2(間抜け)
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周りを探ってみたけれども、特に触れるものはない。感度が鈍っているのだろうか。
地上に落ちて、損傷の程度も分からない。わたしは彼女に頼る他がないことを理解する。
もし、彼女が戻らなかったら?
もし、彼女が意図的に放置したのなら?
ぞっとしない。
ふと、柔かに包まれるのを感じる。地上から受ける陽光であると気付く。優しいけれども物足りない。物足りないけれども、暖かい。
チッチッと短い鳴き声を聞く。シアンやイエローが綯い交ぜになった思いと共に、幾つかの小さな何かが近寄り、くるくる廻る。暫く辺りをうろうろし、消えて行く。様々な生き物が、訪れては去って行く。
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「良い子にしてた?」
彼女が戻って、わたしは少しほっとして、やはり同じくらいに少し苛つく。
「さてと、」彼女は云う。「これから孤立環境になる。やること全部、頭に入れた」
──本当に?
「だいたい入ってる」アハッ、と軽薄に笑う。「見たこと、聞いたこと、話したこと。全部一緒に埋めなきゃいけないんだってさ。バカバカしいけど、最初で最後だって諦めるわ」
まるで借りを作るみたいで、そんなのちっとも嬉しくない。
と、たくさんの手がわたしに触れる。どの手も淡い色味を帯び、優しさの中に、かすかな憐憫が混じっている。
わたしをそっと持ち上げ、静かに置き、保護ジェルを確かにじっくり塗り直す。彼らは無言で、でも互いに意思疎通をしたようで、程なく静かに下がり行く。思念の色も薄くなり、やがて全てが消えて行く。
「見送り」彼女は云った。「あたし一人じゃ荷台に乗せられない」
──どうなるの?
「知るかっ」
ぐい、と押し出され、驚く。
「あんたは何も心配しないでいい。あたしがきちんと送り届ける」
──決まりだから?
「そうだよ」不機嫌さを隠そうともせず、彼女は答える。わたしたちは、互いに相容れられない存在なのだと理解する。
こうしてわたしは、どことも知らぬ場所へと連れられる。
*
地上での一日は、昼と夜が分かつ。わたしの世界にその明確な区分はない。
「今日はここまで」
彼女はわたしのそばに立ち、「あーあ」情けない声を出す。それから、痛んだ部分を探し、ジェルを塗り直してくれる。その手のひらからは、何の色も認められない。
一通り済むと彼女はぷいと離れ、ごそごそと作業を始め、悪態をつく。ぶつぶつ云うのに耐え切れず、訊ねると、「火」と答える。「うまくいかない」
──何が?
「マッチ。燐とか混ぜた簡易発火物」
彼女の苛々が分かる。
それは彼女の問題で、わたしの問題でない。だからわたしは思念を閉ざす。
「やった!」
嬉しそうな声は、鮮やかなマゼンタとイエロー。
「こういうアナクロもたまにはいいけど、今の環境じゃ心もとないな」
──それも決まり?
「残念ながら」
彼女は自分の食事を作る。なんて面倒なのだろう、ランダーって。
「味覚も嗅覚もなくしたあんたにゃ分からないだろうね。携行食はおいしくない。おいしくないけど、おいしい。空腹は何にも勝る」
それきり彼女は黙って食事を摂る。やはりとても不便と思う。道中も、休憩ついでにふいと離れて行くことがあったのだから。不完全な器官に縛られ、それに甘んじている。
食事を終えた彼女は荷物を片付け、寝るための準備をし、横になると呼気だけの存在になる。
「間抜け星って呼んでた」彼女が口を開く。「みんなは普通にお星さまって呼んでたけど、ひとつだけ置いてけぼり喰らってたから」囁くように彼女は続ける。「ときどき晴れた空をすぅっと横切って行くのを見てたんだ。本当はあんたが離れてから本を自由にしてやろうと思ってたんだけれども、軌道が低くなっちゃって、本も耐え切れなくなっちゃって、仕方なしに教えたんだ」
そして彼女は口をつぐむ。ややあって、「おやすみ」呟くような小さな声で、それきり何もなくなる。時折、彼女の作った火の中で、何かがぱちりと爆ぜる音。




