私が妻です
「奥……さま?えっ……本当に……?」
中原あゆからすれば、この不倫は安全地帯での遠距離攻撃。
想像もしてなかっただろう。
安全地帯から、とっくに引きずり出されてることに。
「圭太の妻です。いつもお世話になってます」
「あ、はい……」
十数秒間の沈黙が流れたあと、口火を切ったのは、中原あゆだった。
「どういうことですか?これ……え?圭太くん……?」
「いや…違くて…その」
「なんで奥さんがお義姉さんのフリしてるの…?それに……なんで圭太くん
言わなかったの?」
「い、言えなくて」
「……⁉なんで⁉」
「いや……」
「家にいるから私はてっきりお義姉さんだと思って……!っていうか奥さんがいるなら、今日私来なかったよ…⁉話し合いのチャンスだよね⁉」
中原あゆは、一転私に敵意を向け始める。
(話し合いのチャンス?)
「あれだけ離婚したいって言ってたのに……!連絡無視してた人がやっと帰ってきたんじゃん!怖いならそばにいるから…!今ここでちゃんと話つけなよ」
「だから違うんだってば……!」
「さっきからなにがちがうの!!!?」
中原あゆの声が、リビングの隅から隅まで響いて消える。
「私になにか隠してるの」
緊張と不安が混ざる中原あゆを、圭太はまっすぐ見ようともしない。
目を合わせれば、石のように固まるとでも恐れているかのように。
圭太は随分、都合のいい嘘を、中原あゆについていたようだ。
(なんで騙されるんだろう)
ふーふーっという息だけが、圭太の返事の代わりをしてる。
「状況わかってます?」
「え……」
圭太の服を掴んで離さない中原あゆにぽつりと話しかける。
「私が圭太の姉じゃないなら、なんであなたが家にきてたこと、ご飯を作ってくれたことを知ってると思いますか?」
「………それは…わかんないですけど」
「お義姉さんなんてこの家に毎日帰ってくるわけないからです。そして私も、浮気なんかしてません」
「……はい?」
「浮気、してませんよ?別居だってしたことありません。義姉のフリしたことは謝ります」
「むしろ浮気されたの私の方です。まさにあなたに、この家で」
「⁉」
「圭太があなたに嘘をついて、あなたを騙してただけのことなんですけど……、この状況で、あなた、まだ夫を信じる気があるんですか?」
「だましてた…?私を…夫くんが?」
「はい、そうですけど」
最悪なタイミングで言ってくれたなと、目で訴えつつも、しょうこりもなく夫が助け舟を望むような顔をしてる。
「聞いてないですよ…。そんなの…!詐欺じゃないですか……!」
「知りませんよ。あなたと夫が浮気していたのは、ゆるぎない事実でしょう?」
「!!」
「そうでしょう」
「違いますよ…!だって私は離婚寸前って、聞いてたからで…!」
「だからソレ嘘なんですって。しかもあなたさっき自分で言ったじゃないですか『既婚者だから最初はそんなつもりなくて』って」
「!」
「まだ離婚もしてないのに。ノリノリうきうきで浮気を黙認してる義姉と食事ですかー。すごい。詐欺だと思うなら自分で、弁護士さんにでも相談してください」
「ひどい……!」
「だって。私には一切関係のないことなんで」
「……!圭太くん……!ねえ!さっきからなんで黙ってるの⁉本当に本当なの…⁉」
さっきまでふわふわしていた中原あゆの声に、裏切らないでと悲痛な叫びが
合わさっている。
弱弱しく圭太の手を握る中原あゆは、まだ夫を信じてるように見える。
「………~~~~~っ」
声にならない声で私、中原あゆを見た後に、圭太は小さく頷いた。
「………そん……な」
中原あゆの手が、夫から力なくほどけてく。
「………困るよ。そんなこと………。私……信じてたのに」
「なにが『信じてた』?離婚してない男と付き合っておいて、被害者面やめてくれます?」
「……!だって…!私は圭太くんのこと…!」
「あなたこの家に何回も来たんでしょう?新築のマンションで?都合よく妻が出て行って、姉が転がり込んでくるとか…あげく弁当を作ってくれる?」
「同じ職場だから圭太がどれだけ給料もらってるかわかるでしょ??どう?このマンションは1人で払っていけるの?それとも浮気までしていて出ていった奥さんが、律儀に家賃半分振り込んでくれるんだー?」
「だって……そう聞いてたので……」
どんどん歯切れが悪くなる。
言い訳は「だって」ばかり。
「私には自分の見たくないところは都合よく見えないふりして、遊んでただけ見えるけど?」
中原あゆの顔が赤くなり、図星だったんだと悟った。
「このマンション。新しいから綺麗だもんねぇ…新婚ごっこは楽しかった?」
長い長い沈黙のあと、中原あゆはぽつりとつぶやいた。
「…………すみません」
「なにが?なにがどう悪いと思ったのか教えてくれる?」
「……その…圭太くんと、こんなことに…なって、です」
「結婚してるって、知ってたうえで…ってこと?」
悔しそうに、中原あゆは首を縦に振る。
「あなた最初、夫から私が作ったお弁当もらってたわよね?あの時手紙くれた時から、ずうっと怪しいなって思ってたの」
「今日、夫が姉と住んでるって嘘ついたとしても、ごはん中ずーっと変だなって。あなたみたいに気が使える愛想のいい子が義姉にあてて手紙書くなら
、「おねえさんへ」って書くじゃない?それなのに名前もなにもなくて、ただ女であることを匂わせるようなことしてるから」
「ああ…この子は最初から【私』に宛てて書いたんだって、わかっちゃった」
震えながら青ざめる中原あゆ。
悔しくてたまらない様子だ。
夫「な、中原ちゃん…俺」
「……あの、会社にはこのことばらさないでもらえますか」
「別にいいけど……あなたがちゃんと証拠を提供してくれるのなら。スマホ見せてくれる?メッセージを確認したいの」
「…はい」
(やけにいうこと聞いてくれるな…)
ごそごそとスマホをとりだそうとする中原あゆの手がピタリと止まる。
「あ……でも奥様。私は圭太君と関係を持ってたわけじゃないんです。本当に圭太くんを支えたい一心で清い関係だったんです…!」
何とかこの場から逃げてなかったことにしたいという焦りが、ありありと見える
「……つまり浮気身体の関係はなかったと?」
「……はい!そうです……!」
言ってやったといいながら、圭太に何も喋ってほしくないのか、すぐに圧をかけている。
「ですよね?圭太くん」
「あ………う、うん!」
水を得た魚のように圭太は、ペラペラ話し出す。
「そう、そうなんだよ!そこはほんとに何もなくて」
「なにもない…本当?」
嘘を積み重ねるお礼に、私は少しだけ、信じてあげる素振りだけ見せてあげた
。
「嘘をついたことは謝る!でも俺にも良心ってものがあるし。中原ちゃんは
中原ちゃんでいい子だし…!だからこうやって家にきてくれてはいたけど、
ほんと浮気っていうわけじゃないんだよ…!」




