夫の手作りごはん
「………もういい。お弁当でもなんでも、自分で作ればいいんじゃない」
肩から全身の力が抜ける。これ以上、圭太の相手にするのがイヤだった。
「えっ⁉家事放棄すんの?ちゃんとやってくれないと困るよ!姉ちゃんが言ってたよ?飯を作って健康管理するのは妻の仕事だってさ」
「ウチの話にお義姉さんは関係ないし。健康管理が妻がするルールなんてないし」
「いや俺にはあるね!弁当くらい作ってよ!」
「くらいっていうなら自分で作れば⁉お義姉さんはじゃあ完璧にご飯作って体調管理できてるの⁉」
「できてるよ!姉ちゃんをバカにすんな!」
「あーそうですか。じゃあお義姉さんに作ってもらって」
「なんでそうなるんだよ……っ」
意味が分からないと、頭を抱える夫に私の方が意味が分からない。
(またお義姉さん?いい加減にしてほしい)
「忘れないでほしいんだけど、私たちは共働きでしょう?」
「今の時代なら当たり前だろっ」
「優雅な専業主婦にでもさせてくれるわけでもないのに、なんで上から目線なの?別にあなたがご飯を作ってもいいわけでしょ?なのに今まで私が作ってた
厚意を無駄にした自覚ある?ねえ?どうなの?」
「あーはいはい!……悪かったよ」
いつも通り圭太は逆ギレして、拗ねて。言い返せず謝って終わり。
(悪いと思うなら最初から言わなければいいのになんでいうんだろう……)
それから私はさらに残業が増えた。
プロジェクトも大詰めになる頃には、夫は研修期間が終わり正社員と同じフレックスタイム制になったらしく、夜早く帰ってこれる分朝は早く出かけるようになった。
それなのに夫は仕事で疲れたり、付き合いがあるからと言って食事を作ってくれることはなかった。
健康と家計のために自炊はしないといけないので。作り置きなどを作って乗り越えていたある日のこと。
『今日は各自カップ麺とかで自由に食べてて』とメッセージを送り、帰ると
『おかえりご飯作っといたよ。冷蔵庫にあるから温めてね』というメモがテーブルに置かれていた。
(……考えを改めてくれる気になったのかな)
早番の圭太はもう寝ていたが、少しでも改善しようとしてくれることが単純に嬉しかった。
「わー美味しそう…」
お風呂上りにレンジでご飯を温めてながらソファでごろんと、一息つく。
いつもと同じソファなのに、どこか違う感じがした。
(…甘い…香水の匂い?)
勢いよく頭をあげて、ソファに置いてあったクッションの匂いを嗅ぐ。
今日の朝、掃除のあと香り付き除菌スプレーをした。
だから少なくとも、その匂いならわかる。
「これ……ちがう」
そこまで香水に詳しくない私でも知っている。
女性に人気の香水の香りが、クッションから漂う。
その香りを理解すると同時に、すぐ他の違和感を探しはじめてる自分がいた。
(えっ……えっ……?)
震えが止まらない。
ここは、私の家なのに、さっきまでとはまるで違う。
(………こわい)
なにか見つけてしまえば、人生が変わってしまう。
それなのに私の手は止まることなく次から次へと、怪しいところに
手を伸ばしていた。
ごはんを温め終わったレンジが何度か鳴っても、無視したままソファの隙間
テーブルの下、ゴミ箱の中と手を探らせる。
(なんでこんな気持ちになるの?)
夫に不満を持ちつつも、離婚するほどじゃない。
私はちゃんと「妻」をやってきて、家族として支えてきた。
(圭太が浮気までする度胸もないと思っていたから?)
ドラマや漫画だけの世界じゃなかった。
(でも自分が裏切られるなんて、思ってもみなかった……)
いつも圭太にどれだけ言っても置いてくれないリモコンやティッシュが
ちゃんと元の場所にある。
(お義姉さん…でも…ない)
私が入浴剤を送ったとき、散々嫌いだと言ってきた柑橘系の香り。
寝てる圭太に気づかれないように、少しずつ出して戻して、探してを繰り返していたけど、20分経って意味のない動きばかりしてることに気づいた。
(……ダメだ……一回ご飯食べてから考えよう)
レンジから取り出しぬるくなったごはんを1口食べる。
今まで食べたことない味付けだ。よく見ると野菜の切り方までとても丁寧……夫の料理とはまるで違う。
そう気づいた瞬間、口から吐き出してしまっていた。
(これ…まさか…!浮気相手に作らせたの……⁉)
「………っはぁはぁっ…」
喉に入りかけていたものを、吐き出したせいだろう。
吐き気がこみあげてきて、そのままトイレに駆け込む。
今日に限って昼からなにも食べられなかったから。
からっぽの胃液だけが出ていった。
さっきまでは普通のごはんだったのに、一瞬でとても汚いものに思えて。
ほんの少しでも、口に、体に、自分の中に残したくなかった。
うがいをして口元を拭き、もう一度リビングへ戻る
おいしそうだけど食べられない。ううん、食べたくない。
うるさい義姉は嫌味と悪口を言うだけで、料理なんて私の前でしたことがない。
さっきまでの不安と恐怖が、確信と怒りに変わっていく
(ここに……女がいたんだ)
ごはんの写真を撮って、ゴミ箱をもう一度見る。
さっきは気づけなかったが、朝捨てたゴミがゴミ箱にない。
私が帰るまでに一度、袋が取り換えられてる。
次にコロコロする粘着クリーナーを手に取って、ソファからカーペットまで
一心不乱にコロコロコロした。
目が据わってるってきっと、こういうことをいうんだと思う。
私とも夫ともちがう、細くて柔らかく長いウエーブのかかった髪が、何本も落ちていた。
見つけた、見つけてしまった。
カーペットの色に同化していて、コロコロしなければきっと気が付かなかった。
明日いつものように掃除機をかけてしまえばなにも、なにも気づかなかったかもしれない。
この家に間違いなく女がいた。
圭太が私を裏切った。
フラフラしながら、寝室に入ると平和な顔で、圭太が寝息を立てている。
(ああ…そう…。そうやって私をバカにして…)
今日、この家に女をあげて一体なにをしていたの?
リビング、キッチン、寝室。お風呂……すべてが汚ない。
浮気相手に作らせた料理をさも自分が作ったみたいに、私に用意して。
憎らしさと気持ち悪さが、背筋を震わせる。
この男が、許せない。一生をかけて償わせたい。
圭太のスマホに、迷いなく手を伸ばした。
(さぁ…見せてもらうわよ)




