の胸を貫く。
貫かれた胸は一瞬にして再生し、またもう一度彼女の拳が胸元を貫いた。
その拳は無抵抗な始の体をかすめる。
いくらグレイプニルを持っているとは言え、只の人間でしかない始があんな攻撃をまともに食らったらー
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|#############《俺にとって大切な存在が死ぬ》
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|############《始は俺達とは関係ないだろ》
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|###############《俺の隣にファナエルがずっといて》
|####################《俺の事を忘れた奴らが普通の人生を送ってる》
|##################《そう言う世界にならないとおかしいだろ》
|############《それ以外の世界は認めない》
|################《認めない認めない認めない認めない》
|################《そんな世界、俺が書き換えてやる》
|###########《俺が身に着けた愛の力で》
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|#################《その為ならどんな犠牲が出ても仕方ない》
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
その瞬間、俺の中の何かにヒビが入った。
意識は完全になかった。
悪夢を見た時の様な焦燥感と、ドクドクと鳴る鼓動だけが俺の身体を動かしている。
周囲のビルに向かってでたらめに触手を伸ばす。
触手で自分の体を引っ張り、無理やりにでもヘルの胸元の高さへ打ち上げた。
「そいつに手を出すな」
視界の先が黒いノイズで覆われる。
不思議な事に、自分でもどうやってそのノイズを出したのか分からなかった。
「そこか」
始の絶叫が聞える場所に触手を1本伸ばす。
ヘルの体が再生を終える前に、あそこから始の体を引きずり出す。
ベタリとした泥が宙を舞い、俺の触手に捕まれた始が姿を現した。
「うおぉぉ!!なんだコレ!!」
「下手にしゃべるな。しっかり捕まってろ!!」
落下していく中、始にそんな声をかけてチラリと周囲を観察する。
左の端にあったビルの屋上に残りの触手を突き刺し、俺と始の体をそこまで引き上げた。
「どこへ逃げようとしてるか丸わかりだよ!!」
ヘルの叫び声が響く。
球状に抉られた彼女の胸から大蛇の死体が顔を出した。
その大蛇は今から俺達は向かおうとしているビルすら丸のみ出来るほど大きく口を開けて迫って来る。
このままだと俺達がビルにたどり着く前にあの蛇に食われちまう。
|##################《ここで俺が死んだらファナエルが悲しむ》
「氷雨!!こいつを頼む!!」
それはとっさの判断だった。
俺は触手が掴んでいた始を上空に放り投げた。
そうして空いた一本の触手に向かって、今度は右手で握っていたチェレクスを放り投げる。
触手の先端がチェレクスの持ち手を絡め取り、右手では届かなかった蛇の腹部を切り上げた。
「そうか……この体なら届くのか」
目標としていたビルの屋上に足を着け、俺は呆然と目の前の世界を見つめていた。
|#################《人だった頃の感覚を捨てられていない》
|#############《もうとっくに人では無いのに》
もっと災厄の力に身をゆだねれば、もっと早くこいつとの戦いを終わらせられるんじゃないか?
もっと早くファナエルの安全を確保できるんじゃないのか?
幸い、今あいつが居る方向にファナエルが居る事務所は無い。
目の前の景色を全部ノイズで消し去ってしまえば、ヘルの再生が終わる前にチェレクスの刃を当てる事が出来る。
「今すぐ消し去ってやる……この景色ごと、お前を」
俺が左手をヘルへ向けたその瞬間の事だった。
「待ってくれ!!」
後から俺を止める始の声が響いた。
「あの泥の中にまだ人が居るんだ!!この女の子の仲間も、斬琉ちゃんも居るんだ」
振り向けば、そこには息を切らして俺を見つめる始とそれを支える氷雨が立っていた。
始は氷雨の制止を振り切って俺に近づき、肩をガシっと掴んだ。
「ははっ、本当に今日はとんでもない事ばかりだよ。死にかけるし、現実離れしたことばっかり起こるし、あと今すっごい頭が痛い」
「……なんで」
始の心の声が聞える。
その声の中に、本来あるはずの無い単語が混じっていた。
「正直さんざんでさ、ヘルちゃんの泥に飲まれた時に若干後悔もしたんだぜ。でもよ、お前が助けてくれたあの瞬間に、やっぱりここに来て良かったって思ったんだ」
アルゴスが災厄となった俺に向けた放った罰の一つ、皆の記憶から抹消されたはずの『牛草秋良』と言う存在が、始の心の中で復活していた。
「やっと見つけた。やっと思い出した。お前こんなところで何やってたんだよ、秋良」




