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エルミの騎士になるかは、今は決められない。だが、もっともっと強くなるために、この国にいたい。
そう願うシーヴが、アウリンクッカに居座ることを決めてから。五年が過ぎるのは、本当にあっという間だった。
その間に、エルミと三歳離れたエイラ王女が生まれて。誰を従者につけるかで、ひと悶着あった。結局、九歳から十二歳の中で、未来の女王付き候補を除いて。最も強い騎士スレヴィと、防御型魔術師のオットに決定した。
彼らは、エイラが結婚する時、お役ご免になることも、すでに決まっている。ひと時だけの、青き従者だ。
さらに、ユリアは十五歳になってから、リクとの婚約を正式に発表した。これまで、エリサにはこっそりと。エルミには、表立って堂々と、徹底的に。恋路を妨害され続けていたライノは、ようやく諦める決心をつけたらしい。
そして、ユハナに春が訪れていた。
「私がこの短い人生、何に一番驚いたって、ユハナにあっさり彼女ができたことよ」
「あの時はソーニャさんでさえ、天変地異の前触れだとか何とか、結構ひどいこと言ってたよなぁ」
呟くヴァルトは、ユハナの変わり様に目を疑ったことを、まざまざと思い出す。
そもそも、先に惚れたのはユハナの方だ。
大半が驚きを隠せない中で。アハトだけが、苦笑しつつユハナの動向を見守っていた。何でも、昔の自分を見ているようだと、思っていたとか。
「あんなところだけお父さんに似てるなんて、誰も思わないわよ」
ちょいと肩をすくめるユリアの視線の先に。相変わらず平均よりは小さいが、ソーニャと比べれば背が高くなったユハナと。彼とほとんど背丈の変わらない、金茶色の癖毛を揺らす少女がいる。
少女がころころと表情を変えて、大げさなくらい身振り手振りを交えて話す。それをユハナが、穏やかな顔で時折頷きつつ、じっくり聞いているようだ。
「ユハナの婚約発表がいつになるかって、騎士や魔術師の間で賭けごとになってたっけ。ユハナにバレた時が怖いから、オレは参加してないけど」
「あら、今だったら、サーラに間に入ってもらえば、きっとたいしたことないわよ」
それほど、ユハナは恋人にすっかりデレデレで、甘い。
少々甘やかしすぎにも見える姿が、やけに誰かと重なる。
ぼんやりと、エリサの執務室から眺めていたソーニャだが。それが誰か気づくと、込み上げる笑いをどうにか堪えるのに必死になった。
「あのユハナは、お前そっくりだ」
「俺は最初からそう思ってたのに、ソーニャさんは今頃気がついたの?」
理不尽な要求ははっきり断るが、そうでない限りは思うとおりに行動させる。そんなアハトを、エリサは常々「目の前でいちゃつかないでちょうだい」と、わざとらしく声に出してたしなめている。
当事者のくせに、気づくのが遅い。しかしアハトは、それが彼女らしさだと、朗らかに笑って受け入れてしまう。
ちょうど目を通し終えた書類を、エリサはバサリと机に置く。
「ユハナは、割と意外なところで落ち着いたわね」
ソーニャの隣から、ユハナを見下ろして呟いた。
「俺は、そうは思わないんですけどね」
ユハナにしつこく、何度か言い寄っているところを目撃した血縁上の姪アーム。母親そっくりの、恐ろしいまでの押しの強さを見せていたヨハンナ。そのどちらかが相手だったら、やはり意外で、違和感が満載だっただろう。
だから、押せば押すだけ引いていきそうなサーラを選んだことには、十二分に納得している。
追いかけることが、何より楽しいのだ。
追い続けて手に入れたものを、絶対に手放す気になれない。それこそ、どんなに甘やかしていると言われようとも。可愛いと思えるわがままであれば、いくらでも聞いてあげたくなってしまう。
たとえ、その結果、命が危機にさらされようとも。
「サーラちゃんにだったら、ユハナを任せて大丈夫ですよ。何しろ、あのセナリマさんの身内ですからね」
セナリマが顔を見せに来た時、途中で会ったからと連れてきたのがサーラだった。
ゆるく巻いた、金茶の長い髪。緑がかった青色の瞳。その上顔立ちも、セナリマにどことなく似ている。しかし、セナリマは、どちらかといえば、さばさばしていて男らしい。対するサーラは、読書が好きだという大人しい少女だ。
『この子がわたしを専属治癒魔術師にしていた、噂のアハトくん。こっちの美人さんが、奥様で筆頭女王騎士のソーニャちゃん。で、アハトくんそっくりな女の子が、娘で王女魔術師のユリアちゃん。こっちの、ソーニャちゃんそっくりな男の子が、息子で王女騎士のユハナくんね』
まだ息子同然の扱いをしてくれる。それがわかって嬉しい反面。一風変わった紹介をされたことに、ひと言くらいは文句を言いたくなる。ただし、たったひと言が、何倍で返されるかわからない。
昔を思い出して、グッと堪えたアハトと対照的に。まったく気にも留めないソーニャたちで。
『この子は、わたしの兄の孫娘でサーラ。可愛いでしょう?』
自分の孫のように、堂々と紹介したことに、アハトはこっそり苦笑をこぼした。それを見逃さず、セナリマは彼の背中をバシバシ叩きに行く。
『セナリマさんは、ちっとも変わらないですね』
怒った時に背中を叩くのは、アクセリの顔を見ずに怒りを表現する、何よりも最適な方法だった。それがいつしか癖になって。今では、アクセリのように背の高い誰かに対して、必ずこうするようになっただけ。
『アハトくんだって変わらないのに、どうしてわたしが変わるのよ』
『それもそうですね』
母のような、姉のような人だった。
ソーニャがいなかったら、セナリマを追いかけていたかもしれない。そう、アハトが思う程度には、近しい女性だ。
『お元気そうで何よりです』
堅苦しい挨拶をするソーニャにも、セナリマは変わらないことを素直に喜んで笑った。
『初めまして』
『……初めまして』
ユリアに挨拶をされ、サーラは小さな声で返す。無表情に見えるユハナが、よほど怖いのか。ユハナの顔を見ようとはしない。
『ユハナはちょっと無愛想だけど、別に怖くないわよ』
怖がっているとわかるのか。ユリアはユハナとの間に立って、サーラの視界になるべくユハナが入らないようにと気遣う。ユハナ自身も、目を合わせないようにと、できるだけ顔を背けている。
『私たちは今年十四になったの。サーラはいくつ?』
『わたしは、今度十五になるわ』
大人しいからか。ずいぶん大人びて見えたサーラと、実はひとつしか違わない。そうと知ったユリアは、ますますサーラに気を許す。
『サーラは、何が魔術は使えるの?』
『ネラパだけ使えるわ。ちょっとしたケガくらいだったら、すぐに治せる程度だけど。ユリアは?』
『私はネラパもナイセも得意よ。その代わり、攻撃魔術はまるでダメ』
話に聞いていた、アハトとまったく同じタイプの魔術師だとわかったからか。サーラも、ユリアに対して気持ちがほぐれたようだ。
クスクスと、小さく声を立てて笑うサーラの愛らしさに。ユハナの目も心も、あっさりと奪われた。
ありし日の、生まれたばかりのエリサに、ソーニャが優しく微笑みかける。そんなソーニャに我知らず、アハトがぼんやりと見とれたように。
幸いなことに、サーラは、ソーニャほど天然で鈍感ではなかった。
自分と背丈は大きく変わらなくても、性格はしっかり男らしい。その上剣の腕の立つユハナを、誰よりも好ましく思うまで。時間はさほどかからなかった。
それから一年ほどが過ぎて。今ではエルミを中心に、サーラも交えて、中庭で時間を過ごすことが増えている。
『サーラは、姫様が好きそうなお話を、たくさん知っているわよ』
『ほんとうに? でしたら、おねがいがあるのですけれど……』
恥ずかしそうに、ポッと頬を染めるエルミに気を遣って。ユリアたちはそそくさと退室する。
誰もいなくなったことを、きっちり入念に確認して。エルミはサーラにかがんでもらって、こそっと耳打ちした。
何に驚いたのか。目を丸くしたサーラだが、すぐに頷いて了承した。エルミの希望どおりに変えた話をひとつ、すぐさま語り出す。
騎士は魔術師に、名前もエルミの望むものに変更して。どんな話でも、結末は必ず、二人が幸せになるように。
以来、エルミがサーラを気に入って手放さなくなってしまった。
エルミが女王としての教育を受けている間。その短いひと時くらいは、ユハナとサーラを二人きりにしてあげよう。
周りが密かに話し合って、こっそりと決めた。その分、二人の仲が深まるのも早くなって。
今では、たまに、人目すらはばからなくなった。
「後は、ヴァルトとシーヴかしらね」
「え? オレ?」
「そうよ。ヴァルトとしては、どうなの?」
ユリアはいたずらっ子の顔で、ヴァルトをふわっと軽く見上げる。
ついでとばかりに。気になる相手がいないのかを、さりげなく聞き出そうとした。
「いたらとっくに告白でもしてるよ。やっぱ、誰かに取られるのは癪だし。今は、訓練の方がずっと楽しいんだよなぁ……」
「……お願いだから、シーヴと同じこと言わないで」
数日前に、やはりついでに同様の内容を尋ねた。その時のシーヴと、ほとんど変わらない答えを返されて。
ユリアはただただ、苦笑するしかない。
「そんな調子だと、ヴァルトは道ならぬ恋でもしてるんだ、なんて噂が流れるわよ」
「流せるもんなら流してみろって言ってやるよ。どうせ、そんな度胸のあるやつなんていないだろうけどさ」
真実ならば、少しくらいは口封じを考えるかもしれない。だが、根も葉もない噂なら。別段、気にしなければいい。
事実無根だとわかれば、自然にやんわりと消えるものだ。
「あら? ヴァルトにまたお客さんね」
ユリアに目線だけで示され、ヴァルトもついとそちらを見る。
頬をほんのり上気させた少女が、そわそわと様子をうかがっていた。
何人目かは、さすがに数えていない。だが、誰に対しても、必ず同じ台詞で断っているのだ。そろそろ、すっぱり諦めて欲しい。
そう思いながら、ヴァルトはため息をつく。もののついでに、あと何人くらい残っているのかを、思いつきでユリアに確かめる。
「今年は、あの子が最後よ」
来年は再び、この繰り返しが待っていると、暗に示唆されて。ヴァルトはもう一度、重たい息を吐き出した。
「どうせ、また振っちゃうんでしょ?」
ヴァルトの友人として、一番仲がいいのは自分だ。ユリアはそう、自信をもって答えることができる。そのくらいには、なぜか馬が合う。
だから、ヴァルトは彼女を受け入れないだろう。そのことは、薄々感づいている。
「興味がないのに、つき合う方がかわいそうだしさ。断った後で気が変わるとも思えないからなぁ」
「ユハナが片づいたとたんに、みんなヴァルトのところに来たものね」
「まあ、その辺も、気が進まない理由なんだけどさぁ……」
将来性があるならば誰でもいい。あからさまに、そう言われている気がして。
ピンとくるものもなくて。
しかも、今すぐ恋人が欲しいわけでもない。
「じゃあ、私はリクのところへ行くわ。トゥーラはちょっと思い込みが激しいって評判だから、念のために気をつけてね」
「一応、努力はするけど」
思い込みが激しい、という言葉の意味がつかめず。何に気をつければいいかも、よくわからない。
だからといって、聞けるはずもなく。ヴァルトには、そう答えるしかなかった。
「泣かせると後が大変とか、そういうことかなぁ……」
ボソリと呟いて。
ほとんど接点もないのに、断ったくらいで泣くのはどうなんだろう。そんなことを考えると、やはり悪い見方しかできなるのだ。




