1(淡いシアン)
おやすみ迷い星
今日、最後の本が死んだ。
それは淡いシアンの思念として届いた。わたしの二度目の十三周期だった。
〈バルーン《カゴ》〉は、わたしをまだ成熟した十三歳と認めていないようで、準備にもう少し時間をかけるつもりらしい。
物心ついてからの記憶のひとつに地上の事故がある。
数える程しかなかった本は、地上に用意された混成体によって維持され、管理されていた。
その本が絶滅した。
同じように人類もまた、地上にいない。新たな身体を手に入れ、新しい世界を惑星の低軌道に作った。
わたしは人間。
小さなカゴの中で生まれ、育ち、カゴと共に成長し、十三年間、星を廻り、やがてそっと離れ行く。
外宇宙へと。星の海を渡り。楽園を目指し。
それから先を、わたしは知らない。
*
こつ、こつ、こつ。
こつ、こつ、こつ。
*
宇宙塵が外を叩いてる。
大昔、宇宙にはたくさんの人工物があって、ほったらかしで、未だ浮いていて。それが時々、悪戯する。
こつ、こつ、こつ。
ほら、叩いてる。
変な軌道に入っちゃったと思ったけれども──、
ごつッ、ごつッ、ごつッ。
ちょっと、どうなってるの?
ガン、ガン、ガン!
穴が明いたら大変!
「おーい」女の子の声。「死んでる? それとも死んだフリ?」
声? まさか!
「生きてるって聞いたんだけど?」
ガツッ、ガツッ、ガツッ!
──やめて!
強いマゼンタを放出する。すると「やっぱり」笑い声。「おはよう、お間抜け星サン」
声は振動。空気の振動。
「まだ寝ぼけてるね?」
本物の声がすぐそばからする。
「知りたいだろうから簡単に云うね。あたしはナナミ。あんたは空から落っこちた。まぁ、うまくやれたと思う。でもかなり痛んでる」
わたしが沈黙でいるのに構わず、彼女は続ける。「取り急ぎ、外殻にジェルで保護膜を作ってるけど、余り期待しないでね。少しばかりの先延ばし程度」
いったいどうしたと云うのだろう。
「今すぐ殻割りしてやってもいい。このまま放置してもいいんだけど、期待できるほどの時間はないかな」
それは……ちっとも良くないってこと?
「考え方次第」と、そっけなく。「あたしとしては、さっさと割るのがオススメだけど」
──ここは……地上?
「そう。どうするよ?」
……何を?
「殻を割るか、時間に任せるか」
──わたしは死ぬの?
「そうなるね。今か後か。希望は聞くよ」
どうしてわたしが。どうして地上に。
「あんたは落ちてきた。それだけ。あんたが初めてって訳じゃない。燃え尽きなくて残念サン。さて、他にご質問は? ないね?」
──なぜ、あなたなの?
その思いは的外れのようで、けれども彼女は、「相性。あんたと共感力が強いんだって」不満げにこぼす。
「ハズレ引かされた。面倒くさい。やってらんない」
彼女が触れる。手のひらを通して彼女の思いが増幅する。ジェルでベタベタする。気持ち悪い。なんであたしがなんであたしがなんであたしが──。
ぐちゃぐちゃで、でも気に入らないのは分かる。わたしは彼女を好きになれそうもない。
「お生憎さま」彼女の手が離れた。「あんただけじゃ、どうにもならないのにね」くくっと咽喉を鳴らす。わたしは彼女を嫌いと思う。
「お互いさま」あはっと笑う。「あたしも好きじゃない。意見の一致をみたところで、さっさと殻割りしよ? 痛んでるし、充分に結実してないし。あたしもラクチン、あんたもラクチン。良いこと尽くめよ」
云いなりは願い下げ。
「ちぇっ」面倒くさい、とまた彼女は云う。「決まり通り、お仲間のところに案内するよ」
わたしは困惑する。他にも地上に落ちた人間がいる?
「云ったでしょ、あんたが初めてじゃないって。心配ない。静かなもんさ」
──どう安心しろと?
「寂しくはないんじゃないかな」
他人事のように云うが、他人ですらない。そもそも、わたしと彼女は種族が違うのだから──、
不意に、濃いマゼンタの怒気に強く当てられ、わたしは驚く。
「ふん」荒い鼻息。「案内はする。決まりは守る」
そして彼女が遠ざかる。わたしだけが残される。




