愛する君の夢を守る為なら、俺はどれだけ壊れても構わない 前編
「あんまり大きい声出さないでくれよ。寝たばかりのファナエルが起きちゃうだろ」
「ーは?」
間の抜けた悪魔の声。
一見、悪魔の頭上に浮かんでいる疑問符の主語は『襲われたのにも関わらず逃げもしない俺』を指し示して居るように見える事だろう。
「なんで‥‥‥この、俺が」
しかしながら悪魔の瞳孔が見つめているのは、彼の体を腹から貫いている銀色の触手だった。
すなわち、俺の背中から伸びている触手を見て心底驚いているのだ。
『なんでただの人間からこんな物が?!』ってな。
その目を見るたびに、あの時のアルゴスの姿が頭によぎる。
罪悪感に飲まれるな‥‥‥‥こいつが襲ってくるように誘導した理由を思い出せ。
「ありがとう。お前のお陰で俺たちの旅が無駄じゃないって証明が出来たよ」
「テメェ‥‥‥俺の事を利用しやがったのか」
「ああ。アルゴスが死んだ事や俺が災厄になった事を天界の連中がどれだけ把握しているかを知るためには現状これしか方法が無いからな」
頭上でパリンと音が鳴る。
左上の方から流れて来るであろう滝のような血がファナエルの顔に掛かってしまわないように俺は首を少し傾けた。
「あのアルゴスが死んだぁ‥‥‥‥なるほどな!!最近、俺達 が人間界に降りやすくなってるのは、そもそも監視役が死んだからなんだなぁ」
何が嬉しいのか、悪魔はニタニタと笑いながら俺の事を見つめている。
「お前は知らねぇだろうから心優しい俺が教えてやるよ。俺達悪魔は人間どもの活動を活発にさせる役割を持ってる。誰にも言えない望みを叶える手伝いをしてやるのさ、人の行動を強制出来る悪魔文字を使ってな!!でも人間って奴は闇が深い、 心の奥底で一生懸命願ってることが『誰かの死』だったり『社会の破壊』だったりする奴も当然居る訳だ」
「‥‥‥‥だからアルゴスは人間界に下る悪魔の数を制限していた。良からぬ願いを持った人間と、その願いを叶えようとする悪魔が接触してしまう事を避ける為に」
「天使みてぇに心読んでんじゃね〜よ気持ち悪い。でもまぁここまで聞いたなら分かるだろう?お前がその堕天使なんかの為にしでかした事がどれだけ重罪か」
悪魔は笑う。
神話や伝承などで作られたイメージと遜色ない顔と声で、俺の罪をあざ笑う。
『想像以上に苦しいでしょう?恋人の為に何かを殺した罪を背負うと言うのは』
その笑い声がまた、俺のトラウマを呼び起こす。
「世界の犯罪数がこれから確実にグンと伸びる、お前がその堕天使をかばったせいだ!!ただでさえ不安定な世の中が近いうちに必ず地獄へと変貌する、お前がアルゴスを殺したせいでだ!!お前がそのクソ女を助けたせいで、地球に生きる人間全員が犠牲にー」
「そんな事、とっくの前に覚悟してるさ」
グシャリ。
背中に生えるもう一つの触手が今度は肩から悪魔の体を貫いた。
「人間であろうと悪魔であろうと天使であろうと神であろうとファナエルを傷つける奴は全員殺す。どれだけ世界が壊れても、知らない奴からどれだけ恨まれようとも、それでファナエルの夢を守れるならそれでいい。俺はそんな覚悟で|罪を背負ってるんだ《ファナエルを愛してるんだ》。今更お前ごときが俺を動揺させられると思うなよ」
「ハハッ、あの悪名高い堕天使の彼氏だっていうからどれだけ狂った奴なのかと思ったらよぉ。手はプルプル震えてるし、声色は罪に怯えて動揺してる人間のそれなのに、お前の目と触手から感じる殺意はちゃんと本物って‥‥‥‥愛情と本能が上手に噛み合わなくなって単にぶっ壊れてるだけじゃねーか」
「否定も肯定もしない。俺の事はなんと言おうと構わない‥‥‥だけど一つだけ訂正しろ」
「ああん?」
『############################################################################################################################################』
「ファナエルを貶すな」
次の瞬間、悪魔の体が爆音を上げて崩れ去った。
体の内部から発生した黒いノイズにその肉片の一つ一つをえぐられながら、最後は空気を入れすぎた風船の様に破裂したのだ。
『このタイミングなら、彼の心にあるファナエル・ユピテルの恋心を消去出来る』
それと丁度同じタイミングでずっと背後に潜んでいた気配に動きが見えた。
俺が気づいて居ないとでも思っていたのか?
それともあの悪魔に気を取られて反応出来ないとでも考えていたのか?
どちらにせよ、舐められたもんだ。
フリーになってる触手はまだ4本もあるっていうのに。
俺はファナエルの睡眠を邪魔になる体の揺れがおこならいように意識しながら、残りの触手に堕天使の力を纏わせながら背後から迫る光を迎え撃った。
「天使ともあろう存在が不意打ちなんて卑劣な事しても良い訳?」
ぐるりと首を回す。
俺達の背後には真っ白な羽を背中から伸ばし、頭上に光り輝く光輪を浮かべた女性の天使が立っていた。
「あなた方二人の凶行を止める事が最優先ですので」




