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風でふわりと翻る、薄茶、紺、緑、濃灰のスカートの裾。
肘ほどの長さの袖と、足首より少し上の裾から。真っ白で幅広の、そろいのレースがチラリと覗く。大きく開いた襟元は、同じレースをきっちり重ねて、見えないようにうまく隠している。
シーヴだけは、思う存分暴れられるように。下に短いズボンを身につけていた。
普段の服装で話していると、声変わり前の少年にも感じられる。そんなシーヴだが、ヒリヤがこれでもかと、めいっぱい少女らしく飾ってくれた。おかげで、今日ばかりは、見た目にも性別を間違えることはなさそうだ。
「……僕は、ユリアとサーラと出かけると、聞いていたんだが」
徹夜を含めて、仕上げるまでたった四日。
そのヒリヤの新作を着ているユリアとサーラは、事前に聞いていた。だが、彼女たちとそろいの服を着たヨハンナは、完全に予定外だ。
「あら、ヨハンナは、私やシーヴと遊びに行くだけよ。シーヴとデートするわけじゃないわ」
「屁理屈で煽るつもりか……」
「シーヴってば、孤児院に逃げてから勘がよくなったのね。ちょっとだけ、お母さんみたいよ」
褒められたと解釈したシーヴは、目を軽く見開いてから、フッと小さく笑む。
憧れ、目指しているソーニャに、半歩でも近づけた。そう思うと、それだけで嬉しくて仕方がない。
「それに、矛先がヨハンナに向くより、シーヴに向いた方が安全でしょ?」
「まあ、そうだな」
見るからにか弱い美少女であるヨハンナに対して、実力行使に出られるよりは。いつまでも、のらりくらりとかわして、約束を果たさない自分に。真っ向から怒りを向けてもらう方が、精神的にずっと楽になる。
シーヴは、華やかというよりは、純粋に綺麗といった表現の似合う笑みを浮かべた。
彼女の右腕をサーラが、左腕をユリアが、問答無用でつかんだ。ピッタリ息を合わせた二人は、シーヴをズルズル引きずるように、城門へと向かって歩き出す。そんな彼女たちの後ろを、ヨハンナが楽しそうに笑ってついていく。
「今日は、サーラの好きなところへ行く約束だったな」
「はい。今度、ユハナがお休みをもらったら、一緒に行こうと思ってて、シーヴさんの感想を聞くのが楽しみで」
「僕の? 参考になるかはわからないが、いくらでも聞いてくれ」
四人は談笑しながら、城門を抜けて街へ出ていく。
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彼女たちの姿を、居残り組は、エルミの執務室の窓からジッと見送っていた。
「……僕、シーヴになりたい」
「それを言うなら、シーヴの立場になりたい、じゃないの? ね、ユハナ?」
窓辺にベッタリ張りついて、ぼそりと呟いたリクに。ヴァルトは薄い苦笑いをひっそりと浮かべて、冷静に突っ込む。
ついでとばかりに。少し離れたところからぼんやりと見ているユハナに、ひょいと話を振る。
「うん。僕もシーヴの立場がいいな」
「次の休みにデートの約束が入ってるユハナが、そういうこと言うの?」
リクにジロリと睨まれて、ユハナはちょいと肩をすくめてみせた。
彼は、城壁に阻まれて姿の見えなくなってしまったサーラを探すように、ゆるりと視線をめぐらせる。
もう、ユハナにかまうのは飽きたのか。リクはいきなり、ヴァルトに顔を向けた。
「そう言うヴァルトは、どうなの?」
「オレ?」
「そ。ユリアとかサーラの立場が羨ましいって、ちっとも思わないの?」
意地悪な笑みを口元に浮かべるリクの問いかけに、一応真剣に考え込んでみる。
しかし、すでに決定している予定のためか。リクの言うような感情は、まったく湧いてこない。
予定がなければ、ユリアだけはあまり近づけたくない。それは、さすがに思うかもしれない。それでも、羨ましいとは思わないだろう。
強引に、何らかの手を打って、同じように可愛らしく着飾ったシーヴと出かける。そのくらい、どうにかしてやってのける気概はあるつもりだ。
「オレ、今度シーヴが休みをもらう時は、一緒に街に出ることになってるから」
(しかも、ヒリヤさんの新作つきで)
言うに言えない事実は、どうにかグッと押し黙ったものの。リクの声で、移動の呪文が聞こえた。
目の前で、フッと姿が消えたリクを探そう。
グルリと首をめぐらせかけた時、不意に背後に気配が現れて。いきなり、首に腕がギュッと絡まってきた。
本気を見せれば、きっちり反撃を受けるとわかっているからか。リクからは、敵意や殺意といったものは感じない。
「ラブラブで余裕のある男はいいよねー」
(うわ、すさんでるなぁ……)
ユハナに対してならば、確かに納得できる台詞だ。それを、こちらにまで言ってしまう時点で、リクの荒れようがはっきり伝わる。
婚約しているとはいえ、一緒に外出した覚えがない。そのくせ、シーヴとは喜んで出かけていく。そんなユリアが婚約者なのだ。
あまりに切ない現実に、たまには愚痴の一つや二つこぼしたくもなる。その辺りは、無理なく理解してやれるが。
「余裕なんてないって。引いたら追ってこないってわかってて、思い切って押しても元の場所に戻ってくるんじゃ、どうしようもないって諦めるしかないしさ」
ちょっとしたことで、シーヴの動揺を誘えた嬉しい日々は、今やすっかり影を潜めた。完全に、以前に戻ったとしか言いようがない。
いくら、目にゴミが入ったかもしれないとはいえ。ごくごく至近距離で触っても、まったくの無反応だったことを思えば。
これ以上、どうしたらいいのか。さっぱりわからないのが本音だ。
うっかり思い出して、ヴァルトの口から、ほろりとため息がこぼれた。
「つまり、一番余裕があって、人目をはばからずいイチャイチャしてるのは、結局ユハナだけってことだよ」
「あ、うん、そうか。そうだよね」
「……そうか?」
嫌な感じに矛先が向いたことを、感じ取ったのか。ユハナはサッと、あらぬ方を眺める。
かといって、まだこの話題にしがみつく気はない。
「あ、そういえば、この間の話。集計が終わったらしいよ」
「この間って、ユリアが圧勝しそうなあれ?」
形としては問いかけてみた。だが、『集計』で思い浮かぶのは、たったひとつだ。
「っていうかさ、あれの集計したのって、アハトさんじゃなかったっけ?」
「うん。で、父さんが聞き出して、僕に教えてくれたんだけど」
重要機密ではないから、別段誰に教えてもかまわないだろう。しかし、時間的には、集計を終えたばかりのはず。
場合によっては、職権乱用と取られかねない。
だが、結果は目に見えているとはいえ、それでも聞いてみたい気持ちが勝った。
「ユリアじゃなかった」
予想を、あっさり裏切ってくれた結果に。誰がユリアを上回ったのか、まったくもって想像がつかない。
「じゃあ、えっと、ほら……ヒリヤさんの娘?」
「シーヴのことは、一度で顔と名前を覚えたんだし、せめて名前くらい覚えてあげたら? ちなみに、ヨハンナも違うよ」
首をひねりつつ、妙な答えを出してくるヴァルトに。リクは苦笑し、軽い苦言を呈しつつも否定する。
「後は誰がいたっけ?」
考え込んでいたユハナが、ふと思いついたのか、怖ず怖ずと口を開く。
「まさかと思うけど、シーヴ? おかしなところから、おかしな票が入っていそうな予感がする」
「うん。何かね、どこで話を聞いたか知らないけど、女の子の字でシーヴにいっぱい票が入ってたって。それが、ユリアとヨハンナを上回ったらしいよ」
ユハナの勘のよさに驚かされる。リクは何度か頷いて、サラッと種明かしをした。
恐らく、ユリアから、城に上がっている女性魔術師。さらにそこから、街の少女たちへと話が流れ、一気に票が集まったのだろう。
同じ年だった頃の、ソーニャを凌駕する人気ぶりだ。
「……ねえ、ヴァルト。シーヴを独り占めしたら、後が怖くない?」
「独り占めできるんだったら、全然怖くないけどさぁ……どう考えても、女の子の方が優先されるでしょ」
「ああ、うん。ソーニャさんとかユリアを見てると、そんな気がするね」
何とも言えない微妙な空気が、しっとりとただよう。
それは、エルミが元気よく帰ってくるまで、いつまでも残っていた。




