新しい生活
ことの発端は3ヶ月前。
この新築マンションに引っ越して来た日から始まった。
「ここが俺たちの家かぁ…感動だなぁ……」
まだ家具が入りきってない部屋を、見渡して夫の圭太は感極まっていた。
「今までもそうだったじゃない」
せっせと今日から不自由なく過ごせるように荷解きをする私をよそに、ソファで寝転んでいる嬉しそうな圭太を、この時はまだ微笑ましく思っていた。
「いやいや賃貸だったし。やっぱり自分たちの家って嬉しいもんだよ」
「そう?それならよかったけど。あ、さきに水回り片づけちゃうから」
「おっけー!じゃあ俺は家具の組み立てやっとく」
私の方がやることが多いが、家事も適度に分担してくれるいい夫だとは思ってた。
住むところが変わったせいだろうか。
それとももともと秘めていた性質なのだろうが。
新しい家と職場の往復に、まだまだ慣れていない1週間後。
圭太は帰宅するなり、とんでもないことを言い出した。
「……辞めた?会社を?」
「うん!実は前からずっと考えててさ!1ヶ月前にはもう退職届出してたんだ。それでも引き留められててどうしようか迷ってたけど…今日きっぱりやめてきた!」
「1ヶ月前って…引っ越す前じゃない…!な…なんで勝手に決めるの⁉
信じらんない…!ローンだって組んだばかりで貯金だって家具買うのに結構使っちゃったのに…!」
「別にもうローンは通ってるし。それに家具は必要経費だよ?」
「だとしてもっ…!転職するなら一言、言ってくれたらいいじゃない……。
相談の1つもしてくれないなんて……」
「転職に美玖の許可がいるの?」
「そうじゃないけど、家買ったばかりじゃない。やっぱりもう少し低めに、ローンを組んどけばよかった……」
頭を抱える私に、圭太は反省の色を少しも見せることはなく、むしろ口を尖らせた。
「そんな安い家に住んだら男が廃るだろ?美玖は俺の顔を立てる気もないの?」
「顔をたてるってなに…?仕事は個人の自由ってことはわかってるよ?
でも買ったのマンションだよ⁉安い買い物じゃないし。お金だって必要なの
わかってる?」
「わかってるってば」
特に別に大きな問題は、なにもないからと圭太は軽い笑顔を見せる。
「転職先はもう目星つけてるから。今月中には仕事始めるよ」
「……本当なの?」
「もちろん!俺のことをしっかり評価してくれるところでさ~。実はスカウトされたんだよ!今より帰ってくる時間も早くなるし、給料もちょっと上がる。
家から近いしいいことずくめだろ?」
それなら…いい…のか?と一瞬疑問に思いつつも、すでに辞めてしまったあとだ。今さらどうにもできない。
(なんだろう……モヤモヤする……。給料が上がるからいいって問題じゃないんだよね…)
ローンでマンションも買って、子どもも考えている。
だからこそ相談してほしかった。
(『転職したい』って、ただそう言ってくれたらよかっただけなのに)
そんな思いを抱えている私を見越したのか、圭太は真剣な表情になる。
「不安にさせてごめん…。安定した会社をやめたことは、確かにもったいないと思う」
「でもスカウトされて嬉しかったし、今の年齢だろ?踏み出せるのはこれで
最後だと思ったんだしっかり稼いでいくから……!だから俺を信じて…!」
「……うん」
夢見がちなところもあるけれど、目標のために頑張ることを忘れない。
それが圭太のいいところだ。だから、信じるのに十分だと思ってしまった。
「次の会社さ、給料翌月末払いなんだよね…1ヶ月空くけど、それくらい大丈夫でしょ?」
「あ…そうなんだとりあえずは大丈夫だけど…」
1ヶ月ほど家計簿がずれたり、貯金から崩さないといけない。
(貯金はなるべく置いときたい……でもボーナスは置いときたいし)
どうやりくりしようかと迷ってる頃、ちょうど会社で大きな企画を任されることになった。
(昇給upのチャンス!ボーナスに成果を反映させられるし、これは頑張らないと…!)
次第に残業が多くなり、2週間有給が残っていた圭太に、家事を任せていたある日のこと。
「なんかさぁ……美玖、最近帰ってくるの遅いよね。もしかして……浮気してる?」




