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血縁上は伯父になる人物の戴冠式があるというのに、リクは留守番を言い渡された。しかし、一度も顔を合わせたことがないので、まったく気にしていないようだ。
「六日後に戻る予定だっけ? リュイスさんのお兄さんの戴冠式だっていうのに、意外と短いよなぁ」
「うーん、兄といっても、昔は話もしなかったって言うし、今回は陛下の魔術師として行くから、しょうがないんじゃない? 僕なんて顔も見たことないよ」
「……それって、本当にリクの伯父さん?」
ヴァルトの問いかけに、リクはこくんと頷く。
「だが、名前も顔も知らない人が伯父だと言われても、ピンとこないだろう?」
「仲の悪い国に、ほいほい出向いてくるわけにいかないでしょ? 父さんや僕みたいに、魔法で移動できる人じゃないらしいし」
「ああ、その辺りは、何となく理解できるな。父上も、わざわざ軍を率いずとも、伯母上に会いたいと素直に言って出て行けばいいのだと、よく母上が言っていたぞ」
うんうんと頷くシーヴに、リクとヴァルトは呆れ果てた目を向ける。
明らかに、似て非なるもの。
そんな言葉が頭を過ぎった二人だが、シーヴには言っても無駄のような気がして、そろって押し黙った。
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ハイヴェッタ国の王城に、再び足を踏み入れる。そんな日が来るとは夢にも思っていなかったリュイスは、ひどく感慨深げに王城を見上げた。
「二度と来ることなんてないと思ってたけど、来てみたら来てみたで、何だか懐かしいよ」
「単に、外から見る景色が懐かしいだけだろう?」
「ソーニャさんの言うとおり、外を見るのは十九……二十年ぶり? まあ、そのくらいになるだろうからね。俺でも、十分懐かしいって思うよ」
ある意味、罠にかけたリュイスを、エリサの魔術師として迎えることを条件に。やらかしたことは一切口外しない約束で、アウリンクッカへ連れ帰ったのは、エリサがまだ十二の時。
あの日以来、移動の魔法でちょくちょく、兄の私室へ直接飛んでいたリュイスはともかく。エリサたちは、ハイヴェッタ国領へ、足を一切踏み入れていない。
「感傷に浸るのは後にしてちょうだい」
颯爽と歩き出したエリサは、十メートルほど進んでから、ふと異変に気づいてクルリと振り向く。
「ヘンリク!」
エルミもユハナもユリアも、きちんと歩き出していたというのに。初めて見た他国の王城を、ヘンリクはまだぼんやりと見上げていた。
ハンネスが話をしたいからと、エリサたちは応接室に通された。
かつて訪れた時は、城の出入り口からとにかく遠い謁見室まで連れて行かれたのに。ずいぶん違う扱いだ。
「エルミ、ユハナ、ユリア。それからヘンリク。何を見ても、聞いても、驚いても、後が面倒だから、決して突っ込まないようにしてちょうだい。できれば、顔にも出さないで欲しいのだけれど」
名を呼ばれた四人は一様に頷くが、理由はまったくわかっていない。
やがて、応接室に一人の男性が入ってきた。
顔の輪郭に沿ってさらりと流れる、金茶の髪。灰青色の瞳の、五十に手が届くかどうかといった年齢で、まさに柔和を絵に描いたような男性だ。
異国情緒ただよう、精悍な顔立ちのリュイスと、似ているところはどこにも見つけられない。
「エリサ姫、お久しぶりです。それから、ソーニャさんとアハトさんには、前回はお会いできませんでしたが、セヴェリから話を聞いて、お会いできるこの日をとても楽しみにしていました。ああ、もちろんヘンリク様も、お会いしてみたいと願い続けていましたよ」
初対面のハンネスに対し、ユハナとユリアは、彼が性格的にアハトと似ている印象を受けた。しかし、ハンネスの方が、なぜかより腹黒いと感じられてしまう。
「ほら、セヴェリ。お前も座ったらどうだい?」
「いえ、僕はエリサ姫の魔術師として来ているので……」
頑なに拒むリュイスに、ハンネスは捨てられた小動物のような表情を向けた。ウッと言葉につまったリュイスに、さらに容赦なく畳みかける。
「何を言っているんだい? セヴェリが僕の弟だというのは、消せない事実なんだから、ここはこの兄の顔を立てて座ってくれないか? セヴェリが立っていると、僕が落ち着かないんだよ。ね?」
さりげなく脅しを含んでみたり、ベタベタ甘えてみたり。自在に声音を変えるハンネスには、どうも逆らいきれないらしい。完全に押し切られた形で、リュイスは渋々椅子に座る。
ハンネスに対する、第一印象の強烈な衝撃が去ったとたん。今度は、リュイスをまったく違う名前で呼んでいることが、ふと気にかかった。
「セヴェリ」は、ハイヴェッタ風の名だ。それに気づいたユリアは、ここで暮らしていた頃の、リュイスの名だったのだろうと目星をつける。
過去を多く話したがらないのは、ヘンリクを除いた紫衣全員に共通していることだから。ユリアもあえて、聞き出そうとはしなかった。
だから、リュイスは初めから「リュイス・カレスティア」として生きていた。そう、無条件でずっと信じ込んでいたのだ。
「椅子をどうぞ」
ハイヴェッタの使用人が、足りない椅子を運んできた。しかし、座ったのはエルミだけだ。ユハナとユリアは、両親にならってエルミの傍らに立ったまま、ハンネスの話に耳を傾ける姿勢を取って意思を示す。
「お久しぶりです、ハンネス様」
「ああ、回りくどいことはなしにしようか。戴冠式を終えたら、僕はエリサ姫と相互不可侵の条約を結ぶ。他に望むことはありましたか?」
「相変わらず話が早くて助かりますわ。わたくしからお願いしたいことは、定期的に、我が国の騎士と手合わせをしていただきたいということだけです。切磋琢磨する相手がいなくては、やはり張り合いも生まれませんから」
「それはいいですね。筆頭騎士ソーニャ・サロヴァーラの噂は聞き及んでいますし、こちらからもぜひお願いしたいと思っていました。そうそう、この後、セヴェリを少々お借りてもいいですか? 少し手伝って欲しいことがありまして」
二人は、そつのない笑顔で、なごやかに話をしている。そんなふうに、見える。
しかし、そこはかとなくただよってくる、黒くてべっとりした何かに。リュイスとアハトとユリアは、そろって顔を引きつらせた。
エルミは無邪気に瞳をキラキラと輝かせ、エリサの堂々とした態度に見入っている。ソーニャとユハナは、ハイヴェッタの騎士とも定期的に戦えることだけは理解したようだ。わかる者にはわかる程度に、嬉しさをしっかり表に出している。
何もわかっていないヘンリクだけが、すっかり手持ち無沙汰で、ニコニコとエリサを見つめていた。




