義姉の言い分
「はぁ⁉」
義姉がこれだけびっくりしてる顔を見るのは久しぶりだから、私がこうやって
言い返す人間だということを忘れてしまったらしい。
「ねえ、圭太。なんでお義姉さん来てるの?家には勝手に呼ばないでって前に言ったよね?」
義姉を招き入れたくせに、存在を消して、ごはんを並べようとしていた圭太にズバリと聞く。
「えっと……それは姉ちゃんが来てくれるっていうから……だから」
「だからなに?メールだって、電話だって。私に一言いうくらいできたでしょ」
「でも、姉ちゃんが……」
助け舟を求めるように圭太は義姉に視線を送る。
「弟の家なんだから、わざわざ美玖さんの許可がいるわけないし!」
「私の家でもあるわけですよ。お義姉さんも、お義姉さんで、少し気をつかうことを覚えてくださってもいいと思いますけど」
「はぁ⁉」
「お義姉さんも結婚してますよね?その態度でいつもいたら、旦那さんのご家族にずいぶん嫌われてるんじゃないですか?」
「そんなことないし!それこそアンタに関係ないでしょ⁉」
「えーっ。じゃあ親戚の皆様は特に優しい人たちなんですね」
よかったですねーとわざとらしく驚いてみせると、義姉はぷんぷん怒り始める。
「相変わらずイヤな子!その態度改めたら⁉」
「お義姉さんこそ改めてください。私がどうしてお義姉さんを呼ぶときに、声をかけてほしいのかわかります?」
理由を知っている夫はぎくりとした。
「お義姉さんが私の物を、服でもなんでも物色するからですよ。そんな手癖の悪い人間に、いてもらいたくないと思うのは当たり前のことじゃないですか?」
家にいても居なくても、勝手にタンスの中や戸棚の中から、物がなくなれば、誰でもそう思う。
「そんなことしてないわ。美玖さんが出しっぱなしにしてたんじゃないの?」
「いいえ?私綺麗好きなのできっちり片づけてましたよ。家に帰ったらびっくりしました。こんなことする大人がいるんだってことに」
その瞬間、義姉は顔を真っ赤にした。
「ちょっと見ただけじゃない!」
もし「ちょっと」だとしても、勝手に触られること自体が、イヤなことがこの義姉には伝わらないのだろう。
「だからお義姉さんは、できるだけ私のいないときに来てほしくないんですよ。まあいる時にも来てほしくないですけど」
ストレートに言いたいことを言うと義姉の顔は怒りで、さらに紅潮する。
「頭きた……っ!性格悪すぎ……!だから圭太に浮気されるのよ!」
「私が男だったらアンタなんて絶対いや!」
私を全否定する義姉に、圭太は自分の立場が悪くなっていくことを感じていた。
「ね、姉ちゃん……!そのくらいでいいからっ……!」
「私もお義姉さんはお断りしたいですね」
あははーと義姉に返し、慌てる圭太に鋭い視線を送る。
「……お義姉さんに泣きつきでもした?」
威圧感を覚えたのか、圭太は一瞬身体を固める。
「いやっそんなつもりなくて、ただ話の流れで言っちゃって…。それで姉さんが一言言いたいっていうから…。ただそれだけで……!」
「………」
弟の不甲斐なさに謝る。
この義姉にそんなことは、決して起こらない。
金づるで便利な私と、弟が別れられるように、SNSで副業と女探しをすすめるような女だからだ。
「浮気されたのは、私が悪いと考えてるんですね」
「そうよ。食事も作らない帰ってくるのも遅い。働いてるからってそんな
偉いわけじゃないの!女としての優しさとか男が甘えたいところがない!」
「はいはいはい…」
やっぱりこの姉弟は救えない。
「もういいですか?帰ってもらっていいですよ」
「え…」
「結構遅い時間ですし。お義姉さんこそ晩御飯の準備、しなくていいんですか?」
いたずらっぽい笑みを浮かべながら、今にも怒りで弾けそうな義姉に皮肉を言う。
「誰よりも早く帰って、出来立てのごはん出さないと!浮気されても仕方ないですよ」
「なんなの…!」
「え、そこで怒るんですか?あー…もしかして…はは。気づかなくてごめんなさい。お義姉さん『も』浮気されてました?」
「⁉されてるわけないでしょ⁉」
「え、そうなんですか?私は出来てなくて、浮気されてあたりまえって、言われたんで……。ついお義姉さんの体験談だと思っちゃいましたー」
ふふっと小さく笑うと、義姉はどたばだと荷物を持った。
「相手にした私が、ばかだった…!もう帰る!圭太もこんな女とは、早く別れなさい!」
「姉ちゃん!」
まるで「行かないで」と、情けない声を出しながら、圭太は義姉を追いかけた。
(あほらし……)
私は帰るまで返事をしていた、圭太のアカウントへのDMを見直す。
帰る前に、圭太に今度の日曜日、1日家にいないと伝えてみると、
すぐに『アイコ』宛に、こんなDMが来ていたのだ。
【アイコちゃん今度の日曜、よかったらウチにこない?美味しいもの御馳走するよ!友達呼ぶからさ】
……だから私はこう、返すのが正解よね。
【いいんですか?憧れのお家にお邪魔できるなんて感激ですぅ。ケーキとワイン持ってきます!圭太さん好きでしたよね?】
義姉が帰った後、圭太はまたヘコヘコした態度に戻って、リビングへ戻ってきた。
「あの……勘違いしないで欲しいんだけど、姉ちゃんはただ俺のことを
思って言ってくれただけで…!俺は美玖に歯向かうとかそんなつもりじゃないから…!」
「知ってる」
義姉の援護射撃が有効と思っている圭太の能天気さが、とてもまぶしい。
圭太は私の笑顔にどんな意味があるのかも知らない。
DMのやり取りしてる相手、アイコが私だとも。
ご飯をあっためなおし、今日も夫婦団らんの食卓が始まる。
「中原さん。すごい風当たりきつくなってさ……。俺は気にしないで
おこうと思ってるのに、取り付く島もないんだよね…」
中原あゆからすれば信じていた圭太に、最後に裏切られたのだから、あたりまえのことだろう。
「そうなんだー?」
私はまだ、中原あゆへ何も行動を起こしていない
慰謝料の請求は浮気が、発覚してから3年らしい。
私に個人情報をつかまれてから、中原あゆは毎日毎日びくびく、震えて過ごしているのだろうか。
ぜひこのまま圭太へイライラと、恨みを貯めていってほしい。
不安と焦り、恐怖を抱えて、いくら待っても来ない知らせが、日常になる日まで。
そして、何もしてこないかも…と、どうぞ思いきり安心してほしい。
その過程で2人が和解したとしても、私には何も変わらない。
私にとって、もっとも都合の良いタイミングで、2人にまた教えてあげたい。
現実という名の地獄を。
「おかげで仕事しにくくて、しょうがないよほんとに」
すべて自業自得なのに、圭太はまるで他人事だ。
「普通にしてって言っても、なんか聞く耳持たずに、ヒステリー起こすんだよね。美玖が許してくれたから、何も気にしなくていいのに。大人の対応ができないんだなって幻滅したよ」
どこまで本当かわからないが、一体いつ、誰が、『許す』と一言でも言ったんだだろう。
そして、浮気しといて、よく妻の前で浮気相手を貶めて機嫌を取るような
行為ができたものだ。
「そっかー…大変だね。あ、そういえば料理上手になったんじゃない?」
「えっほんと?嬉しいなー!最近SNS見て勉強してるんだ。妻が喜ぶ映え飯ってのがあってさ~」
「へーすごーい」
「まあこれくらいはね!だから姉ちゃんの言うことは、気にしなくていいからさ。美玖の気が済むまで、ちゃんということ聞くから」
圭太はどこか誇らしく、自慢げに頷いて見せる。
「ありがとう」
気なんか一生すむわけがない。
私が許すときが来るのを、待っている圭太の態度が腹ただしい。
義姉にすがったくせに。
いい夫アピールをする夫と【アイコ】としてやり取りしながら、私は土曜日までに着々と準備を進めていいった。
夫との約束の時間は14時。
その2時間前、私は12時にある人と会っていた。
「美玖さん。圭太が、浮気したって本当なの……?私の息子が……本当に?」




