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 最低でも、数日分の着替えを持って来るように。

 一度は身一つで出てきたシーヴとヴァルトは、エリサにそう言われ、身支度をやり直した。エリサの考えがわかっているらしく、リュイスは一応の荷物を持っている。

「リュイスは魔術で戻れるのだから、必要ないだろう?」

「いや、ほら……念のためってやつだからね」

 ジロリとエリサに睨まれて、リュイスはもごもごと言葉を濁す。

 エリサとヘンリクが乗る馬車に、馬組の三人の荷物が乗せられる。それでもなお、馬車の中には余裕があった。

 のんびりと馬車を走らせるエリサたちを置いて、身軽な三人は先に南下する。

 二時間ほど走らせると、サロヴァー孤児院が見えてきた。そこからさらに南へ進む。

 思わず、頭痛で頭を抱える光景が広がっていた。リュイスとヴァルトは、力なく苦笑いしている。

「……父上は、いったい何をしているんだ」

 ひどい頭痛が通り過ぎると、果てしない怒りがふつふつと湧いてきた。

 手綱で馬の首を打って、一気に速度を上げた。ひと息に、父のそばまで馬で乗りつける。

「お、おお、シーヴ!」

「父上、これはいったい何の騒ぎですか!」

 馬上の娘に抱きつくより早く、ぴしゃりと雷を落とされて。イクセルは一瞬、ギュッと身をすくませる。

「セーデルランドの王ともあろう方が、他国で何をしているのです! 僕が母上に聞いたお祖父様は、伯母上に似て強く凛々しく、まさに王としての威厳にあふれていたそうではないですか。息子である父上がこの有様で、お祖父様はどれほど嘆き悲しんでいることか!」

「……私の実父は、そんな人だったのだな」

 感慨深げに、ソーニャがボソリと呟いた。

 セーデルランドを訪れた際には、すでに亡き人だった。だから、ソーニャは両親に会ったことがなく、もちろん名前も知らない。

 聞けば、誰かが教えてくれたのかもしれない。だが、聞く必要を感じていなかった。今、シーヴの説教で初めて、その人となりを知ったのだ。

 セーデルランド人ですら、イクセルとシーヴのどちらが王かと、交互に見比べている。馬上のシーヴが王で、部下に説教をしているような錯覚に陥るほど。まったくもって、違和感のない光景だった。

「シーヴ王女、その、大変申し上げにくいのですが……」

 国許では、教育係をしていた初老の男性が進み出てきた。しんなりとしおれているイクセルに、チラチラと視線だけ投げながら。男性は怖ず怖ずと口を開く。

「実は、ソーニャ様が、アウリンクッカ国で周囲の反対を押し切り、青き騎士になったと知った時、イェスタ様は、ソーニャ様を連れ戻して代わりにイクセル様を……と考えたこともあったそうです」

「私は、姫様のそばを離れないと誓ったからな。仮に来ていても、容赦なく追い返していたぞ」

 少しくらいは、動揺するかもしれない。だが、ほぼ即座に、追い返す決断をしていただろう。

 これまでソーニャを見てきたシーヴには、それがよくわかった。

 そもそも、ソーニャは、王位に向く人ではない。

「イクセルが治めて滞りないならば、別に問題はないだろう? 私はアウリンクッカの騎士だ。セーデルランドには、政治的な意図以外に出向く予定はない」

「そうそう、その政治的な意図ってやつだけどね」

 ようやく追いついたリュイスが、少々弾んだ息を整えながら声を張り上げる。

 チラッと振り向いたが、ヴァルトの姿はまだ見えない。

「エリサ姫が、セーデルランド王との会談を望んでるんだけど」

「うわ……姫の考えそうなことだね」

「楽しみが増えるな」

 リュイスのひと言で、エリサを知る者は、その思惑を即座に見通してしまう。

 アハトとソーニャは、楽しげな顔を見合わせている。おおよそ推測できているらしいユリアは、呆れた苦笑をこぼす。

「い、嫌だ!」

 よほどのトラウマになっているのか。イクセルはブンブンと首を横に振って、激しい拒否の姿勢を示した。

「姫の考えって、別にあの時みたいに、痛烈なことばかりじゃないんだけどね。今回は、むしろイクセルくんにとって、多分、きっと、いいことずくめだと思うよ」

「お前のその笑みが、なおさら胡散臭い!」

「口は災いの元なんだよ? イクセルくんがそういうこと言うから、黙っておこうと思ったことを、容赦なく言いたくなるんだよね」

 普段と変わりない笑顔だったアハトが、明らかに意地の悪い笑みに変わる。

「実は俺、今回イクセルくんが突撃してきた話の結末も、さっき聞いたばかりなんだけど……さあ、誰の口から聞きたい?」

「な、何っ!?」

 思わず立ち上がって、イクセルはアハトの胸ぐらをつかむ。アハトは目をすがめて、大いに黒く笑った。

「俺からこっそり耳打ちでもしてあげよう、なんて考えてたけど、やっぱり本人の口からビシッと言われて、衝撃の底まで真っ逆さまに転げ落ちた方がよさそうだね」

「そういじめてやるな。後が面倒くさいだろうが」

 ソーニャは、軽く握った拳でアハトの脇腹を突く。とたんにアハトは、脇腹を同じ側の手でグッと押さえた。体を中途半端に傾けたまま、低くうめいている。

「ソーニャ、ちょっと加減を間違ったみたいだよ」

 思い切り笑いたいのを、懸命に堪えているような。微妙な顔のリュイスに言われ、奇妙な姿勢のアハトを見て、ソーニャは小さく噴き出す。

「ああ、本当だな。ユリア、悪いが治癒魔術を頼む」

 ため息をついたユリアが、サッと治癒魔術を使う。ようやく痛みのなくなったアハトは、呆然としているイクセルの手を全力で外した。

「エリサ姫が来るまで、まだ時間がかかるだろうし、せっかくだから、いろいろな組み合わせで、ちょっと手合わせしてみたくならない?」

(……い、今すぐ、その発言を撤回してくれ!)

 リュイスの提案がなくなるよう、シーヴは真剣に願う。だが、ソーニャがすっかり乗り気になってしまったので、すでに手遅れだ。

 運がいいのか悪いのか、ヴァルトもちょうど到着した。ようやく追いついた、といった様子で、ヴァルトは馬から降りる。

「魔術師と手合わせした経験って、ほとんどのセーデルランド人にはないんだよね? だったら、ヴァルトくんが面白いよ」

 見るからに、悪事を企んでいる顔のアハトの台詞に。これからいったい何が始まるのかと、胡乱げに首を傾げた。

「ヴァルトくんも、イクセルくんと手合わせすると、結構面白いかもよ?」

「つまり、手合わせをしろ、ってことですね」

 露骨に「面倒くさい」と顔に書いているヴァルトだが、やる気はあるようだ。

 乗ってきた馬の手綱をアハトに渡すと、人のいない場所へスタスタ歩いていく。

「お願いします」

 軽く下がった頭が上がると同時に、ヴァルトの両腕が肩の高さに持ち上げられた。両の手のひらが、スッとイクセルに向けられる。

 それを見て取ったアハトたちは、申し合わせたように数歩下がる。シーヴは馬を走らせて、ややヴァルト寄りへと移動した。

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