表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
37/153

36

 リンネアと、逃げた際の待ち合わせ場所を決めた。花が咲き乱れる庭を案内し終えて、広間に戻る。

 立ち位置に向かう途中で、うつむき加減で歩く、小柄な女性とすれ違った。

(シーヴに、似てる……?)

 丁寧に結い上げられた、ふわふわの金茶色の髪も。ふと上げられた、切れ長で薄い暗緑色の双眸も。決して、見慣れたシーヴのものではない。

 だが、顔の輪郭を含めた、顔全体の配置。それが、シーヴとまったく同じにしか見えなかった。

 髪と目の色以外で、明確な違いと言える。それは、彼女の方が、目元がわずかに下がっていること。唇がぽってりしていて、優しく温かい印象を与えること。そして、すっかり見慣れた体形ではない。

 ごく一部しか違わないが、確かに違う。だから、どうしても、同一人物とは断言できなかった。

(シーヴみたいに綺麗な子って、意外といるものなのかなぁ?)

 身近で綺麗な女性を、二人知っている。だが、彼女たちは伯母と姪だから、複数とみなしにくい。

 ついつい振り向いて、ジッと目で追ってみる。しかし、彼女が立ち止まることも、振り返ることもなかった。

「お兄さまは、あの人が気になるの?」

「今の人は、シーヴに似てたから気になっただけだよ」

 ソーニャとシーヴ以外で、顔立ちが綺麗だと思った女性は、実は彼女が初めてだ。

 イルミも、ユリアも、エリサも、ソーニャも。人によっては、全員を美人だと表現している。だが、それは少し違う。

 どこがどう違うのか。そう聞かれると答えにくい。それでも、ひとくくりにしてしまうのは、乱暴で間違っている。そうとしか、言い様がないのだ。

「あなたがヴァルトさん?」

 不意にかけられた声に、のそのそと振り向く。

 少しふっくらした顔。やや大きめの、灰がかった青い瞳は、不思議ときつい印象を受ける。厚めの下唇や頬は、ふんわりとやわらかそうだ。長い金茶の髪は、細かく丁寧に編み込んでから、残らずまとめ上げている。パッと見て、可愛い顔立ちの方だと思うが、見覚えはまったくない。

 優雅な礼の後、彼女は口を開いた。

「初めまして。アーム・ハールスと申します」

 その名前と家名は、おぼろげながら記憶にある。けれど、本人を見るのは初めてだ。

(いきなり来るのか……)

 消沈したのが伝わったのか。

 リンネアが、アームを品定めするようにジッと見上げた。すぐにヴァルトの服をクイッと引っ張って、強引に注意を向けさせる。

「ねぇ、お兄さま。わたし、早くシーヴさまにお会いしたいわ!」

 懇願されて、広間の中をグルリと見回してみた。だが、シーヴらしき姿はない。

 先ほどすれ違った女性が、誰かに話しかけられている。それが、かろうじて視界の端に引っかかった程度だ。

「まだ来てないみたいだから、もう少し待っていようか」

「えー、待っててって、さっきからそればっかりじゃない!」

 年相応に可愛らしく、わがままを言っているふうを装って。その実、アームに口を挟む隙を一切与えないように。リンネアは、上手にヴァルトの気を引く。もちろん、ヴァルトもこれ幸いと、それに乗っかっている。

 リンネアの目線に合わせるように、スッと腰を落とす。

「ちょっと、私を無視するなんて、いったいどういう神経をしているの!?」

「あれ、まだいたの?」

(シーヴだったら、一緒になって探してくれるのになぁ……)

 こんなことで、簡単に我を忘れるアームに、まったくもって興味は湧かない。

 まずはユハナ、次にリクを口説きにかかったという話だけは、何くれとなく聞いていた。彼らの次に将来有望といえば、多分自分だろう程度は理解できる。

 だが、そんな理由で会いに来るアームの心を、少しでも理解することはもちろん。共感さえも、できっこない。

「悪いけどオレ、忙しいんだよね。用があるなら早く言ってくれる?」

 完全に鼻白んだアームは、ヒュッと息を呑む。ややあって、いきなりわめきたてた。

「ハールス家の娘の私より、そんな子供が大事なの!? あなた、子供にしか興味がない変態でしたのね!」

 家名で重用されなくなって、すでに久しいというのに。まだそんなくだらないものに、必死でしがみついているのか。

 そうして家を絶対視するあまり、他者への配慮が一切合切ない。そんなアームが、救いようのない、ひどく哀れな存在にしか見えなかった。

 ユリアやシーヴは、同じように名乗る家名を持っている。けれど、基本的には、公の場で必要に迫られて口にするだけだ。どこでも誰にでも、気軽に名乗る真似はしない。

 そして、どちらも自分が家を継ぐことはない。そう考えているためか、家の存続そのものにも、あまり関心はないようだ。

「リンネアは妹だから、今初めて会ったばかりの君より、大事なのは当たり前だろ? こういう場で、そんなくだらないことをわめく君の方が、よっぽどどうかしてるって」

 一瞬向けられた、周囲の誤解を解くため。わざとらしく、声を少し張り上げる。

 トゥーラのように、断られたからと一歩引いた上で、絶対に諦めないと宣言する女の子は強くて可愛いと思う。しかし、自分の言葉には、無条件に誰もが従うと決め込んでいるアームには、強烈な浅ましさしか感じない。

「それに、ハールス家は魔術師嫌いなんだろ? それとも、騎士の家を辞めたんだっけ?」

 アハトの生家がハールス家であることは、一応覚えている。騎士の家だからこそ、剣を嫌い、魔術を選んだアハトを亡き者にしたのだから。そういう意味でアハトは、公的には孤児扱いだ。

 羞恥と憤りで顔を真っ赤にしたアームは、クルリと踵を返す。プンプンと肩を怒らせながら、ズンズン足早に歩いていった。

 どこへ行ったのかは、ユリアかアハトが見ているだろう。もう、目で追う気にもなれない。

「お兄さま、大丈夫?」

 思わず、うっかりため息をついたことで、リンネアに心配されてしまった。今の状況をきっちり把握するために、あえて意識して、気分をしっかり切り替える。

「あそこまで強烈な子は、なかなかいないからね。ちょっとびっくりしただけだよ」

 安心させるように、ニコッと微笑んで。数回頭を優しくなでると、リンネアも小さく笑った。

 いくら何でも、そろそろ来てもおかしくないはず。

 もう一度、シーヴを探して、広間をグルッと見回す。そこで、先ほど誰かに声をかけられていた、あの女性が腕をつかまれているのが見えた。

 理由はわからない。でも、一瞬で血の気が引いて、それが一気に頭に上る。

「リンネア、最初に行ったアハトさんとソーニャさんのところに、一人で行ける?」

 急に表情を改めた兄に、何かあったのだと察したのか。リンネアはこくりと、大きく頷く。

 またアハトやソーニャと話ができる。ほんのり頬が上気しているのは、そんな期待に胸を躍らせているからだろう。

「ええ。わたしはお姉さまとお兄さまの妹よ。お兄さまは、お兄さまのお仕事をしてちょうだい」

「ありがとう、リンネア。その代わり、シーヴには絶対に会わせてあげるから。約束だよ?」

 やわらかいリンネアの頬に、そっと口づけして。彼女がアハトたちを目指して、一目散に走っていくのを、きちんと確かめてから。ヴァルトはもめ事を収拾しようと、真っ直ぐ駆け出した。


          ‡ 


 アームから、再度口説こうという気概をがっつり奪った上で。至極あっさりと撃退した、ヴァルトの見事な手腕に感心しつつ。アハトが確認のために、ふと目をやった先で男女がもめていた。

「ソーニャさん、あれ」

「……どうにかできるか?」

 気にしていない振りが下手だから。ソーニャはグッと眉を寄せて、不利な状況に置かれた女性をジッと見つめる。

「俺が行ってくるよ。ソーニャさんは、リンネアちゃんが一人でここに向かってるから、待っててあげて」

「ヴァルトも気がついたのか」

 他に、リンネアが一人でここへ来る理由がない。

 ソーニャでは、相手の男が城の者であっても、誰だかわからない。しかも、相手の顔を覚えることすらできない。

 ここは、アハトが救助に向かうのが適切だと、わかりきっている。

「確かに、私の出番はないな」

 口の端で、フッと笑って。懸命に人を避けて向かってくるリンネアを見つけ、エリサにひと言断ってから、ソーニャは迎えに出た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ