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 リュイスとリクの治癒魔術をかけられた騎士たちは、その日から姿を見せなくなり。治癒魔術をかけられていない五人は、数日もすると、ぎこちないなりに顔を見かけた。

 様子を見るためだけに、騎士の宿舎に毎日通う。そんなアハトには、リクにかけられた騎士の方が、若干回復が早いように感じられた。

 だがそれは、あくまでリュイスとリクを比較した場合だ。当然、何もしていない騎士の方が、圧倒的に復帰が早い事実は、何ら変わりない。

「……こうもはっきり結果が出ると、もうため息さえ出ないよ」

 言いつつ、さりげなくため息をつくリュイスに。半笑いをこぼして、アハトはひょいと肩をすくめる。

「まさかあれが、気休め以下なんて可愛いものじゃなくて、実は破壊の方向だったなんてね。どうりで、カルラニセルの人たちは、ナイセもネラパも知らないわけだよ」

「えっ、知らないの!?」

 アウリンクッカとほとんど同じ文化を持つハイヴェッタで、リュイスは生まれ育った。母親がろくに語らなかったこともあり、カルラニセルのことは何ひとつ知らない。

 本好きで、城の文献まで、残らず読みあさっているアハトでさえ。カルラニセルとセーデルランドについては、詳しくわからなかった。

「実際に見せて聞いてみたけど、誰も知らないし、攻撃魔術も呪文がずいぶん違ったしね」

 透明で見えないのに、確かにそこにある。それがよほど不思議なのか。カルラニセルに滞在中は、防御魔術を何度も見せることになった。

 その代わりにと、アハトはカルラニセル独自の魔術を見せてもらっている。

『お前の勉強好きには、ほとほと呆れるな』

 初めて、目の前で自己強化の呪文を使われた時。その効果や強さを知りたくて、ソーニャを質問攻めにした。

 それを思い出した彼女には、盛大的にため息をつかれた。しかし、新たな知識を得る欲求を、どうしても止めることはできなくて。

「カルラニセルの発音は、俺には何でか難しかったけど、リュイスさんだったら使えるようになりそうだよね」

 もちろん、滞在中に何度も練習してみた。けれど、微妙に発音が違うらしく、何度試しても使うことはできなかった。

「悪いけど、そのためだけにあの国に行くのは嫌だよ」

「リュイスさんだけ独身って思われたから、ずいぶん大変だったみたいだね」

 そろって思い出したのか。ブルブルと身を震わせるリュイスとは対照的に、アハトはこみ上げる笑いをどうにか堪えている様相だ。

 強い魔眼(まがん)持ちだが、これ幸いとソーニャにベッタリくっついていたアハトはもちろん。ヘンリクにも、基本的にエリサが四六時中張りついていた。

 それは、本当にただの偶然だ。しかし、出先まで配偶者を連れて歩くのが、アウリンクッカ流。そう勘違いするのも、無理はない状況で。

 一般市民のリリヤを、こんな遠方まで連れてくる理由などない。

 リュイスだけでなく、ソーニャやアハトが何度説明しても。カルラニセルの女性たちは、妻子があることをこの目で確認しなければ、絶対に信じない。そんなことを言い張って、ちっとも聞かなかった。

 説得の合間に、のんびりと魔術を見せ合っていたアハトとは違って。顔を見せる必要のない限り、リュイスが家に帰っていたことを知っているのは、アハトたちだけだ。

「次に行くことがあったら、姫に許可をもらって、リリヤさんを堂々と連れて行けばいいんじゃない?」

「……できるなら、そうするよ」

 仮に、また出向くことになったとしたら。リュイスのわがままを仕方なく聞いたという体裁で、エリサはリリヤの同伴を許すだろう。

 一応、女王としての対面を保ちつつも、従者を守ろうとするのがエリサなのだ。

「これがエルヴィーラ様の頃だったら、みんな独身だったからね。もっと恐ろしいことになってたのかな? 現役時代は、女王付きは引退するまで結婚できない、なんて噂まで飛び交ってたらしいけど」

「引退してからも独り身じゃないか」

「まぁ、あの人たちは、ある意味しょうがないよ」

(振ったくせに、エルヴィーラ様ひと筋のアクセリさんでしょ? そんなアクセリさんが好きなセナリマさんと、初対面からセナリマさんがずっと気になってるユッカさんだし)

 彼らをずっと、近くで見て育ってきた。

 一向に変化のない彼らの関係は、ひどくもどかしくて。反面、自分もソーニャに対してこうなるのではないか。そんな、底知れぬ恐怖の対象でもあった。

「人が一方通行を真剣に悩んでるのに、散々からかってくれたあの人たちが実は……っていう、リルクヴィストのお家芸を見習って、とんでもないオチを見せてくれたからね」

 苦笑して、ちょいと肩をすくめるアハトに。彼のひと癖もふた癖もある性格を作り上げた一端を、垣間見た気がした。


          ‡ 


「……僕、もうネラパもナイセも、絶対に使わないことにするよ」

 リュイスよりマシと聞かされても。圧倒的に治りを遅くしている事実は、もうどうにもならない。

 そもそも、元から役に立っていなかったのだ。これからは、何があっても使わないことにすればいい。

「ユリアとヴァルトがいれば、ナイセもネラパも問題ないし。僕が父さんに転移を教えてもらえれば、後方からかく乱できるようになるよね」

「信頼されてないらしいから、実現はずいぶん先になりそうだけどな」

「仕方ないわ。リュイスさんに、ちゃんと信頼してもらえるように、リクが頑張らなきゃ」

 事実を突きつけられて、がっくりと力なく肩を落とすリクを。慰めにならない言葉で、ユリアがサラリと慰める。

 ふと目を向けた先で。ヴァルトのシヴェを避けそこなって、治癒魔術ををかけてもらっているシーヴが見えた。

「ヴァルトったら、また強くなったのね」

「連射性能が上がって、後ろに逃げてたシーヴの逃げ場がなくなったんだ。今のヴァルトは、僕でもちょっと怖いな」

 見ていないようで、しっかり見ているユハナの評価は、いつだって的確だ。

 シーヴとの訓練で、ヴァルトは着実に力をつけている。けれどシーヴは、上達する気配がまったく見られない。

「毎日これだけやれば、普通は少しくらい強くなるんだけど……」

「切れ目がほとんどないし、どう避けたらいいのか、よくわからないんだ」

 困惑するユリアをジッと見上げ、シーヴは全身で懸命に訴える。

 どう考えても、後ろに飛んで避けるしかない。微妙な位置に魔術を容赦なく撃ち込んでくるヴァルトを、どう相手にしたらいいのか。

 シーヴには、想像の中でも勝つ術を見つけられないようだ。

「じゃあ、ユハナが見本を見せてあげたら?」

「……仕方ないな」

 ため息に乗せた言葉どおり。鞘をつけたままの剣を腰ベルトから外し、ユリアがヴァルトに治癒魔術をかけるまで黙って待つ。

 ユリアが安全な場所まで下がったことを、きっちり確認してから。ユハナがヴァルトに向かって、一直線に駆け出した。

「プキ! キエリ! シヴェ! リートゥ! ルム! ネコウ!」

 次から次へと、サラサラと流れるように撃ち出される攻撃魔術。それをユハナは、左右に軽やかに避ける。あっという間に、ヴァルトとの距離を詰めていく。

「また外した!」

 唇を噛み締めて悔しがるヴァルト。自分が動いたとは反対の地面に、ざっくり突き刺さった魔術。両方を視界の端でチラッと確かめ、ユハナは口端を少しだけ吊り上げて笑う。

「ナイセ!」

 攻撃できる限界の距離を、素早く見極めたのか。ヴァルトは、防御魔術を作り出すと同じ速度で壊していくユハナに、ただひたすら防御し続けることを強いられる。

「はい、そこまで」

 ユリアの制止が入り、ユハナが剣を下げたのを見て。ヴァルトはホッと、安堵の息を吐く。

「やっぱりユハナは怖いなぁ。今は互角だけど、そのうち負けそうな気がするよ」

「ヴァルトが強くて、手加減がほとんどいらないからだ。母さんがあそこまで強くなったのも、父さんのナイセが鉄壁だったからだしな」

 強さで名を馳せることで、育った孤児院近辺を盗賊団などから守りたい。そう願うソーニャが、日々の鍛錬を怠るはずがない。

 そんな彼女相手に、命がけの訓練を強いられ続ける。それも、長年だ。アハトが強くなり、またソーニャが強化されていくのは当然だ。

 もし、エリサの魔術師になったのがアハトでなかったら。ソーニャはここまで、圧倒的に強くならなかったかもしれない。

「……そうか、横に避ければいいんだ」

 駆け出す前に足元に来るから、どうしても後ろに避けざるを得なかった。そんなシーヴだが、初撃を横に避けたら、勝機が見える気がしたらしい。

「明日は負けないからな!」

 ビシッと宣言して。シーヴは汗をかいたからと、先に居住棟へ戻っていった。

「シーヴがユハナくらい強くなったら、姫様は安泰よね」

「そうなったら、陛下が次の心配をして、かえって口うるさくなりそうだな」

 もはや、ため息しか出ない。

 次世代の王女騎士を、期待されているのはわかっている。わかっているが、ユハナにはその方面に興味が一切ない。

 むしろ、有望そうな騎士を育てる方が、ずっと楽しそうだ。そんな想像を、たまにしているくらいに。

「シーヴに全部任せるのも、ちょっと難しそうだよなぁ」

 呟くヴァルトに、ユハナまでが同意する。

 顔も嗜好も、ユハナに似ているシーヴだからこそ。恋愛方面だけは別物、とは思えなかった。

 そんな二人に、アハトのように諦めの悪い誰かが、フラッと現れるとも考えづらい。

 ひとつの家で、王女付きを独占することがよくない。そのくらいは、ユハナたちでも理解している。

 できれば、今育っている騎士や魔術師たちが、次世代を担ってくれるように。切に望んでいるのだ。


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