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 エルミが生まれ、騎士と魔術師が決まった直後。まずは、青をまとう二人の部屋だけが用意された。すぐにリクも、エルミの魔術師になることを誓い、ユリアの隣室が与えられて。その後、ヴァルトまでがエルミの魔術師になると決めたため、リクの隣の部屋をもらっている。

 ここまでは、エルミについている誰かの信奉者であれば、周知の事実だ。

「僕がしばらく国に戻らない意向を陛下に伝えると、ヴァルトの隣が空き部屋だから、遠慮なく使えと言われたんだ」

 筆頭と、青の従者のみ。互いの部屋を、室内から行き来できる。王女時代からの従者以外をつけない女王もおり、他の部屋にはそうした通路はない。

 リクとユリアの前例もある。シーヴが入り口の鍵を、きちんとかけさえすれば。いくら何でも、間違いは起こらないだろう。そう考えられ、わざわざひと部屋空けることをしなかったのだ。

「どうしてあなたが、王族と一緒に暮らせるんです?」

 ユハナとユリアは、見た目にも出自にも、華やかな話題がつきまとう。

 そんな二人の陰に隠れて、実は、騎士の中でも五本の指に入る強さであること。ソーニャの、実の姪であること。シーヴに関するそれらの事実は、あえて公にされていない。

 普通に暮らしている分には、どうあっても目立つ存在ではない。だからこそ、ぶつけられる疑問はもっともだ。

「やはり、伯母上たちがいるからだろうな」

 一応、他国の王族という立場ではあるが。エルミの騎士になることを、一度断っている。それでもユリアたちと同じ場所で生活している理由を、他に思いつかない。

 昔は詰め所として使われていた一階に、今は分厚く埃をかぶる空き部屋しかない。その中のひと部屋を、綺麗に掃除して使えばよかったはずだ。

 そうしなかったのは、何もエリサの思惑だけではない。家事どころか、自分の世話も焼けないシーヴが、一人きりでは到底生きていけない。そう判断されたからだった。

「……伯母上って、いったいどなた?」

 当たり前のことで、普段は誰も聞かないことを、ヒリヤ似の少女に問われる。

 伯母の名を呼び捨てにするのは、さすがにためらわれる。けれど、他の答え方はまったく思いつかない。

 どうしたものかと、困惑した際の癖が出た瞬間。

「シーヴさん、何をしているんですか?」

「ああ、トゥーラか。今日は一段と可愛いな」

 トゥーラなりに、精一杯着飾ってきたことが、パッと見ただけでわかるから。シーヴは振り返って真っ先に、全力で素直に褒めた。

「な、何を言っているんですか! シーヴさんに比べたら私なんて……」

 赤面しつつ、バッと両手で頬を押さえるトゥーラに。もう一度「可愛い」と囁いて。

 シーヴはふと浮かんだ思いつきを、何となく口にする。

「ヴァルトが、ここにいる娘たちと順番に踊っているから、トゥーラも混ざってくるといい」

「えっ、それ、本当ですか!?」

 目をキラキラと輝かせるトゥーラに、いつもの笑顔を向けて。シーヴはスッと指で、ダンスフロアを示した。

「早く帰る者や、今日しか来られない者を優先する約束だから、トゥーラが今日踊るのは、さすがに無理かもしれないが」

「城住まいの私は時間なんて気になりませんし、ヴァルトさんと踊れるのでしたら、いくらでも待てます!」

 すぐにでも、駆け出しそうなトゥーラを強引に引き止め、みんなが並んでいる列を教える。うっかり順番に割り込んで、無意味な非難を浴びさせるわけにはいかない。

「話の途中ですまなかった。確か、伯母上が誰か、だったな」

 目をキリキリと吊り上げて、怒りを全身で表している少女に向き合った。けれど、件の人物を呼び捨てていいのだろうかと、再び考え込んでしまう。

 だから、フラリと近づいてきた人影に、ちっとも気づかなかった。

「シーヴちゃん」

 男性で自分をそう呼ぶのは、たった一人しかいない。それだけで、すぐに誰かわかる。

 居並ぶ少女たちも、目の前にいる異国の少女が、彼と知り合いだとは信じられない様子だ。ただひたすら呆然と、二人を交互に見つめている。

「アハト、どうした?」

 懐かしさをにじませる苦笑は、すっかり見慣れている。その意味も、もちろんわかっているから。シーヴは何も気にせず、重ねて問いかけた。

「顔だけじゃなくて、性格も似てるから、意味もなくかまいたくなるんだけどね。その上、ソーニャさんに、シーヴちゃんが女の子に囲まれてるから、ちょっと様子を見てきてって頼まれたら、もう俺が断る理由なんてないでしょ?」

 ちょうどヴィッレたちが帰ってしまって。しかも、リュイスにつき添われたリリヤが「お願いがあるんです」と来たところで。はっきり言ってしまえば、アハトは体よく追い払われた形だ。

 だが、ソーニャがシーヴを心配しているのも、本当のことだった。

「ヴァルトを好きだと言うこの娘たちが、僕に何かしでかすとは思えないから、特に心配はいらないと伯母上に伝えてくれ。どうせ、何か起これば、アハトの防御魔術が飛んでくるのだろう?」

「……ソーニャさんと一緒で、俺の性格をよくわかってるんだね」

 他人の色恋がかかわると、面白いくらいに。ソーニャではないかと錯覚する言動を取るシーヴには、もはや苦笑するしかない。

 シーヴが、トゥーラをヴァルトのところへ送り出すのを、たまたま見かけた際には。同じことを昔、ソーニャにされたと思い出してしまった。

 夜通し、ヒリヤとレーナを相手に、何度も踊るはめになった。それは、いろいろと忘れがたい、苦い思い出のひとつだ。

「いや、伯母上が絡んだアハトは、とにかくわかりやすいだけだ」

「……何でみんなそう言うんだろうね。ヘンリク様まで言い出すんだから」

 ソーニャよりも、よほどエリサに甘い。しかし、いつでもぼんやりしていて、その考えがどうにも読みにくい。そんなヘンリクは、周囲をまったく見ないからこそ、道がちっとも覚えられずに迷い続けるのだ。

 その彼に「アハトってわかりやすいんだね」と言われた。それだけで、アハトをずっしり落ち込ませるには十分だ。

「だが、事実だろう?」

「まぁ、そうなんだけどね……」

 和やかに話していたアハトが、不意に少女たちを見た。

 彼女たちに、ひっそりと浮かんでいた不満。それらはサッと溶けるように消えたが、見逃すアハトではない。そして、それが湧き上がる理由も、きちんと察している。

「姫の意向で、いろいろ公表してないから、ここで詳しくは話せないけど」

 ソーニャが出生を知った当時。ただでさえ、救国の英雄エルサに重ね合わせた民衆の、圧倒的な人気を博していた。

 それ以上騒がれることを嫌ったソーニャのために。すべてを、知らぬ存ぜぬで隠し通すことになった。だから今でも、ソーニャはサロヴァー地方の小さな孤児院で、生まれ育ったことになっている。

「シーヴちゃんがソーニャさんの姪っていうのは、確かだね」

「……え? で、では、彼女の伯母というのは……ソーニャ様!?」

 少女たちは、昔話を繰り返し聞かされて育った。救国の騎士と呼ばれるエルサとしか思えない外見のソーニャを、特別な存在として慕っているのはそのためだ。

 あっという間に、彼女たちのシーヴを見る目が変わった。

(う……)

 親しくなり始めた頃の、トゥーラを思わせる視線に。思わず身構えたシーヴを、アハトは楽しそうに笑って眺める。

 近しい人間が、それと同じ視線を浴びていても、これっぽっちも気にしないくせに。自分に向けられるのは苦手なところまで、ソーニャに似ている。

 かつて、怒り任せに誇りをへし折った結果、じっくり話すことのなかったイクセルにも。ひょっとして、万に一つ、そんなところがあったのではないか。

 ふと、確かめてみたい衝動に駆られる。

「ソーニャさんを呼び捨てにしていいのか、なんて悩まないで、伯母は筆頭騎士だって言えば、きっと誰でもわかってくれるよ」

「あ!」

 その言い方があったのだと、指摘されるまでまったく考えつかなかったらしい。がっくりと肩を落としたシーヴの頭を、無意識にアハトはなでる。

 口説くつもりは、ひとかけらもない。けれど、ソーニャと違って、妙なところが抜けているのが可愛いと、アハトは思う。

『姫様は姫様だ』

 誰に仕えているのかと聞かれ、そう言い張ったソーニャを。なぜか不意に思い出して、アハトはついつい噴き出す。

 別の言い方を、考えようとしない頑固さと。エリサの名前を、軽々しく呼べない生真面目さゆえの結果だ。

 横からアハトが「アウリンクッカ国の王女ですよ」と答えた時には。よほどびっくりしたらしく、しきりに感心していた。

『やはりアハトは頼りになるな』

 穏やかな微笑みを添えて、堂々と褒められたから。ついうっかり調子に乗って、勢いで口説いてみた。もちろん、川を流れる水より軽く、サラッと受け流されてしまったが。

「……シーヴちゃんは、あんまり気を持たせるようなことをしないようにね」

「伯母上は、いったい何をしたんだ……」

 いろいろと思い出したようで、深いため息をついたアハトに。いくらか同情の視線を送ったシーヴは、ややあって難しい顔をする。

「だが、僕にはそういう相手はいないから、ことさら心配はいらないだろう?」

「ところがね、世の中うまくできてるんだよ。俺がソーニャさんに会った時も、姫がヘンリク様に会った時もそう」

 王女魔術師になる前のアハトは、筆頭女王魔術師のユッカに、日々魔術を習っていた。同じ頃、すでにセナリマは女王魔術師として仕えていたのだが。防御上手でケガをすることのなかったアハトは、たまたま彼女と顔を合わせる機会がなかった。

 もし、先にセナリマに会っていたら。ひょっとして、ソーニャを追いかけることはなかったのかもしれない。

 エリサも似たようなもので、初恋に完全に玉砕してきたその日。初めて、ヘンリクに出会ったのだ。

 人と人の巡り合わせも含めて。

「いつどんな出会いがあるかなんて、誰にもわからないんだよ」

「そういうものだろうか?」

「シーヴちゃんはここに来て、たくさんの人に会ったでしょ? これから先も、知らなかった人と出会ったり別れたりして、生きていくんだから」

 うーん、と唸って腕を組み、首を傾げるシーヴに、しっかりと目線を合わせる。アハトは諭すように、優しい声で、けれどはっきりと言葉に出す。

「親兄弟から逃げることしか頭になかった俺が、今は筆頭魔術師なんてしてるんだよ? 何が起こるかは、わからないでしょ」

 ソーニャが絡むことに関しては、ひどくおしゃべりなくせに。自身の過去は、ほとんど話さない。そんなアハトだが、こんな風に時折、ほろりとこぼすことがある。

 それだけに重みのある言葉は、シーヴに、頷く以外の行動をさせてくれなかった。


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