【ファナエルSIDE】 私にとってアキラは
「いい加減、大人しく降参したらどうですか?」
「ハァ‥‥‥ハァ‥‥‥」
コンクリートに叩きつけられた背中を引きずりながら私は立ち上がる。
あの後何度も何度も攻撃をしているはずなのに、アルゴスには傷一つない。
彼女の周囲を迂回する緑色の鎖も、周囲に際限なく湧いてくる鳥頭の化け物もかなりの数を削ったはずなのに一向に数が減る気配がない。
『####、####』
「このっ!!」
私の両手から出る光から感じられる手応えはもう無くなっていた。
今はただただ、この戦いの終わりが見えない。
「天使の本業は人間を更生させること、本来何かと戦うことなんて想定されていないんですよ」
『まぁ、堕天使になった貴方は存在そのものが歪んでいるみたいですが』
アルゴスは何事も無かったかのようにカツカツと足音を鳴らして私との距離を詰めてくる。
『それにしても、フェンリルは何を苦戦しているのでしょうか。牛草秋良が行っている抵抗なんて本気を出せば封殺出来るでしょうに』
彼女は少し怪訝そうな顔をしていた。
自分で張った結界の力で見える景色に何かの違和感を感じる様に。
「ハァ‥‥‥ハァ‥‥‥良かった。アキラは今無事なんだ」
「‥‥‥貴方は彼の事になると必死ですね。心なしか、貴方に宿っているその光も勢いを増しているような気がしますよ」
アルゴスは呆れた顔をして心底面倒くさそうにため息を吐く。
私のそんな所が危険でならないと言う心の声を添えて。
あなたにはこの気持ちは分からないよ。
分かってもらうつもりも無い。
ずっと孤独だった私に寄り添ってくれたアキラの存在がどれだけ私の心を救ったかなんて、貴方に知る必要は無い。
ぐったりとした右手に力を込める。
歪に広げた手の平に黒いノイズが混じった白い光が集まって膨張する。
『そういえばファナエルさんはこの学校に来てからずっとこのクッキーを目の前で吐き出され続けているんだよな。もしかしたらそれって、結構辛いことなんじゃないか?』
初めてアキラが私のクッキーを食べてくれたあの時に聞いた彼の心の声。
それは『自分の価値観を押し付けていた』両親とも、『私と恋仲になりたい』という思考に埋め尽くされていた人間達とも違う‥‥‥『私の事を気にかけてくれた』初めての声だった。
それだけじゃない、アキラは初めて私の作ったあのクッキーを食べてくれた。
『シンガン』に誘拐された時だって私の事を思ってくれていた。
初めて私の過去を喋れた相手で私が自然体でいられる大切な人。
「アキラに何かするつもりなら私があなたを倒してアキラを助けに行く。やっと見つけた私の大切な人を、私の光を、あなたに奪わせやしない!!」
緑で埋め尽くされていた私の視界が自分の光で覆い隠される。
その巨大な光は眼の前の全てを飲み込んだ。
今まで感じたこともないような突風が吹き荒れる。
限界を超えてしまったからだろうか、手のひらは火傷したみたいに痛い。
光に混ざるノイズの割合もいつもより多いような気がする。
これならー
「災厄レベルに至ってしまうことも考えましたが‥‥‥そうはならないみたいですね」
風船が破裂する様な音がこだまする。
それに合わせて私が放っていた光は消え去り、その代わりと言わんばかりにアルゴスの持っていたグレイプニルがピンとその体躯を伸ばしてこちらに迫っている。
「あ、ガッ」
気づいた頃にはもう何もかもが遅かった。
グレイプニルの先端は鎖の形から重々しい金属製の輪っかへ。
その輪っかは私の首を絞め、一つの首輪になった。
「少々想定外の事も起こっていますが‥‥‥まぁフェンリルの事なんて信用はしていませんので良しとしましょう。貴方と牛草秋良を離れさせただけで十分でした」
アルゴスがそう言うと、首輪とつがなっていたグレイプニルが分離する。
私にまとわりついている首輪からはパソコンのウィンドウ画面の様な物が浮かび上がっている。
アルゴスはそれに右手を向け何かの詠唱を始めた。
「これより、罪人ファナエル・ユピテルに神罰を課す」
「や、やめー」
「その身柄をこちらで拘束すること。そして同じく罪人である牛草秋良の罰を執行すること」
「いや‥‥‥ア、ガッ」
アルゴスが言葉を唱えるたび、画面上に罰を記す言葉が記されていく。
私が嫌だと叫ぶたびに、首輪はキツく閉まって私の意識を朦朧とさせる。
「これらの罰により、汝の自由と尊厳を破壊してー」
嫌だ、こんな所で終わりたくない。
まだアキラとやってない事が沢山ある。
今日本当はする予定だったアキラの誕生日デートの続きもしてない。
アキラと同棲だってしてみたいし‥‥‥色んなところに連れて行ってアキラの色んな顔も見たい。
アキラは恥ずかしがるだろうけど、二人っきりの空間に行ってエッチな事もしたい。
今はまだ腕輪だけど、いつかお揃いの指輪をはめてみたい。
「汝の罪をー」
「嫌だ、嫌だー」
気づけば私は泣きわめいていた。
首を締め付ける力が強くなってもう声もろくに出せない。
そんな中で私は何かにすがるように、大好きな彼の姿を思い浮かべながら声を上げた。
「たす‥‥けて」
『任せろ、ファナエルは俺が必ず助ける』
アルゴスが全ての詠唱を言い終わるその直前、ガコンと首輪が砕ける音がした。
私とアルゴスの間に割って入ったのはゴゥと力強い音を立てたノイズ混じりの光。
『一体何が起こっているんですかこれは。結界から得られる全ての映像が歪んで』
アルゴスの心は困惑の色で埋まっている。
この現状が起こることそのものが異常だと警鐘を鳴らしながら。
「俺の彼女から、離れろ!!」
「ッ!!」
ビュンと強い風が凪ぐ。
現状を強く警戒していたアルゴスは一旦様子を見るためにその体を退ける。
「貴方は‥‥‥どうしてここに」
「おせっかいな妹がここまで連れて来てくれたんでな。大事な彼女を守るために走ってきた」
私を守るように立ってアルゴスに啖呵を切ったその影は、真っ白な左羽を背中から生やし、私の家に置いてあった禁斧チェレクスを持って携えて立っていた。
「アキ‥‥ラ」
「遅くなってゴメン。助けに来たよ、ファナエル」
いつの間にか見違えた姿になっていた私の彼氏はいつも見たいに少し照れながらニッコリと笑いかけてくれた。




