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 同じ頃、遠くから騒動を眺めていたユリアは、ひっそりと笑みを浮かべた。隣に立っていたリクは、首を傾げて不思議そうに笑った理由を問う。

「ヴァルトのナイセは、この国で四番目に強いから、確かに外敵から逃げるには最適よ。でも、あの中はシーヴにとって、一番危険だと思うの。私のところに逃げてくれば、安全に、確実に助けてあげるのに」

 ユリアがそう続けると、リクはさらに問いを重ねる。

「どうして? ヴァルトだったら、安全だと思うんだけど」

 リクに、人間観察の趣味はない。むしろ、ユリア以外に興味がない。

 想う相手以外は目に入らないところが、彼は父親にそっくりだ。

「あの陛下が、自覚のないお父さんって評したヴァルトよ? 私は怖くて近寄れないわ」

「アハトさんって、そばを離れようとしないところ? それとも、ところかまわず口説き倒すところ? どっちにしても、ヴァルトっぽくないけどね」

 少し考え込んだ後の、ある意味で的確なリク表現に。隠しきれない笑いが、声となってこぼれ落ちた。

 スッと立てた右手の人差し指を、自分の唇に触れそうで触れない距離へ。ユリアはゆっくりと持っていく。

「それは、見てのお楽しみ」

 口元に、ほんの一瞬だけ浮かんだ、含みのある笑み。それは、ユリアを呼ぶ少女の声で、瞬く間に天使の微笑みへと変化した。

 ユリアの言葉にも、その化けっぷりにも。何度見ても、開いた口のふさがらないリクだが。彼女が移動すると、リクは大人しくついていく。


 会いたい時に会えなかった、子供の頃を思えば。公の場でも、いつでも隣にいられる今は、ずっとずっと幸せだ。


          ‡ 


「あなたが、王女騎士のユハナ様?」

「はい」

 ユハナをよく知らない人間には、声も表情も、何もかも普段どおりに見える。でも、彼にしては珍しく、ガチガチに緊張している。

 隣に立つサーラには、それがわかった。

 目の前に突然、恋人の両親が現れても動揺しない。そんなユハナは、ユハナではないと理解している。

 だからこそ、不測の事態に弱いユハナに、長くつらい緊張を強いたくない。

「いつもサーラがお世話になって……」

「ミーアちゃん、挨拶はそのくらいにしたら? ユハナくんは王女騎士だから、いろいろと目を光らせないといけないの」

 言いつつ、ペコリと頭を下げた母親の、長々と続きそうな挨拶。それをさりげなく、うまく遮ってくれたセナリマに。サーラだけでなく、ユハナも目でしっかりと感謝を伝える。

 ユハナが予想外の出来事に弱いのは、間違いなく母親譲り。そのことを知っているセナリマだからこそ、今この場で出せる助け舟だ。

「サーラちゃんも、ユハナくんのお手伝いをしているんでしょう?」

「ええ。ユハナの手助けをして欲しいと、陛下から頼まれているんです」

 異性どころか、同性すらまともに顔も覚えていない。そんなユハナのために、サーラのわかる範囲で教えるようにと、エリサに頼まれた事実がある。だから、ここは素直にこくんと頷く。

(私が、お父さんやお母さんと話すことで、少しでもユハナが守れるなら……)

 力不足の治癒魔術をかけるたびに、素敵な笑顔で「ありがとう」と言ってくれる。

 強くて優しい、大好きなユハナの役に立ちたいから。


          ‡ 


 城内からの出入り口から、そのまま奥へ進んだ突き当たり。そこに、リュイスがリリヤのために用意した、特別な席がある。

 持ち出した椅子は、まったく使われていない城内の部屋に置かれていたもの。向きも、ソーニャたちがよく見えるよう、きちんと考えて置かれていた。

「何か取ってくるから、少し待っててね」

 フカフカの、上等な椅子に座らせてくれて。感謝の言葉を伝える前に、ピューッと飛んで行ってしまう。そんなリュイスに、リリヤは困ったように首を傾けて、ぼんやりとソーニャを眺める。

(本当はリュイスも、ソーニャお姉さんの近くにいなきゃいけないのよね)

 椅子に座っても、足が見えにくいように。ヒリヤが、ドレスの丈を少し長く作ってくれた。靴も、ブーツとしては長めの丈だ。その代わり、一人では歩きづらくなってしまった。

 結果として、何かしらリュイスの手を煩わせることが、申し訳なくて。

 そのうち、女王魔術師として役立たずだからと、追い出されてしまうかもしれない。時々、フッとそんなことを考えてしまう。

「お待たせ」

 笑顔で飲み物を受け取り、ひと口飲んでから。椅子の横にある、小さなサイドテーブルにトンと置く。

「これ、シーヴくんが茶葉に香りをつけたものでしょう?」

 最初に男の子だと紹介されて以来、シーヴへの敬称を「くん」から改めていない。

 何度か呼んでいるが、シーヴ自身が気にしていないようだ。いつでも、すんなり返事をしてくれる。

 だから、改めて欲しいと言われるまで。今のところは、このままにしておこうと考えていた。

「よくわかるね。僕には、どれも同じにしか思えないんだけど」

「シーヴくんは優しくて根気がいいから、誰よりも甘くていい香りがするの。ユリアちゃんが淹れたものと飲み比べたら、きっとリュイスにも違いがわかるはずよ」

 家が近所のため、時々訪れては振る舞ってくれるのだ。

 いつも、それぞれの性格による違いを、じっくりと味わっている。そして、時間を持て余した時に作った茶葉を、彼女たちに飲んでもらうことが楽しくてたまらない。

「あ、そうだわ。ソーニャお姉さんに頼みたいことがあるから、後で連れて行ってくれる?」

「お安い御用だよ」

 ニッコリ微笑んだリュイスは、何だか、いつもよりずっと優しい。

 昔みたいに、むやみやたらと、あれこれやってくれようとはしない。でも、それが本当の優しさだから。

「ああ、そうだ。たまにはこっちに泊まっていこうか? ソーニャとゆっくり話ができるよ」

 嬉しい提案に、思わず息を呑む。

「いいの? 私は魔術師でもないのに」

「気になるなら、後で陛下に聞けばいいよ」

 最初から、許可が出るとわかっているからか。リュイスはやわらかい微笑を浮かべて、それはそれは幸せそうに、ジッとリリヤを見つめた。


          ‡ 


「ソーニャ、久しぶりね」

「ヴィッレ兄さん、ミルヤ姉さん!」

 突然声をかけられて、懐かしい顔に気づいた。ソーニャは、見慣れた者だけがわかる、喜びにあふれた笑顔を向ける。

 ソーニャをある程度理解していなければ、とても笑っているとは思えない表情だ。

 二人は、ソーニャと同じ孤児院出身だ。縁あって結婚し、今はカルラニセルに近い土地で暮らしている。こんな機会でもなければ、会うことはまずあり得ない。

 ミルヤは真っ直ぐソーニャを見ているが、ヴィッレはキョロキョロと辺りを見回していた。

「あのアハトが一緒じゃないなんて、珍しいな」

「アハトだったら用で出ているが、そろそろ戻ると思うぞ」

 シーヴたちと別れて、どこかへ歩いていくところまでは確認している。その後、リンネアに話しかけられたため、行き先は見損ねてしまったのだ。

 だが、主な用事は済んでいる。どんな理由で出ていったのであれ、じきに戻るだろう。

「ヴィッレさん!」

 アハトの声がして、トタトタと駆けてくる足音が聞こえた。

 並ぶとアハトより背の高い男性が、にこやかな笑顔で手を上げる。

「お、アハト。久しぶりだな」

 ヴィッレはアハトに、育児のあれこれを教えた男だ。その上、どうやら、自分との間を応援していたらしい。それは、後々に聞き出した。

 そういった諸々があり、アハトにとっては親友と言える間柄だ。

「ミルヤさんは、いつまでも可愛らしいですね」

 アハトの三歳年上のヴィッレ。さらに一歳年上のミルヤは、昔からアハトに興味がなかったらしい。孤児院に連れていったアハトが、よく話しかける相手の一人だった。

 実は相当筆まめだったようで、アハトとは、時々手紙をやり取りしているそうだ。中身は、聞かずもがな、といったところか。

「そういうアハトくんは、ずいぶん老けたわねぇ。昔は、あんなに可愛かったのに」

 十七で独立して働き始めた。だから、ミルヤには、十三歳くらいまでのアハトの記憶がほとんどだ。比較の対象として思い浮かべるのが、その頃になるのは致し方ない。

「昔は、うっとりするくらい綺麗な子だったのにな」

「……俺を可愛かったとか綺麗だったって言うの、ソーニャさんとミルヤさんだけですからね」

 ソーニャにまで、くつくつと低く笑いながら言われてか。

 彼女たちが言う『昔』を思い出したのか。これ見よがしに腹を抱えて、ケタケタ笑っているヴィッレを。少し拗ねた顔のアハトが、肘で何度も小突いていた。


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