慰謝料請求されたくない!
※夫、圭太目線で進みます
「なんっっっで電話に出てくれないんだよ!」
近くにあったゴミ箱をけり倒すと、中身のまだ入ってる缶コーヒーがズボンのすそにかかって、よりイライラすることになった。
「ちくしょぅ!なんだよこの金額!ふざけてんのか⁉」
全部全部うまくいってたのに。
(どっから間違えたんだよ……!どうすればいいんだよ……)
口うるさいけど、なんだかんだ美玖は、家事もしてくれたし、家計も折半だった。
グレードの高い新しいマンションに引っ越して、俺の人生は完璧だと思った。
(美玖と結婚してラッキー!いや、待てよ…?そんなラッキーを手に入れた
俺の方がすごいんじゃね?)
今まで自己評価が低すぎた。
だから俺は、もっと評価されるべきだ。
だから、ヘッドハンティングされて、俺はすぐにOKした。
給料はちょっとしか上がらないが、オシャレなオフィスでいい感じ。
今までの古い体制の会社とちがって、ありのままの俺を評価しようとしてくれる…!
辞める時にまとめて有給も取れた。
しばらくはゆったり新しい生活を楽しもうと思ってた。
なのに美玖は文句ばっかりだった。
(俺が本来の自分を取り戻そうとしてるのに。なんで否定ばっかすんの?)
だけどローンの支払いもあるし、新しい生活を手放したくない。
俺だけじゃとても払っていけない金額だから。
バツイチ独身アカウントを始めたのは、姉ちゃんに有給中の優雅な生活を送ったのがきっかけだ。
『あんたSNS向いてるんじゃない?』
それから姉ちゃんの言う通り、バツイチ路線で広いマンションをアピールしたら、ウケるウケる!
いつか離婚したら1人で住むし、そのためのお金も稼ぐ努力してる。
だから、こんなの嘘に入らない。
そう思ってたんだ。
毎日が楽しくなった。新しい職場も上手くいってる。
中原ちゃんもちょーっと話を作って言っただけなのに、すぐ信じてくれる。可愛い子だった。
(これも俺の日ごろの行いがいいから、神様がいいよって言ってくれてんだな)
美玖と住む家で、中原ちゃんを抱きながら。
全部バレるあの日まで、本気でそう思ってた。
中原ちゃんについた嘘もバレて、姉ちゃんのこともバレて。
美玖はすごく怒ってた。
(やばい……!今は美玖と離婚する予定はない。もっと後で……後ならいいけど!)
必死に謝り、なんとか美玖の機嫌を取るのに成功したと思った。
多少出費は痛いけど、美玖と離婚することで被る損失より、はるかに安い。
(やっぱり俺のやってることは間違ってない)
近くに住む『アイコ』との、DMのやり取りなんて可愛いもんだ。
(新しい恋を始めますって、テーマで動画撮ってもいいな。アイコちゃんも乗ってくれそうだし)
まだ何もしてないから、きっと大丈夫。
だから、だから彼女を家に呼んで。
そして……少しずつ関係を始めればいいと思ってた。
(なのに……!なんでこうなんだよ…!)
スマホに着信があり、俺はすぐに電話に出た。
「もしもし⁉美玖か⁉」
ところが電話に出たのは、美玖ではなく……。
「はい?間違えないでくれます?私です。中原ですけど?」
「誰からの電話くらい見てから出たらどうですか?あ、それとももう私の番号は消しちゃいました?」
久しぶりに話す中原ちゃんは、聞いたことないくらい饒舌だった。
妻と和解したから大丈夫だよと、俺は何度も安心させてあげようとしていたが、ずっと無視されてたのに。
一体どうしたんだろう。
「ご、ごめん…どうしたの?」
「どうしたの?じゃありませんよ……!奥さんから!慰謝料請求されたんですけど……!」
「えっ……⁉」
俺だけじゃなくて⁉
中原ちゃんも…⁉
「どうしてくれるんですか!?和解したんじゃないんですか?!」
「どうって言われても」
「圭太さんが言ったんですよ。何もないから大丈夫って……それなのに嘘ばっか!」
「ご、ごめん。まさか美玖が本気だとは思ってなくて」
「はぁ……⁉何寝ぼけてるんですか…⁉あの奥さんは最初っから
ずっとキレてましたよ…!」
ああだこうだ言う、中原ちゃんの声が耳元でうるさく聞こえた。
前はあんなに可愛かったのに。
俺の支えになって助けてくれるんじゃなかったのか。
ダメだ、イライラする。
「……中原ちゃんもわかってたんじゃないの?」
「……は?」
言わないほうがいいのに、イライラして無理だった。
「俺がまだ離婚してないことくらい気づいてたっしょ?それなのに俺だけが悪い、慰謝料がどうのこうのって責められてもさ…」
口が勝手に動く、止まらない。
第一、俺だって美玖から300万もを請求されてるんだ。
俺に文句を言われても困る。
「……ああそうですか。そういうこと言うんですね」
電話の向こうの、中原ちゃんの声のトーンが変わった。
「……ちなみにですけど、私の分の慰謝料立て替えてくれる気あります?」
「なんで俺が?俺だって同じ立場なんだけど?大人なんだから責任取りなよ」
中原ちゃんにはこういったが、俺はまだ美玖と離婚してない。
復縁だって、慰謝料を取り下げることだって、まだなんとかできるはずだ。
「わかりました。後悔しないでくださいね」
そんな強い言葉で、電話は、サヨナラも言わずに切られてしまった。
なにが後悔だよ……。
散々楽しんだくせに被害者面、所詮、女はヒスってるやつばっかりだ!
「俺は家も失いそうなんだぞ…!」
美玖にまた電話をかける。
でも、つながることはなかった。
どれだけイヤな夜を過ごしても、朝には仕事に行かなきゃならない。
(だるい……イヤでも金はいるもんな…)
副業のSNSもダメになるなら、今の仕事をやめるわけにはいかない。
出勤すると俺の机には、俺の荷物が詰められた段ボールが一箱おいてあった。
「……は?」
「え……なんだよこれ」
周りの人はどうしたんだろう?という視線を送ってくれつつも、誰も反応してくれない。
「井口さん、ちょっといいですか」
「は、はい」
厳しい顔の上司に呼ばれるがまま、ついて行くと、同じ部屋に、中原ちゃんがいた。
「中原さんから、セクハラの申し出があります」
(⁉)
「彼女はあまり大事にはしたくないと言ってまして。でも、会社としてこのままで済ませるわけにはいきません」
中原ちゃんを見るとすました顔で、その場で黙りこくっている。
「ちょうど試用期間内でしたから。本採用はしないということで。残り1週間程度は日割り計算で、給料をお支払いします」
「ちょ、ちょっと待ってください!!僕はそんなセクハラだなんて」
訂正しようとする俺の前で、中原ちゃんがいきなり泣き出した。
「もうやめてくださいっ!私の目の前から、井口さんがいなくなってくれるだけでいいって言ってるんです……よっ⁉」
「中原さん。やっぱり席を外したほうが」
「……はい。すみません……。自分でも一言言いたくて……」
コクリと頷き、中原ちゃんは俺に目もくれずに出ていく。
上司と困惑する俺の2人だけが取り残される。
セクハラ?なんのことだ。全部同意だったはずだろう?
「何か訂正することはありますか?なければ引継ぎをはじめてください」
一応聞く態度を取ってはいるが、古株の中原ちゃんと、入ったばかりの俺。
どちらが信用度が高いかは馬鹿だってわかることだ。
(それに……既婚者って隠して彼女と遊んでました…なんて言えるわけねえだろ!)
きっと、中原ちゃんは俺への腹いせに辞めさせたいだけ…!
不倫の問題をだせば、上司がもっと騒ぐだろう。
同じ業界での再就職も難しくなるかもしれない…!
中原ちゃんを道連れにするよりも
これからの俺の人生が大事だ!
叫び出したいほどの不満を、グッと喉の奥に飲みこんだ。
「僕はそんなつもりもなかったんですけど。困るなぁ……ハハッ……
引継ぎ終わらせてきます」
「……よろしく頼みますよ、今日中に」
苦い目で見る上司に、愛想笑いを作り、部屋から出て、給湯室にかけこんだ。
「くっそ……!!」
感情のままに壁に拳を打ち付けてると、中原ちゃんが笑顔でやってきた。
「おつかれさまでーす。今日までなんでしたっけ?」
「中原ちゃん……!なんであんな嘘つくの⁉」
怖ーいと、軽く笑って俺をかわす、中原ちゃんの目には、強い怒りがこもっていた。
「えー?先に嘘ついたのどっちでしたっけ?私を裏切っておいて、自分だけなんのダメージもない……なんてズルすぎますから。……このまま終わるなんて
許しませんけど?」
「中原ちゃん……⁉それ、いくらなんでもっっ……」
「あ、ここで私になにかしたら、今すぐ叫びますから」
俺の震えてる手に捕まることなく、中原ちゃんは余裕の表情を浮かべた。
当然何もできるわけがなく、その日は定時よりも早く会社から出ることになった。
(どうしよう……)
会社に置いていた荷物を持ち、家までの道をとぼとぼ歩く。
仕事がなくなるとは、思ってもいなかった。
ローンも高いし、生活費の支払いもある。これからどうしろっていうんだ。
(とにかく、絶対美玖には戻ってきてもらわないと……!明日謝りに行こう…)
今日はゆっくりお風呂でもと思い、しぶしぶ鍵を開けて部屋に入ると違和感があった。
あ……れ?なんか……。
リビングまで行くとその理由が、はっきりとわかった。
(この前買った物がない……!それに…美玖の荷物も全部)
残されているのは、前に使っていた家具や雑貨のみ。
(い、いや、そりゃホームパーティするから全部よけたけどっ。ええ…⁉あんなに高かったのに……!全部持っていったのか⁉)
よろっと椅子に座りこむと、美玖からの書置きを見つける。
『家具も共有財産なのできっちり折半しました。あなたはそちらの家具が
、模様替えするほどお気に入りだったみたいなので、どうぞ使ってください』
どうやら俺がいない間に業者に運ばせたらしい。
続けて書いてあるのは、『早急に離婚届にサインを』という言葉と弁護士の連絡先。
(やばい……美玖は本気だ……!)
昨日、内容証明を受け取ったばかりでこの仕打ち。
あいつにはやり直す気なんて全くない…!
(新しい家具でアカウント作り直そうと思ってたのに……!)
あのとき、ホームパーティにいたやつらの一部映像が、ライブ配信で流れてたらしく、バツイチ独身男のアカウントのフォロワーは激減していた。
前に使っていた家具はもう使えないから、美玖に買わされた高い家具を使い、新規一転やりなおそうとしていたのに。
(これからどうすればいいんだよ!この家は……⁉また仕事を見つけても
1人で払っていくなんてとても)
「うっうう……美玖…美玖ぅ…!!戻ってきてくれ……っ」
少し前までどうでもいいことで、怒っていた。
でも今は美玖に今すぐ戻ってきてほしいのに……!
二度と、叶わないのか……?
しばらくやる気がわかなくて、美玖にだけずっとメールを送ったり電話をしていた。家も掃除する気力もなく、埃っぽい部屋、心なしかじめじめする。
(出ない、出ない。)
途中で姉ちゃんに美玖の番号を聞かれた。
俺以外なら出るかもしれないと教えたが、姉ちゃんの電話にも美玖は全然でないらしい。
さらに、美玖の弁護士と名乗る男から、電話がきて離婚の手続きをするように話をされた。
(離婚の手続きを進める間、1回でも美玖に会えないかな。謝ったら許してくれるかも……)
『わかりました…離婚すると伝えてください』
と、弁護士に連絡すると、すぐに離婚届が送られてきた。
(嘘だろ……!話したくないのかこの俺と⁉このままで…このままで
終わらせるのか……⁉)
母さんに美玖の居場所を聞き出すため、俺は実家へ。
「母さんなら知ってんだろ⁉俺美玖に会いに行くから教えてよ!」
すると、母は、「教えるわけないでしょうが…」と、まるで他人みたいに俺を冷たい態度で出迎えた。
「なんで、母さんまで邪魔すんの⁉俺はただ謝りたいだけだよ⁉」
話せば美玖はわかってくれる。
今までだって、ずっとそうだった。
俺が姉ちゃんにそそのかされても、美玖がずっと方向を戻してくれていた。
だから、今回も美玖はわかってくれるはずなんだ…!
「謝罪は、離婚の条件にも入ってるの?」
「え…?」
母さんの言っている意味が分からなかった。
「要求されてるのは慰謝料や近づかないこと、そんなことなんじゃないの?」
「そうだけど……それがなに?俺は謝りたいだけで」
「アンタの謝罪にどれだけの価値があるのよ……」
頭を下げて、こめかみをもむ母は、とても疲れてるようだった。
「え……?価値って……」
厳しいところもあるけど、肯定してくれることの多かった実の母親に、そんな風に言われると思ってなかった。横から頭をぶんなぐられたみたいだ。
「弁護士を通して会えないのはね?もうあんたの顔もみたくないって言われてるようなもんなのよ?悪いと反省する気持ちがあるなら、美玖さんの意志を尊重してあげたらどう?」
かつて子どものころに向けられたことのある、厳しい目だった。
「でもっ…でも俺は離婚したら困るんだよお願いだ!母さんからも、美玖に言ってよ…俺っ頑張るから考え直してって!」
母の腕に掴み、膝をついて縋った。
だが、次に飛んできた母の言葉の衝撃に震えることになる。
「あんた甘ったれんじゃないよ!」
「!!!!!」
「全部自分が悪いんじゃない!美玖さんとあんたが知り合ったきっかけになった私がどれだけ申し訳ないか…!少しでも恥ずかしいと思う気持ちがあるなら、自分のことだけを考えるのもう、やめたら…⁉」
母の声もだんだんしぼんで震えていく。
「さっさと離婚に同意して、慰謝料は自分で何とかなさい……っ。私はあんたになにもしない」
最後に母が泣いてるように見えたが、これ以上深追いするともっと怒られるような気がして動くことができなかった。
(……あれ……?俺……なんでこんなことになってんの……?)
とぼとぼと帰りエレベーターを降りると、部屋の前には女性がいた。
(もしかして……美玖⁉)
部屋の前まで一気に走って、一気に最悪な気持ちに逆戻り。
「なにしてんの……?姉ちゃん……」
大きな荷物とトランクを持って、ふんぞり返っている様子に、イヤな予感がした。
「遅いわよ!どんだけ待ったと思ってんの⁉まあ、いいから開けて?
今日からしばらくここに住むから!」




