謝罪
「あ、謝ります。謝りますから………!ごめんなさい……!!」
もうドアはノックされない。その代わり、中原あゆの悲痛な声が聞こえる。
「夫との浮気を認めるってことで大丈夫ですか?」
室内で無様に座り込んだままの圭太は、首をぶんぶん横に振った。
「中原ちゃん!やめて。やめてって」
圭太は泣きそうな声で、ひくひく訂正を促すが、外にいる中原あゆには届かない。
「………はい」
「なかっ……!」
「そうですか」
「あのっだから本当職場にだけは言わないで下さい。こんなこと…誰にも
知られたくないんです…!」
「別に言う気はありませんけど?あなたにこれ以上関わって、変に訴えられたくないですから。まあでも…そうですね。さっきみたいに嘘ばかりつくのなら
あなたの言葉の信用するか迷っちゃいますので…」
「モヤモヤと不安がたまったら、空き巣の証拠として、警察かどこかに出しちゃうかも?」
「!」
「そうならないようにお願いしますね?」
「………はい」
「じゃ後ほど連絡しますので。それ相応の対応は覚悟してください。弁護士つけたければつけてもらって構いませんよ。あとは……そうそう免許書あります?」
淡々と話し、最後に個人情報をすぐに夫のラインに写真に、送ってくるように指示をする。
「はい、どうも。帰っていただいて大丈夫です。あ、あと今日のこの会話も
きっちり録音させてもらってるんで…」
「⁉」
「嘘に嘘を重ねられあげく裏切られた私の精神的ストレスも、たっぷり加味させてもらいますね」
「それは流石にひどいんじゃねえの⁉」
ずっと喋らなかった逃げ腰の夫が勢いよく立ち上がった。
だけど、全然怖くない。
スマホを持つ指でこっそりスピーカーに切り替える。
「ひどい?アンタの方がよっぽどひどいでしょ」
「俺は別に…!!騙したわけじゃない」
「……わけじゃないのにずいぶんしっかりとした話で、彼女を信じさせたんだ?すごーいほんとに詐欺師だね」
「遊びのはずだったのに中原ちゃんがぐいぐい来るから…!夢見せただけなんだよ…!」
外に聞こえないように気をつかったかもしれない。
だけどスピーカーなのでもれなく、外にもしっかり届く。
「ひどい。私は最後まで夫圭太くんを守ろうとしたのに…!」
「え……⁉中原ちゃん⁉」
「恨みがあるならあとは、彼にどうぞ?どうもお疲れさまでした」
最後に彼女の夫への復讐心を駆り立ててあげて、私はすぐに電話を切ってやった。
電話を切った私と切られた夫。
中原あゆは、まだドアの前にいる。
今すぐに夫がドアを開ければ、なんとでも言えるだろう。
もしかして夫への怒りを、宥められるかもしれない。
だけど夫はその場から動かず、私に信じられないという目だけしか向けなかった。
「なんてことすんだよ!あんな風に煽って……!俺の立場が悪くなるじゃんっ!」
「もうすでに悪いでしょ。っていうか、あの子も別に被害者なわけじゃないから」
「そうかもしんないけどっ。訴えられたらどうするんだよ!弁護士つけろだなんて言って…」
「え?……いや自業自得でしかないと思うけど」
「訴えられるかも~ってびくびくするんだったら、最初からしょうもない嘘
つかなかったらいいじゃん」
「だ、だからそれは成り行きだって……!」
「なに?成り行き?あなたのいう成り行きってさぁ……」
「彼女に仕事帰りに飲みに誘って?それで最近買った綺麗なマンションを自慢して?帰りにちょっと寄ってくって、話をしてからいい雰囲気だけど遠慮がちに『奥さんいるんでしょ?』って断る彼女に『実は…別居中なんだ』って
嘘つくのが成り行きなの?」
もちろんどういう成り行きか、なんて私は知らないので妄想だ。
でも夫の言いそうなことは、自然と想像できてしまう。
これこそ結婚生活での習慣というものなのではないだろうか。
「……何で知って…!っていうかさっき映画見ることも知ってたよな……!」
「これは想像だけど……やだ当たっちゃったの?うわー…気持ち悪い。それに引っかかったあの子もあの子だけどね」
(わざわざ教えることもないでしょ)
圭太のスマホからさっきの彼女の情報を念のため自分のスマホに送信してから、圭太にスマホを返してあげた。
「はい、どうぞ。電話したければすれば?思いっきり罵られるかな?
それとも泣かれるかしら?反応が楽しみね」
笑顔で言い切ってあげると、圭太はぐっと心底イヤな顔をして逆ギレしてきた
「なにがだよっ…!明日どんな顔して会えばいいんだよっ!」
この男は何を気にして、何を勘違いしてるんだろう。
浮気されたのは、この私なのに。
「知るわけないでしょ」
軽蔑の目を浮かべ、刃のように言葉を突き刺す。
「もし少しでもあなたに罪悪感があれば、すぐにでも彼女を追いかけて謝ることはできたんじゃないの?それをせずにこの私の前で、グタグタ文句を並べ立てて。今わかるのはあなたは心底クズだってことよ…!」
「…………っ!!」
ドアを開けば、電話をかければいい。
でも、なにもしないのは自分からはこれ以上状況を悪くしたくないと思う
汚い心のあらわれだ。
(私を罵って謝らせれば、それを免罪符にできるとでも思ってるの?)
「なっ………なっにがクズだよ!クズなのはそっちじゃんか!だいたいなぁっ…!」
ズカズカとリビングへ戻り、圭太は大きく乱暴にテーブルに手をついた。
「この料理は何だよ!今日は遅くなるって言ったくせに嘘ついてんじゃねえよ!」
「ああ、そうだっけ」
圭太の苛立ちをハイハイと、促しながらワイン残りを全部グラスにあける。
「最近忙しかったことも文句言われるし、前には浮気まで疑われちゃったからさ。たまにはあなたに愛を示そうとしただけなんだけど。私が浮気を疑うとは
思ってなかったの?」
「いつから……俺のこと疑ってたんだよ」
「自分で考えてみたら?そうしたら次にもしあなたが浮気するときに、凡ミスを防げるかもね」
「ああっ…もうっ…」
イライラした様子で圭太は無駄にうろうろする。
「そのワインもう飲むな!!いくらしたと思ってんだ!」
少しでも私の非を見つけて、貶めて責め立てて。
自分が優位に立ちたいのに立てない。
(ああ、おかしい)
「どうでもいいけど?そんなに怒るほど高いワインが買えて綺麗なお部屋で
いい生活が出来てるのは誰のおかげでしょ~?」
ワインとボトルを持って、冷やかな嘲笑を浮かべる私。
「お、俺が働いてこの家を買ったからに決まってるだろう…!ワインだって同じだよ!」
「え~ざんねーん。不正解だよ?」
「あってるよ!このワインはボーナスで買ったんだから!」
「そのボーナスをワインのお金にあてられたのは……」
「私がいろいろ立て替えてあげたからだよねぇ?夫婦だからってうやむやにしてきたけど、この際全部取り立てよっかな!あなたと違ってさぁ、結構こまめに記録付けてるんだ」
「は⁉今さらそんなこと言われても無理だって…!」
「あ、あとね!この家がなんできれいに保たれてるか知ってる?」
「新しいからだろ。それがなんだよ…」
「新しくても使えば古くなるのよ?綺麗に綺麗に私が、掃除してるからなのー。前から聞きたかったんだけど1人分の給料を持ってくることしかしてなくて、あげく無駄遣いばっかなのになんでそんな偉そうなの?」
「べ、別に無駄遣いじゃないし。俺がこのワイン大事にしてたの美玖だって知ってるだろ⁉」
ぎゃーぎゃ騒ぐ圭太に嫌気がさす。
「いくら大事にしててもいつかは飲むものだし。私がされたことを考えれば
これくらい可愛いもんだよ」
「は……?」
「カメラにはさぁ、もちろんあなたも映ってるの気づいてないの?私のお気に入りのカップとか、クッションとか…?まあいろいろ、彼女と使ってくれたよね?全部新品でおんなじもの、買いなおしてもらうから」
ゴミ袋をガサガサと取り出し、クッションをずぼっと入れていく。
「そんなの……俺のワインに比べたら…」
とブツブツ文句を言う圭太は、まだわかってないらしい。
「だからな?比べるところ違うからな?」
圭太の手を引き、乱暴にゴミ袋を掴ませる。
「今から全部回収して。使ったもの全部」
「わ……わかったよ」
使ったものは、たくさんあるだろう。
ドライヤーにタオルにリモコン。クッション、食器。彼女が料理したから
調理器具もほとんど捨てないといけない。
圭太がしぶしぶ集めてくるものを私は写真とメモにまとめていく。
「ほら、これで全部だ。もういいだろ?あと使えるもんばっかだし、さすがに捨てるのはさぁ…」
ため息をつきながら、圭太はリビングの床に座りこむ。
(これで全部終わりと思ってるの?)
「捨てるようなことしたのは誰だっけ?」
中原あゆに話していた、お義姉さんが住む理由。
そして夫のバツイチ独身男のSNSアカウント。
他にも聞きたいことはたくさんある。
弁償という事実に頭が冷えて来たのか、圭太は私の機嫌を取るように抱きしめ、猫なで声で近寄ってきた。
「わかった……!ごめん!もう怒んないでよ。あの子のことはなんとかするし
美玖の好きな物、いくらでも買っていいから」
「……」
「俺もいろいろ疲れたんだよ。新しい職場で住む環境も、全部変わって……。
慣れなくちゃってときに、美玖の仕事は忙しくなるしさ。ほんと、浮気もうしないし、ワインも、もう買わない。だから許してよ。お願い」
後ろから抱きしめられ、髪の上に圭太の顎を乗せられる。
甘えた声が相まって、心の底から悪い。
(これで私が許すと思ってるんだ)
圭太の腕から感じる温かさを、二度と感じたくないとはっきりわかった。
激しい嫌悪感を隠したまま、私は圭太に向き直り微笑む。
私には、まだ手札がある。
「仕方ないな……次はないよ?」
(このまま終わらせなんかしないから)




