表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
46/153

45

「本日はこれにて終了いたします。皆様、お気をつけてお帰りください」

 少女たちに問われるまま、シーヴはつらつらと答えていた。

 朗々としてよく通るソーニャの宣言で、初めて夜が更けたことを知る。

 広間をグルリと見回せば。ソーニャとアハト以外の王族居住棟暮らしは、すでにいなくなっていた。

(みんな、夜が早いな)

 本来、終了宣言をする予定だったエリサが、普段よりずいぶん頑張って起きていたことも。結局耐え切れずに寝てしまったことも、シーヴは知らない。

 毎日この時間でも起きているのは、ソーニャとアハトくらいだ。そして、この二人は朝もかなり早い。

「今日はこのくらいにして、また明日にしようか」

 全然物足りないと、あからさまに口に出す者。わずかながら、表情に匂わせるだけに留める者。さまざまだが、一様に不満げだ。

 もうしばらく起きていられるから、別段相手をしてもいい。だが、この場で続けると、さすがに叱られてしまうだろう。

 今後の出入りを禁止されるのは、本望ではないはずだ。

 そう、懸命に説得をして。今日のところは、不公平にならないよう、全員が帰ることで決着がついた。

「では、また明日」

 ドレスを着用中であることを、うっかり忘れて。右腕を曲げて胸の前に持ってくる、騎士の礼を取ってしまう。

 間違ったことに気づいて、慌てて礼をし直したシーヴの耳に。なぜか、いくつもの黄色い歓声が届いた。



 針子部屋に戻って、ヒリヤに手伝ってもらい、何とか着替えを済ませた。それからシーヴは、すっかり遅くなってしまったことを詫びる。

「あら、いいのよ。舞踏会の間は、ここの上に部屋を貸してもらってるから」

 朝早くから夜遅くまで。着つけや化粧などをするヒリヤは、城下に家がある。しかし、そこから連日通うのは、いくら何でも無茶だ。

 そういった理由でエリサが、本来は独身者のみに与えられる個室の空き部屋を貸し与えた。

 総責任者であるヒリヤがいなければ、舞踏会は始まらないのだ。

「それより、遅くまで大変だったわね」

「ああ、みんなと話をしていたら、いつの間にか終了時間になっていたんだ」

 ユリアやヴァルトが着替えに来た時間を、覚えているからだろうか。ヒリヤはしっとりと、首を傾げた。

「明日もまたよろしく頼む」

「ええ、任せてちょうだい。……あ、そうだわ。明日、起きたらここに来てもらってもいい? そろそろ、髪を切りたい頃でしょ?」

 言われて、いつの間にか伸びていた髪に、そっと触れる。

 前髪は、自分で時々切っている。しかし、他は伸びたい放題だ。一番短い横髪が、今では肩に触れそうになっていた。

「わかった」

 ユリアの助言で、針子部屋に夜着や下着の替えを持ち込んでいた。シーヴは、それらを抱えて、できるだけ静かに浴室へ向かう。

 完全に温くなっていた湯船には入らずに。熱めのシャワーで、全身をさっぱり洗い流すだけに留めた。

 ユリアと同じかごに、脱いだ服と体を拭いたリネンを入れる。しんと静まった廊下を、足音が立たないよう、気をつけてソロソロと歩く。

 部屋のドアもなるべくそっと開閉し、シーヴはようやくひと息ついた。

「……少し、疲れたな」

 忙しい時間から解放されれば。それまですっかり忘れていた疲れが、一気にドンと押し寄せてくる。

 ドレスに着替える前につまんだ焼き菓子以来、何も食べていなかった。ほぼ同時にそんなことを思い出し、不意に空腹感が襲ってくる。

「……この時間に厨房で何かを作ったら、さすがに怒られそうだな」

 諦めて、我慢して寝てしまおうか。

 そう考えながら、部屋のテーブルを見た時。リネンのかかった何かが、ちょこんと置いてあることに気づいた。

 私物ではないそれに、首を傾げつつ。恐る恐るリネンの端をめくったシーヴは、中身を見て目を丸くする。

「これは……」

 グラスに注がれた、冷めたお茶。果物をふんだんに混ぜたクリームを、たっぷりはさんだパンが二つ。きっちり並べられたかごに、紙切れが一枚。


 『頼まれていたものです』


 見慣れない、きっちりした文字で、たったそれだけ書かれていた。恐らく、作った人間が書き記したのだろう。

(僕は頼んでいないから、誰かが頼んでくれたんだろうか?)

 気を回してくれたのは、いったい誰だろうかと考えながら。空腹感にはどうにも勝てず、片方のパンにパクッと食いついた。

 しっかりと好みに合わせて、思い切り甘く作られたクリームに。刻まれた果物の軽い酸味が、無性に心地よい。

 乾いた口に含んだお茶からは、ふわりとした複数の花の香り。

(これは、誰が頼んだんだ?)

 しつこい空腹感が、十分に満たされたとたん。フッと眠気が襲ってきて。差し入れをくれた人間は明日探そうと、欲求のまま、ベッドにフラリと倒れこんだ。




 翌朝、目を覚ましたシーヴは、着替えを済ませてヒリヤのところへ出向いた。

「待っていたのよ。さ、座って」

 背もたれのない椅子に、怖ず怖ずと座り。大きなリネンで、首から下をすっぽりと覆われる。

 ザクリ、と最初のはさみが入った瞬間。シーヴはブルッと、小さく身震いした。

 何度切ってもらっても、ちっとも慣れなくて。ヒリヤには、いつも笑われてしまう。

「今回から、少し髪型を変えましょうか。シーヴちゃんはもう、いつ誰に求婚されてもおかしくない年頃だものね」

「伯母上はどうだったんだ?」

 アハトが張りついていたから、やはりそういうことはなかったのだろうか。

 そんな心持ちで、興味半分に尋ねる。するとヒリヤは、心底楽しそうな笑みを、ひっそりと口元に浮かべた。

「ちょうどシーヴちゃんくらいの頃から、城中の騎士の求婚を断り続ける生活が始まったのよ。あと半年くらいしたら、ソーニャお姉ちゃんがアハトさんを死なせかけた年齢に、シーヴちゃんが追いつくかしらね」

「その話は有名なんだな」

 当時を知っている者は、誰でも口にする話だ。しかし、ついでのように、当時のソーニャに似てきたとも言われる。

 顔は似ていても、性格や立場、置かれた環境は違う。

 そう反論してもいいが、いちいち言い返すのが面倒で。結局、だらだらと聞き流している。

「そうね。だからシーヴちゃんは、絶対にやっちゃダメよ?」

 やはり忠告されるそれに、強烈な脱力感を覚えた。

 ふと目を向けた、目の前の姿見に。映し出された自分が、まざまざと変わっていく様子を、黙ってジッと見つめる。

 もっとも短かった両脇の髪に合わせ、その長さでザクザク切りそろえられていく。ヒリヤの鮮やかな手際には、いつだって見とれてしまう。

「はい、おしまい」

 切った髪のかけらが、うっかりシーヴにかからないように。ヒリヤは慎重に、ゆっくりと、リネンを取り払った。

「…………」

 邪魔にならず、シーヴにとって手入れが簡単な長さ。綺麗に切りそろえられた髪が、これまでより女性らしさを強調している。

 顔だけ見ていたら、ユハナと区別がつかないと言われていた。しかしこれからは、ひと目で判別できるはずだ。

 鏡に映る自分が、ますますソーニャに似た気がして。くすぐったさと嬉しさで、頬が勝手にゆるむ。

「短い髪が似合うっていいわね。ユリアちゃんなんて、短くしたら収集がつかないのよ」

 ゆるく巻いたユリアの髪は、ふわりとやわらかい。長く伸ばした髪の重みで、普段は大人しいだけだ。短くなると、寝癖を直すために、無駄な時間を割かなくてはいけなくなってしまう。

 それは、アウリンクッカ人に見られる外見的特徴だ。この国に、髪の長い女性しかいない理由は、ひとえにそこにある。

「また夕方にでも、みんなの感想を教えてね」

「ああ」

 軽くなった反面、うなじが妙に心許ない。

 新しい髪型には、すぐに慣れられそうになかった。けれど、少しくらいはソーニャに近づけたのではないか。そう思うと、自然と心や足取りが弾む。

(そうだ、昨夜の差し入れが誰のものか、聞いてみるか)

 真っ先にそういうことをしそうな人間といえば、やはりアハトだ。今頃は、訓練場でソーニャの早朝訓練につき合っているだろう彼を、ついでに訪ねてみることにした。

「伯母上、アハト。少しいいだろうか?」

 主にアハトが、命がけの死闘を繰り広げている最中に声をかける。

 遮られたことを、ちっとも気にしていない素振りのソーニャが、のんびり近づいてきた。当然、その後ろからアハトがゆっくり歩いている。

「昨夜、僕の部屋に差し入れを頼んだだろうか?」

「いや、私は知らないぞ。そもそも、私にそんな暇はなかったからな」

「残念だけど、俺でもないね」

 こてんと首を傾げたシーヴに、二人はちょいと肩をすくめて答えた。

「助かったと礼を言いたいんだが、誰が頼んだのかわからなくて困っているんだ」

 ずっと少女たちに囲まれていて、結局飲み物さえほとんど口にしていない。食べ物だけでなく、お茶まであったことが、本当に嬉しかった。

 そう素直に打ち明けると、アハトが腕を組んで、グッと首をひねる。

「ヴァルトくんには聞いた? 俺が食べ物をあげた後で、一度フラフラ広間を出て行ったから、何をしに行ったのか気になってたんだけど」

 左手の人差し指で、フッと下唇に触れて。わずかな間だけ考えたシーヴは、直接聞いてみることに決めた。

 普段どおりならば、そろそろ起きてくる頃合いだ。

「では、僕はこれで。邪魔をして申し訳なかった」

 わずかに頭を下げ、訓練場を出て行こうとしたシーヴに。

「その髪型、似合ってるね。何だか、ソーニャさんが髪を切ったみたいだよ」

「……なぜお前は、いつも私と比較する」

「だって、俺の基準はソーニャさんだからね」

 とことん呆れたのか。ため息をついて、ゆるゆると首を横に振って。ソーニャは、シーヴの頭をちょいちょいとなでる。

「アハトのような男には、くれぐれも気をつけるんだぞ」

「わかりました」

「いや、待って、そこは肯定するところじゃないでしょ?」

 力強く頷いたシーヴに、がっくりと肩を落とし。自分はむしろ害のない人間だと、アハトなりの主張を始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ