甘い幸せを喰らえる内に、存分に
「今日もよく降ってるなぁ」
「これで5日連続雨だね」
季節は廻りめぐって6月。
俺とファナエルは二人並んで教室の窓を見つめていた。
視線の先には見慣れた真っ暗な雲。
朝見たニュースによるとの梅雨は例年より酷いら物だったらしく、お約束の様に『史上最悪の一か月』なんて恐怖を煽り続けていた。
『来週から晴れるのかよ……使えねぇ雨だな』
『普通の雨ばっかで全然警報出なかったじゃねーか』
『録画してた韓国アイドルのライブ一気見する予定だったのに』
まぁ、世間がどれだけ騒ぎ立てていても俺達高校生にとって重要なのは学校が休みになるかどうかの一点に過ぎないのだろう。
教室を出るクラスメイト達の心の声を聞くとそれが良く分かる。
「まったく、あいつらは梅雨を何だと思ってるんだか」
「アキラも良く分かってるでしょ?このクラス26人が授業中『早く家に帰りたい』って考えてるんだよ。皆休みになる事を期待してるんだよ」
そりゃそうかと言葉を返し、顔を合わせて笑みを浮かべる。
『今日はどっちが持ってきた傘に入って帰るか』なんて話をしながらザーザーとなる雨の音を聴いてた。
俺の身体はファナエルがくれた堕天使の力に順応していた。
それこそ日常生活の中で他人の心を覗くのが当たり前になるほどに。
「お、隣の教室使ってた吹奏楽部の奴らが帰って行ったな。俺達もそろそろ帰ろうか」
「うん、そうだね」
他人の心を覗くなんて大体ろくでもない事ばかりだ。
聞きたくもない知り合いの悪口や見知らぬ人へ向けた大きな敵意が大量に流れてくる。
とりわけ部活動を熱心に取り組んでいる奴ほど表に出さずに上手に処理した心の闇がガンガンと耳に届く。
SNSなんかより何十倍もたちの悪いこの力だけど……実はけっこう気に入ってる。
「あ、アキラ今日私の家来れる?」
「全然大丈夫」
「そっか‥‥‥なら良かった」
「なんかすごい嬉しそうな顔だけど何か良いことでもあるのか?」
「実は、アキラと一緒に見たい映画があるの。昨日そこのTSUTEYAで見つけた時ビビッときて借りたんだ」
堕天使の力を気に入っている理由は呆れてしまうぐらい単純で、それでも今の俺にとって何よりも大切なもの。
「ははーん‥‥‥さてはかなりマイナーな映画だな?」
「通っぽいあの店員さんですら1ミリも内容を知らないレベルなの。ネタバレなしで映画見るのなんて久しぶり」
この力を使っている間、俺はファナエルと同じ目線で日常を過ごすことが出来る‥‥‥たったそれだけの理由。
正体を隠していた彼女が人知れず感じていた不便さを共感して、一緒に支え合ったり時には愚痴を言ったり。
そんな事の繰り返しである毎日を俺は愛おしく感じていたりするのだ。
「ねぇアキラ」
クラスメイトが帰りきって二人きりになったこの教室に彼女の声が響く。
どうした?と言いながら後ろを振り返ると、突然彼女は俺の肩を強く引き寄せた。
「私、アキラのおかげで幸せだよ」
耳元で彼女は静かに囁いた。
彼女の息が耳を触れるたび、顔はぐんぐんと熱くなっていく。
「前より肩の力を抜いて人間の世界にいられるようになったし、漠然とした不安も感じなくなった。あれもこれも全部全部、アキラが私のために頑張ってくれたおかげなんだから」
「お、おう‥‥‥‥」
「フフ、アキラは恥ずかしがり屋さんだね」
今頃真っ赤になっているであろう俺の頬をぷにぷにと人差し指で突き刺しながら優しく微笑んでいる。
そりゃ、ファナエルが俺の事をそう思ってくれるのは嬉しいけど‥‥‥あまりに唐突過ぎて脳が幸せのキャパオーバーを起こしそうだ。
『アキラの心の声がだだ漏れで抑えられなかったんだもん』
ファナエルの心の声が聞こえてくる。
彼女は俺の頬をつついていた指を口の前に持ってきてピンと人差し指を立てる。
『私達は互いに心の声が聞こえるから相手がどんな感情を向けているか簡単に分かっちゃうけどさ』
「愛の言葉は声に出したほうが良く心に響くと思うの」
ちょこんと傾いたファナエルの顔は『実際どうだった?』と俺に語りかけている様に見える。
バクバクと鳴り響く心臓の音が彼女の意見に賛成する旨を表す拍手の様にすら聞こえていた。
「だからさ、アキラもできれば声に出してほしいな」
彼女の銀髪がゆらゆら揺れる。
その揺れがフリフリと喜びを表す犬のしっぽみたいだと思ってしまうほど、彼女の顔は『あなたの言葉を待っています』と訴えかけていた。
正直こっ恥ずかしいし、未だにこういう事は慣れない。
けど、最愛の人が望むのなら‥‥‥
「お、俺も!!ファナエルと付き合ってから‥‥‥その‥‥‥幸せだ」
「フフフ良く出来ました‥‥‥アキラ、一生私のそばにいてね」
「うん、約束するよ」
不格好ながらも愛の言葉を囁くのだろう。




