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シーヴですら、城のことが心配になるほど。エルヴィーラはしつこく、二人を引き止め続けた。
夜ごと行う「夜更かしおしゃべりの会」は、ごくごく他愛のない雑談だったり。昔のさまざまな、ぞっとする逸話だったり。シーヴやヴァルトを、あえて答えにくい質問攻めにしたり。まさしく、多種多様だった。
さすがに、それを一週間も続けられては、城に支障が出る。そう、アクセリたちが説得に協力してくれて、ようやく帰還の運びとなったのだが。
「楽しかったわ。また来てちょうだいね」
ニコニコしていたエルヴィーラのことだ。ほとぼりが冷めた頃に、また呼び出しにかかるのだろう。
ややぐったりしながら。どうにか道を覚えていたヴァルトとともに、久しぶりの城へ戻ることができた。シーヴは、ヴァルトとともに、まずエリサへ報告に向かう。
「遅くなりました」
「かまわなくてよ。どうせお母様のわがままでしょう?」
並んで頭を下げる二人に、エリサはあっさり答える。
二人の帰りが無駄に遅くなることは、エリサも織り込み済みだったようだ。言葉どおり、気にしている様子は一切ない。
「今、ヘンリクはちょっと迷子で、他は全員出払っているけれど、どちらもじきに戻るはずよ。ヘンリクにお使いを頼んだら、ちっとも帰ってこないのよね」
「全員ですか? 珍しいですね」
苦笑するエリサに、ヴァルトがグッと眉根を寄せながら問いかけた。
「どんな考えか知りませんが、セーデルランド軍が来たそうで、ソーニャが率先して浮かれながら出て行きました。そうね、一昨日の話だったかしら」
前回からあまり間が空いていないというのに、わざわざやってきた理由。それが推測できずに、シーヴは軽く首を傾げる。
「とりあえず、あれはソーニャに任せておきなさい。どうせソーニャには勝てないのだから、何も心配はいらないわ」
父親のことを、そうきっぱり断言されてしまうと、少し物悲しい気分になった。かといって、否定できる材料が何もないことが、さらに追い討ちをかけてくる。
父が勝つ姿が、どう頑張っても想像できない。
(まあ、父上は、母上にも頭が上がらないからな……)
だからこそ、国を出ようと考えた時、真っ先に母を味方につけたのだ。
「そろそろ、あちらにも手を入れなければならないと思っていた頃合で……」
不自然に言葉を切ったエリサを、シーヴはきょとんと見つめた。エリサも不思議そうに、見つめ返している。
「シーヴは少し、変わったかしら?」
「……そうですか?」
「昔、セーデルランドへ行った後のソーニャに、少し雰囲気が似ている気がするわ」
その頃はまだ、生まれていない。想像のできないソーニャを例に出され、ますます困惑を深めてしまう。
だが、エリサはそれだけで十分なのか。取り立てて多くを語ろうとはしない。
「吹っ切れたようで、何よりでしたね」
ただ、それだけ。
けれども、そのひと言が、とんでもない破壊力を持った、凶悪な攻撃魔術に感じられた。
静かに執務室を辞したシーヴは、しばらく歩いてから、ため込んでいた息を残らず吐き出す。同時に、肩の力がフッと抜ける。
「僕が知っている伯母上は、母上に聞かされたことと、こちらに来てから見聞きしたことだけだからな……陛下の言われた頃の伯母上は、正直よくわからないんだが……」
エリサの言葉は、確かに的を射ていた。それこそ、怖いくらいに。
それはつまり、かつてのソーニャが似たような経験をしている、ということ。
「陛下は、エルヴィーラ様とは違う意味で恐ろしい人だな」
「エルヴィーラ様は、あの陛下の母君だからなぁ……あの人あってこの人あり、みたいなもんだし」
「そう、だな……」
その割には、根本的な性格が正反対に近い。
思ったが、シーヴはそれを口にはしなかった。
静まり返った居住棟を、ゆっくり進む。コツコツと、靴音だけが響いて耳につく。
どうやら、出払っているというのは事実のようだ。
「父上は、何をしに出てきたんだろうか」
「いつものじゃない? ソーニャさんとかシーヴが足りなくて、補給に来たって感じの」
「それは、さすがにないと思うんだが……」
ないと信じたいが、どうにも否定しきれない。
思わずため息をついて、早く事実が知りたくなる。
考え込んでいると、いきなり頭を触られた。それも、壊れ物を扱うような、丁寧で優しい動きだ。
ひどく驚いて、ついつい警戒心をあらわにしてしまった。
バッと勢いよく手の主を見上げると、にこやかな笑みを向けられる。
「何となく、だけど?」
少しくらい、他意があることを、疑っている。けれど、はっきりと声に出しては問えない。
口をパクパクと開閉させている間に、また後頭部をなでられた。
「……っ!」
キュッと唇を引き結んで、ヴァルトの手を振り払うように歩き出す。
引き離されない程度の速度で、一定の距離を保って。なぜかヴァルトがついてきている気配を感じる。
不意に、腕をグイッと引っ張られた。
「……何か用でもあるのか?」
「何もないけど」
よろめいて、危うく尻餅をつくところだったシーヴは、いぶかしむ視線を投げかけた。ヴァルトは手を離さないまま、飄々とそう答える。
「ちょっと、シーヴの顔が見たくなっただけだって」
唐突に放たれた言葉を、自身の中でじっくり消化している間。シーヴはただ、瞬きを繰り返していた。
やがて、理解し終えたのか。元々目尻がわずかに上がっている目を、さらに思い切り吊り上げて、ヴァルトをキッと睨む。
「そんなことでいちいち腕を引っ張るな!」
「そんなことって言うけど、オレにとってはかなり重要なんだけど?」
「いきなり腕を引っ張られると、迷惑だと言っている」
「じゃあ、今度は先に声をかけるからさ」
ヴァルトに、悪びれた様子はひとかけらもない。
そうは言うが、どうせ「あー、忘れてた」などと言って、また突然引っ張るに決まっている。それが何となく想像できるから、シーヴは怒りを静めようとしない。
「そういう問題では」
「何やってんの? この廊下はいちゃつくの禁止って、エリサ姫ルールがあるから、気をつけた方がいいよ」
「リ、リュイス……」
「リュイス、さん……」
前触れもなく、ふわっとそこに湧くリュイスは心臓に悪い。恐らく、誰もがそう思っているはずだ。
退屈しのぎなのか、はたまた、そういった反応を楽しみたいのか。リュイスは、狙っていると疑いがかかる程度には、絶妙に現れる。
「それはリュイス限定だから安心なさい。さて、リュイス。どうなっているのかしら?」
「僕限定ってどんなルールなんです? まあ、それはさておき、ざっくりまとめて言いますが、イクセル王が涙目で理解不能なことをわめいてて、ソーニャでも手に負えないので、シーヴが戻ってたら連れて来い、って伝言です」
何となく、けれど激しく嫌な予感が襲ってきた。
(まさかと思うが……)
母に宛てた手紙を、読んだのか。それとも、母が語って聞かせたのか。
どちらにしろ、あまりいい状況ではない。
「……何だか、面倒なことになっていそうね。わたくしも出ますから、リュイスは馬車の手配と、ヘンリクの捜索をしてきなさい。シーヴとヴァルトは支度を整えて、各自馬を用意して門で待つように」
「また迷子なんですか?」
リュイスは呆れた声で、ボソッと呟いてから、サッと姿を消す。
シーヴとヴァルトは、急いで支度を整えるため。階段をバタバタと駆け下りて、それぞれの自室へと飛び込んだ。




