反撃開始
「残念ながら、本当です」
「そんな……」
コーヒーを飲みながら、うつむきがちに義母に頷く。
私は相談したいことがあると、義母をランチに呼び出していた。
「お義母さんにはとても良くしてもらっているので。こんな風にお伝えすることをとても悩みました」
「そんな……当たり前だわ……」
実は私が圭太と出会ったのは、義母がきっかけだった。
仕事先で義母と知り合い、義母を迎えに来た圭太と話が弾み、そこから
少しずつ付き合うようになった。
交際しているときはなんだか気恥ずかしくて、内緒にしていて。結婚の挨拶に行ったときは、ずいぶん驚かれたものだ。
「ちなみにこちらが、圭太の浮気の証拠です」
私は動画をスクショした写真と、圭太のLINEの数々をまとめた資料を義母に見せる。
「……」
義母は黙って、けれどじっくり、資料を見てくれた。
「それとこれが、肉体関係を裏付ける決定的な証拠になります」
義母や周りに配慮して、データはUSBに。そして写真は茶封筒に入れた。
義母はそおっと封筒を受け取り、震える指で少しだけ開いて中身を見た。
「……わかりました。うちの子が大変申し訳ないことを」
座ったまま頭を下げる義母に、胸が痛くなる。
どうしてこの人から、あんな姉弟が育ったんだろう。
疑問でしかない。
「美玖さんの気が済むように、終わらせましょう」
「そのつもりです」
いい人だからこそ、圭太も義姉も受け取ることが、あたりまえなワガママに
なったのかもしれない。
「私もショックが大きくて。圭太が私を裏切っているとは、思いもしなかったんです」
浮気に気づいた経緯。そして義姉と圭太の企み。
今の圭太の行動も義母に話した。
「あの子(義姉)には、もう迷惑かけないでって、注意していたんだけど
……ごめんなさい」
「再構築も少しは考えました。……でもムリです」
「……私にできることがあるなら教えてくれる?」
私を見つめる義母の瞳には、やはり、一点の曇りもない。
そうしてくれると期待していたから、今日この日に時間をとってもらった。
「お言葉に甘えて。お義母さんには、3つ、してほしいことがあるんです」
義母と打ち合わせをして、私と義母は1人の女性と合流する。
綺麗な20代OL風の女の子。
髪型も特別料金で似せてもらったプロのレンタル彼女さんだ。
「今日はよろしくお願いします。短い時間ですみません」
「いえいえ!それじゃあ私の名前は【アイコ】でいいんですかね?」
「はい、【アイコ】で、お願いします。最初にお伝えしたように、玄関先までで大丈夫です。あとは帰ってくださって構いませんので」
私は先にレンタル彼女【アイコ】に、今日の分の代金を払う。
「わかりました。ありがとうございます」
「私は友達…いえ……、姉ってことでお願いします」
「わかりました!」
いろいろ規約があるようだが、家の前まで行くだけならと、彼女に直接交渉に成功した。
2時間分の料金で10分程度で終わる仕事なのもあっただろう。
義母と彼女と一緒に、ケーキとワインをもって、私はマンションへと戻る。
「10分前……ちょうどいいですね」
圭太は友達を呼んでいると言っていたが、自分に気がある女性【アイコ】と
2人きりになるのだ。
本当に呼んでるか、わかったものじゃない。
(また私がいない時間に、わざわざ女性を連れ込もうとしてるくらいだもんね)
出かける前に圭太は、私が何時に帰ってくるのかしきりに聞いていた。
『帰りの時間に合わせて、ご飯作っておきたいからさ!あ、でも迎えに行きたくなるかもしれないから、帰ってくるときはまず連絡して!』
つまりは
訳:女の子呼ぶから鉢合わせしたくない!帰る前に返すから教えて!
ということだろう。
ちなみに義母には、このやりとりを全部話している。
「……この調子じゃ、美玖さんとの約束は全部守ることになりそうね…」
「そうだと私は嬉しいですね。あ、じゃあインターホンお願いします」
レンタル彼女【アイコ】は、「はーい」と、私の住む部屋番号を入力する。
うちのインターホンは、カメラでばっちりわかるタイプなので、私と義母は見えないように先に鍵を使って中に入る。
『こんにちわ。アイコです。圭太さんのおうちでしょうか?』
『こんにちわー待ってたよ!どうぞどうぞー』
浮足立った夫の明るい声がばっちり聞こえた。
家の前まで行き、レンタル彼女【アイコ】に、もう一度インターホンを
鳴らしてもらう。
なにも確認せずに圭太が、中に引き入れると怖いので、すぐにドアから離れてもらった。
パタパタと足音のあと、勢いよくドアが開かれる。
「アイコちゃん…!………あれ?」
ドアを開けても誰もいないと、気づいた圭太は玄関を大きく開け、同じ階の廊下に顔を出す。
やり取りしていたDMの女の子【アイコ】と思っているレンタル彼女を見つけて明るくなった表情が、すぐに氷のように凍てついた。
彼女の後ろにいる、私と義母を見つけたからだ。
「こんにちは。どうも、アイコの姉です。なんてね……」
「えっ………え…⁉美玖……⁉」
さっきインターホンで確認したばかりの可愛い女の子、【アイコ】の前に、私
自分の母親と出かけているはずの妻が立っている現実を、圭太は受け止められないようだった。
「あ、姉……え??」
「冗談通じないか」
開かれたドアからは明るく、おだやかな音楽と数人の笑い声が流れている。
「あれ、意外。友達もいるの?お義姉さんの時も言ったけど、家に誰かを呼ぶときは、一緒に住んでる私に一言くらいあってもいいよね?」
「え……」
ようやく理解し始めたのか、圭太の顔にだんだん汗が滲んでいく。
「あ、すみません。じゃあこれで大丈夫です」
「あ、本当ですか?じゃあこれで失礼しますね」
「ア、アイコちゃん……⁉え⁉」
ぺこりと礼儀正しく私に会釈する彼女を、圭太はまだ、わざわざ自分に会いに来てくれた【アイコ】だと思い込んでいるようだった。
「こ、これどういうこと⁉なんで美玖と…⁉」
圭太の声に振り向いた彼女は、さっと圭太に礼儀正しく名刺を渡す。
「すみません。時間外になりますので、ご希望の方はこちらにご連絡ください。ご利用ありがとうございました」
と言って、ぺこりとお辞儀をし帰っていった。
「……は…⁉アイコちゃん⁉︎なんの冗談⁉︎ど、どういうこと⁉
なにがどうなってんの⁉」
「情けない……!美玖さんのご両親になんて謝ればいいの」
義母は、悔しさと申し訳なさの入り混じった表情を浮かべていた。
「⁉母さんなんで美玖といるの…⁉来るなら先に連絡して……!」
「えー?だってホームパーティなら、私も友達連れてこようかなって」
私のわざとらしい可愛い子ぶった声で、圭太の動きがピタリと止まる。
「ほらぁお土産」
買ってきたケーキとワインを、これでもかと見せつけた。
「お招きありがとう。この前の料理よりうんとおいしいごちそう、準備してくれてるんでしょ?」
パニック状態の圭太が、ようやく答えにたどり着く。
「…………まさか」
「やっと気づいた?あなたがずーっとやり取りしてたのはアイコが誰か」
「………!!なんで…なんで⁉」
聞きたいことも、言いたいことも、たくさんあるだろう。
「とりあえず中に……」
そう義母を促すと、数日前に聞いたばかりのうるさい声が耳に飛んでくる。
想像通り、義姉がドアを開いてご機嫌で出てきた。
「圭太ー!彼女さんはやく連れておいでよ~!いらっしゃーい!」




