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シーヴの復活は、ユハナよりずっと早かった。
ヴァルトの謝罪を受けた、次の早朝には。これまでどおりに、熱心に訓練をするシーヴの姿が見られた。
「女の子って、案外強いんだなぁ」
「まあね」
中庭でブンブン剣を振り回し、素振りをしているシーヴを見ながら。感心してボソリと呟くヴァルトに、通りかかったユリアがにこやかな笑顔を向ける。
「でも、もし次があったら、今度はヴァルトも許さないからそのつもりでね」
「大丈夫。次ができないように、まめに家に帰ることにしたから」
「そう。じゃあ、安心ね」
見慣れた光景に笑みを隠せないのは、何もユリアやヴァルトだけではない。
「うーん、もうひと息なんだけどね」
どうにもぎこちないままの、シーヴのダンスにフッと笑みをこぼして。完全に昔を懐かしんでいる顔のアハトは、ソーニャに会いたいという感情をダダ漏れにしている。
たった数日の遅れを取り戻すために、シーヴは舞踏会前日まで。アハトがつきっきりで練習を行い、どうにか及第点をもらえた。
実のところ、言葉遣いの特訓の方が、先に及第点をもらっている。
式典当日は、朝からヒリヤが各人の私室を訪ねてきた。その手には、各部屋ごとに微妙に違う、山のような荷物があって。
シーヴが開けた瞬間、問答無用で室内に押し入り。あっという間に着替えさせられ。髪型を豪快かつ繊細にいじられて。最後には、慣れない化粧を念入りにされた。
「ソーニャお姉ちゃんを思い出すわぁ」
うっとりと見下ろしてくるヒリヤに、すっかり怯えて後ずさりしつつ。
シーヴは、式典における王女付きの護衛という立場だ。それを明確にするため、他の騎士とは違う、特製の上着を身に着けている。
生地に咲かせる花は、いったい誰が決めたのか。シーヴの上着に刺繍されたのは、幾重にも花弁を重ねた大輪の花だ。
「シーヴちゃんは綺麗な子だから、これがいいかなって思って」
「ああ、綺麗だ」
どことなく、嬉しそうなシーヴに。ヒリヤも「頑張ったかいがあったわ」と上機嫌だった。
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約束どおり、数日前には再び実家に顔を出して、兄を締め上げてきた。その点は安心していいのだが。朝から記念式典のための身支度に追われ、うんざりして、すでに嫌気が差していた。
ヴァルトもシーヴと同じで、王女付きの護衛という立場に置かれている。
リクはユリアの婚約者なので、まったくの別扱い。サーラは、式典には一般市民として参列。舞踏会では、ユハナの恋人として堂々と参加することになっていた。
「疲れた……」
汚すとヒリヤに叱られるから。ヴァルトは、王女付き用の食堂で、どっかりと椅子に座る。
この日のために、手順をすべて頭に叩き込んで、不足の事態に対処できるよう。とりあえず、ユリアとユハナとリクを相手に、訓練で練習もしてきた。
それでも、不安がまったくないとは言い切れない。だが、何が起きても大丈夫だと、強い自信を持つことはできる。
心強い仲間たちが、すぐそばにいるから。
「まだ始まってもいないのに、もう疲れているのか?」
見慣れなければきっと、笑っていることさえわからない。そんなシーヴに声をかけられたが、顔を上げるのも何だか億劫だ。
「朝から針子たちに追いかけ回されて、髪型がああでもないこうでもないとかで、これでもかってくらいにいろいろいじられたら、シーヴでも疲れるんじゃない?」
普段は見下ろしているシーヴに、見下ろされる。それだけで、妙な違和感があるというのに。その上、見慣れない髪型が別人のようで、さらに落ち着かない。
「僕はヒリヤしか来なかったから、そうでもなかったが……ヴァルトは大変そうだな」
前髪をすべて左側に流して、両サイドの髪を耳にかけて。顔にはそうとわかる程度に、うっすらと化粧をしている。
伏したままチラッと見上げたシーヴは、装飾品の効果も手伝って。いつもより、なおさら大人っぽい印象だ。
「これが、またあるかと思うとさぁ……」
「僕としては、式典の後が問題だ」
ダンスは一応、及第点はもらった。そう聞いているから、ため息をつくシーヴを、思わずしげしげと見つめる。
疑問の視線を受け止めたのか。シーヴは静かに口を開く。
「確かに、及第点はもらったが……できれば踊らない方がいいと、はっきり言われた」
「……ま、まぁ、誰だって苦手なことくらいあるし」
一見完璧なユリアでさえ、不得手があるのだ。シーヴがダンスを苦手としていても、別段おかしくはない。
「ユリアには、この際、立っているだけでもいいと言われた」
「立ってるだけって……まあ、そうなるだろうけどさぁ」
無理に踊って、悪目立ちされるよりは。壁の近くでひっそり立っていてくれた方が、よっぽどマシだ。
案外、ユリア辺りに、そんなことを言われているのかもしれない。
言うに言えないエリサからの頼まれ事。
それがあるから、のんきに踊っていればどうにかなるわけではない。そういう意味では、舞踏会も気が重いのは確かだった。
記念式典は、堂に入ったエリサの演説から始まった。
再建三百年目を飾るにふさわしい、華やかな美貌と図太い度胸を持つ女王に。居合わせた国民は、次第に熱狂していく。
演説を行っている広場は、とうに熱気に包まれている。
「わたくしは、再建の女王ティーナが誓ったように、すべての民が幸福に暮らせる国を、退位の瞬間まで目指していきたいのです」
他国からの侵略に屈しないための、優れた騎士と魔術師の育成も。不作に備えて、日持ちのするものを備蓄をしておくことも。国を簡単に危機に陥れたくないと願う、エリサの強い思いから行われている。
演説中のエリサの一歩後ろ。そこに、女王の夫にふさわしく、鮮やかな縁取りと刺繍の施された、白色のサーコートを着たヘンリクの姿。
その二人を守るため。背後には、やはり刺繍を施した上着やサーコートをまとった、ソーニャとアハトが控える。王女たちがジッと母親を見つめる反対側で、リュイスが不審者の有無に目を光らせていた。
王女たちは、その愛らしさを存分に引き立てる、ふわふわのドレスを身にまとって。物陰からひたむきに、母親へ憧れの眼差しを向けている。
二人のそばには、それぞれの騎士と魔術師。特別な服の刺繍は、各人の印象に合うものをと考えられているらしい。ザッと見ても、ひとつとして同じものはなかった。
そして、王女付きから少し離れたところで。ヴァルトとシーヴも立ち、怪しい動きをしている者がいないかと、観客席を眺める。
ふとした拍子に聞こえるエリサの、強烈に人心を惹きつける演説に。時々うっかり、聞き惚れてしまう。
「見事だよね……」
いつもソーニャに負けてしまう王を、とにかく哀れに思うらしく。日々の訓練に熱を入れると噂の、セーデルランドの国民をフッと思い出す。
それ以上に慕われているエリサに、もはや感嘆の声しか出ない。
(……あれ?)
大勢の人でごった返す客席に、藍色の頭が見えた。しかしすぐに、人込みにまぎれて見失う。
敵意さえないと証明できれば。エリサの意向で、他国の人間も拝聴したり、舞踏会に参加することは可能だ。
(セーデルランドの人が、見に来たのかなぁ?)
ふと、シーヴがアウリンクッカに来てから初めて。恒例となった防衛で、王と対峙した時のことが頭を過ぎる。
『そ、その男は誰だ!?』
『イクセル様、落ち着いてください!』
『あああ、蝶よ花よと育てた可愛いシーヴが!!』
たまたま、ほんの偶然。シーヴの隣に、立っていただけのことなのに。
側近のいさめる言葉も耳に入らない王に、シーヴはため息をついた。ボソッと呟いた、「相変わらず、困った父上だ」に、ついつい笑いそうになって。
『容赦なく攻撃してくれ。少しは目が覚めるだろう』
シーヴの言葉に従ったら、またとんでもない暴言を浴びせられることになった。
完全に腹にすえかねたのか。シーヴの怒声が響き渡った。
『父上、いい加減にしてください!』
思い切り怒鳴られて、がっくりと落ち込む王には、父親の威厳もへったくれもない。
つい思わず苦笑して、見とがめられて。もう一度、王に怒鳴られたが。互いに言いたい放題言い合ってから、一応和解している。
以後、セーデルランド軍が来るのは、半分が実力試しが目的だ。残り半分は、王が娘に会いに来ているに等しい。
シーヴも、頻繁に来られてはたまらないのか。以前よりちょくちょくと、手紙で近況を知らせるようにしているらしい。
式典での立ち位置などを、手紙で教えたかどうか。そこまでは、ヴァルトにはわからなかった。しかし、舞踏会もあると書いたならば。それこそ、王は娘と踊るためだけに、喜んでホイホイやってくるだろう。
(ソーニャさんたちもいるし、厄介なことにならないといいんだけどなぁ……)
物事をかき回すことが得意な面々に、もう五年以上囲まれている。そのせいか、収拾するのが自分の役割のひとつのような。
そんなふうに、確信的で奇妙な実感があるのだ。




