四方山話 ~夏の訪れ~
第一部と第二部の間にあったことで、第二部では特に語られていない部分の話です。
ヴァルト視点での一人称です。
シーヴがやってきたのが、秋も終盤に近づいた頃。それから季節が巡って、今は夏だ。
一年が過ぎるのは、ホントに早いと思う。
かといって、何が変わった気はしないけどさ。
「何だ? 急に暗くなってきたぞ」
シーヴの声に空を見上げたら、青かった空が黒い雲に覆われてた。
あー、これは降る雲だなぁ。
アウリンクッカ名物らしい、夏の夕立。ハイヴェッタじゃ、降らないんだって。リュイス様が言ってた。
「降る前に、居住棟に入ろっか」
「雨くらい、たいしたことはないだろう?」
「この雲は思いっ切り降るって」
訓練を切り上げることが、ものすごく嫌そうなシーヴの背中を、グイグイ押して。オレたちが居住棟に入ったとたん、大粒の雨が地面をバシバシ叩きつけた。
水桶をいくつもひっくり返したのか。そう思うようなどしゃ降りに、あっという間になってさ。
うん、これも、この国ならではらしいよ。
「……アウリンクッカは、こんなに降るのか」
「セーデルランドは降らないんだ?」
「たまには降るが、すぐに止んでしまう弱い雨ばかりだ。そういえば、こんなに暗い雲も初めて見たな」
どしゃ降りも空模様も、よっぽど気に入ったのかな? シーヴは、誰も住んでいない一階の窓から、じーっと空ばっか見てる。
そういえば、シーヴが来てからこんな天気になるのは、今日が初めてだっけ? オレには別に、珍しくもなんともないんだけどさ。
ゴロゴロ、と遠くで雷が鳴った。
大きな街はもちろん、小さな村でも雷避けはあるから、心配はないけど。
「今の音は何だ?」
「雷だよ。セーデルランドじゃ、雷も鳴らないんだ?」
弱い雨しか降らないんじゃ、雷が鳴ってる暇もないか。
どこかでまた、ゴロゴロと雷が鳴った。さっきより、かなり近い。今日はずいぶんと、足の速い雷だなぁ。
今度は空にパッと光が走って、少し間を空けて、低い音がついてきた。
「あの光は?」
「あれも雷」
音と光が結びつかないんだろうなぁ。シーヴは腕を組んで、うんうん唸りながら、不思議そうにまじまじと空を見上げてる。
「……ヴァルトの魔術に、あんな光が飛んでくるのがあったな」
「あー、ネコウだよ。雷の攻撃魔術」
てっきり、避けているだけで精一杯なんだと思ってた。意外としっかり見てるんだなぁ。
「シヴェは氷の、キエリは火の、リートゥは風の、ルムは土の攻撃魔術。プキは、ちっちゃい投げナイフみたいなものかなぁ」
「なるほど……見たそのままなんだな」
いきなり、頭の上で目がくらむほどの光が走った。次の瞬間には、バリバリとものすごい音を立てて、ドンッ、と近くに落ちる。地面がちょっと揺れたから、相当大きな雷だったみたい。
これだけ近いってことは、王城のはずれにある雷避けが、きっちり犠牲になったんだろうなぁ。
「ひゃっ!」
変な悲鳴をあげたシーヴが、両手で頭をギュッと抱え込んで、思いっきり小さくなって座り込んでる。
「びっくりした?」
声も出ないのか、コクコクと頷いただけ。
いつもはかなり冷静だし、どんなことがあっても動じないのかと思ってたけどさ。怖いものがあって、素直に出しちゃうとこは、やっぱり女の子なんだなぁ。
……まぁ、怖いものなんてないって言い切る、ユリアみたいな子もいるけどさ。
「城にいる限りは、ちゃんと雷避けに落ちるから心配ないって」
だいたい、城に落ちるようなことがあったら国中の噂になるし。下手すると、歴史にも残る大事件になりかねないって。
片ひざをついて、サッと手を差し出して。シーヴが立ち上がる手伝いをしかけたところで、また雷がドンと落ちた。
今度は、街の外にある雷避けかな。ホント、足の速い雷だなぁ。
「……っ!」
シーヴに勢いよく飛びつかれて、堪えきれなくて、ドスンと尻もちをつく。
オレよりずっと小さくて、細いんだけどさ。急で勢いがあると、案外支えきれないもんなんだなぁ。
……それとも、オレの鍛え方が足りないってこと? そりゃあ、さすがに、ユハナみたいとは言えないけどさぁ。
こっちにも伝わってくるくらい、シーヴはガタガタ震えてる。
まあ、確かに、初めて雷を見た日に、こんなにすぐ近くに落ちるなんて。ずっとこの国にいても、そうそうないけどさぁ。
なーんだ、結構可愛いところもあるんだ。
「大丈夫だって」
軽くなでた髪の毛は、見た目どおりサラサラで細い。すごく上等な糸みたいだ。
ちょっと甘い匂いがするけど、何だろ? 何かの花の匂いみたいだけどなぁ。
この天気なら、すぐ遠ざかるだろうけど、もう少しの間は誰も来ないだろうし。
……意外と、役得かも。
思ってたとおり、雷はすぐ遠ざかった。雨も今は小降りになって、やっとシーヴは顔を上げる。
ひょっとして、泣くほど怖かったのかなぁ?
涙目になってても、結構綺麗だなぁ。
「そんなに怖かった?」
「……ヴァルトは、あれが平気なのか?」
「よくあるし、みんな慣れちゃってるからね」
この時期は、多いとほとんど毎日だし。赤ん坊の頃からずっとだから、誰だって知らず知らず平気になるって。
「……ここにずっといたら、僕も慣れることができるか?」
「まぁ、多分?」
シーヴみたいに育ってからじゃ、慣れるのにかかる時間も違うだろうし。オレには、はっきりは言えないけどさ。
オレとしては、そのまま怖がっててもいいと思うけど?
この国で、たった一人の雷を怖がる女の子だなんて、すごく可愛いと思うけどなぁ。




