表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
72/153

71

 借りてきた猫。そんな言葉は、まだ生易しい。

 今のリュイスには、針のむしろに強引に、無理矢理座らされているとしか感じられなかった。

「あの、ハンネス様、そちらは……」

 戴冠式の準備を懸命に進めている彼らの表情に、濃い戸惑いが見えるのも無理はない。他国の魔術師が、これから王となる者に従えられてやって来ること自体が、そもそも異常な光景だ。

 この場にいるのは、幸いなことに若い者ばかり。リュイスの出自を知っていそうな人間は、どこにも見当たらなかった。

「気にしないでくれ。エリサ姫に手伝いの手を貸して欲しいとお願いしたら、彼を貸してくださったんだ。遠慮なく使って欲しいとね」

 かつて、十二歳にして、今と変わらぬ滑らかな舌を持っていたエリサと、堂々と渡り合った。そんな兄に、ますます磨きがかかったと、リュイスは心底呆れてしまう。

「初めまして。アウリンクッカ国女王魔術師、リュイス・カレスティアと申します。我が陛下より、微力ながらお力になるよう、申しつけられてまいりました」

 余計なことは言わないよう気をつけつつ、当たり障りのない挨拶をして。にこやかな笑みを浮かべたリュイスには、ハイヴェッタ王を思い出させるものは何もない。もちろん、ハンネスに似ていると思わせる素振りも、一切見られない。

 あくまで、手伝いに借り出された他国の魔術師であるふうを崩さず。決してでしゃばりすぎない程度に。手伝えることはあるかと、責任者らしき男に、一応問いかけてみる。

「あ、いえ、その……」

 なぜか彼は、ハンネスをチラチラと盗み見している。そして、ハンネスの視線が釘づけになっているリュイスを、もう一度見つめた後。ゆるゆると、静かに首を横に振った。

「すみません。ここは人手が足りているので、お願いすることは何も……」

「え? あ、はい」

 首を傾げてみるも、彼の返答はどうにも変わりそうにない。

 リュイスは不思議そうに、ゆっくりハンネスを振り返る。したり顔の兄の考えが何となく読めて、がっくりと力が抜けた。

 作業中の彼らの年齢を考えると、親はリュイスと同年代以上だ。かつてエリサが訪れた時のことを、聞いて知っていてもおかしくない。

 若干十二歳の小娘が、よく回る頭と舌をめいっぱい活用して、王をきっちりやり込めただけでなく。倍以上年の離れたハンネスと、こっそり密談まで行ったことを。

 手伝いに借りた手前、いくつか準備を進めている場所へ向かうのだろう。しかし、そのどこでも、ハンネスがくっついているエリサの魔術師を、わざわざ使おうとするはずがない。

(僕だったら、そんな危険なものに近寄りたくもなければ、死んでも関わりたくないから、無理もないかな)

 最初から、これが狙いだったのだ。そのことを、リュイスはようやく理解した。

 エリサ同様、回りくどいことが好きなところは尊敬に値する。そう思いながら、ハンネスが本性を現すまでは、単なる異国の魔術師として従うことにした。



 予想どおり、どの作業場でも断られた末。ハンネスはリュイスを連れて、彼の私室へ向かう。

 ニヤニヤしているハンネスの足取りは、心なしか、フワフワと弾んでいる。

 彼の私室には、何度か足を踏み入れている。しかし、廊下からきちんと入るのは初めてで、リュイスはどうしても緊張を隠せなかった。

 ひょっとしたら、中に誰かいるかもしれない。そう考えるだけで、とっさの言い訳さえも思い浮かばないのだ。

「どうぞ」

「失礼します」

 通された部屋は、すっかり見慣れた風景そのものだ。いつもと変わらず、部屋の主以外の姿は見えない。

「いつセヴェリが来てもいいようにと思って、この部屋は常に人払いをしてあるからね。安心していいよ」

 どうりで、来る途中に誰とも行き会わなかったわけだ。そう納得すると同時に、リュイスの肩から、フッと力が抜ける。

「昔を知っている者たちにも、きちんと口止めは済ませてあるからね。明後日の戴冠式では堂々と、アウリンクッカ国の女王魔術師として参列して欲しい」

「相変わらず、根回しがいいですね」

 リュイスがアウリンクッカに移り住んで、一年経たないうちに。エリサの父親が、若くして逝去した。葬儀の準備に追われている間に、うっかり兄への畏敬訪問をコロッと忘れたことがある。

 連日顔を見せなかったことにより、完全に痺れを切らした兄が、こっそり会いに来てしまった。運よく、兄の顔は知られていなかったため、アハトが機転を利かせてうまくやり過ごしたのだ。

 どうにか兄を帰国させ、頃合いを見計らって会いに行った時。兄が笑顔で言い放った言葉が、いまだに忘れられない。

『父上と無能な家臣たちを、ちょちょいと言いくるめるくらいできなくて、僕に未来のハイヴェッタ王が務まると思うのかい?』

 どこかで、似たようなとんでもない言葉を聞いた。

 懸命に記憶をたどり、エリサがのたまう「王女たる心得」に行き当たって。思わずため息を止められなかったことを、まざまざと思い出す。

 似た者同士の二人が、それぞれの国の頂点に立っている間。表面上はいがみ合うこともないだろうと考えたら、今度は軽い苦笑がこぼれ落ちた。

 昔、想像したことが、もうすぐ現実になる。

「僕は、君に約束をした。君が、この国で暮らしてもいいと思えるように。もし暮らしていくならば、過去を気にせず幸せに生きていける国にすると。たとえ、あちらに骨を埋める覚悟だとしても、君がいつまでも幸せであるように、僕の全力を注ぐ、とね」

 王として玉座に上る兄は、いったいどれほど眩しいのだろう。民から、どんなに熱狂的な歓迎を受けるのだろう。

 その姿を、自分は誰よりも誇りに思うはずだ。

 自分の兄は、こんなに素晴らしい人間だ。などと、ついうっかり叫んでしまわないよう、きっちり気を引き締めておかなければ。

 リュイスがテーブルの下で、こっそり拳をグッと握って、これからの決意を新たにしたところで。ハンネスが不意に立ち上がり、リュイスの肩にそっと手を乗せた。

「だけどね、僕にはどうしても、どうしても納得できないことがあるんだよ」

 何のことかわかっているリュイスは、ギュッと体を硬くする。初めてまともに話した時のように、決して目を合わせず、ゆるゆるとうつむく。

「ねえ、リクはどうしたの?」

 二ヶ月足らずのうちに、リクは十七になる。その間、ハンネスは一度も彼を見ていない。

 今回は、初めて見られるかも。そう期待していたとしたら、落胆は言葉では言い表せないほどだろう。

「僕が彼に会いたがってることは、もちろん知っているよね? どうして?」

 猫なで声なのだが、ハンネスの目は、カエルを睨みつけるヘビに似ている。

 今にも消え入りそうな声で、リュイスはボソボソと話し始めた。

「こちらへ来る人間は、エリサ姫の決定です。リクにはシンラトを教えましたから、有事の際に、連絡係としてあちらに残すというのが、エリサ姫の判断で……」

「わかった」

 これでハンネスが理解してくれた。単純にそう思うリュイスではない。

 兄には絶対に、裏がある。

「戴冠式が終わったら、今度は僕からアウリンクッカへ出向こう。正式に国賓として滞在したことはないから、楽しみだよ。ああそうだ。クリスティアンも連れて行こうかな。いとこ同士、気が合うかもしれないし」

(やっぱり……)

 嫌な予感が的中してしまった。しかも、エリサが許可を出さないはずがないことも、痛いほどわかっている。

 リュイスにできることは、深く長いため息を、ひっそりとつくことだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ