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 無様にポンポン投げ飛ばされる騎士たちを、ぼんやりと眺めながら。ユリアは、記憶にしっかりこびりついている顔が、どこにも見当たらないことに気づいた。

「あら? ヨーツセン家のサムリがいないわ」

「サムリって、ヘンリク様を平民呼ばわりして、ユリアにケンカを売って、リュイスさんの気休めに激怒したっていう?」

 ドタバタ、がやがやと騒がしい中で。エリサが地獄耳とはいえ、万に一つも聞き取れるとは思えない。しかし、念には念を入れたアハトは、ググッと声を潜める。

 ヘンリクにこっそりと探りを入れたことがある。けれど、サムリが謝罪に訪れたという話は、まだ聞いていない。

「ええ。前回のことがあるし、今日は仮病かしら?」

 ここで顔を見せていないと、後々ソーニャとアハトにみっちりしごかれる。それを知らない者は、たとえ新米でもいないはずだ。

 アハトもユリアも、すぐにそれは考えられないと、あっさり打ち消した。

 ただひたすら、飽きることなく防御し続けることをアハトに任せて。ユリアはフラフラと、サムリと親しくしている騎士を探す。

「サムリはどうしたの?」

 ちょうど運よく、投げ飛ばされたばかりの騎士が目当ての人間だ。軽く治癒魔術をかけてから、ついでのように問いかける。

「お前でも知らないことがあるんだな。あいつはこの前の訓練からずっと、ベッドで寝たきりだよ」

「……どういうこと?」

 ここしばらく、サムリを見ていないという話は聞いている。とはいえ、それが前回の『地獄の訓練』からずっととは、思ってもいなかったのだ。

 ようやくユリアは、自分はともかく、ヘンリクへの謝罪に訪れなかった理由を知った。

「俺が知るかよ。治癒魔術がなかったら、ひと月以上起き上がることもできないような訓練なんて、そもそもおかしいだろ!」

「……ヘンリク様や私のネラパを断ったのは、サムリの方よ」

 第一、投げられた直後は、その場に座り込んでいたのだ。いくら何でも、寝たきりになるほど痛めつけられていたとは、考えにくい。

「とにかく、あいつは動けないし、いつ動けるようになるのかもわからないんだよ」

「わかったわ」

 もっと詳しいことを聞きに、今すぐサムリのところへ確かめに行きたかった。だが、すぐさま独断で動くことは、決して上策ではない。

「陛下、少しよろしいですか?」

「どうしたの?」

 本当にささやかな親切心で、ヘンリクへの暴言を省いて。たった今聞いた、ことのあらましをざっくり伝える。

「……確かにおかしいわね。ソーニャに投げ飛ばされた程度で、そんなに長く寝込む必要のある軟弱な騎士だったら、アハトがとっくに追い出しているはずよ」

 いつもどおり、サラリと恐ろしいことを口にするエリサを、まったく気に留めることなく。ユリアは堂々と、様子を見に行く許可を求めた。

「一人じゃ危ないでしょう? 誰がいいかしら……そうね、アハトと行きなさい。今は捨てたとはいえ、元は騎士の名門出身ですもの、嫌とは言わせないわ。それから、攻撃型の魔術師たちは、防御型の魔術師たちとやりあうように指示を出してちょうだい」

「わかりました。陛下、許可をいただき、ありがとうございます」

 時々、防御魔術をかけ直しつつ。ボケッとソーニャを見ているアハトのところへ、ユリアは急ぎ足で戻る。

「サムリは前回から、ずっと寝込んでいるらしいわ。様子を見に行きたいと陛下にお願いしたら、お父さんと行きなさいって」

「そっか。

 ちょっと用事が入ったから、防御型の子と攻撃型の子で組んで、俺が戻るまで適当にやりあってて」

 指示の件は一切伝えていないというのに、なぜかエリサと同じことを言う。そんな父を、ぼんやりと見上げた。

 人生の大半をともにしてきた主従は、ここまで思考が似てくるものなのか。ユリアはそう、頭を抱える。

「じゃあ行こうか」

 アハトは、しつこいくらい名残惜しそうに、じっとりとソーニャを見つめてから。かなり渋々、ユリアと並んで歩き出す。

「だいたい、ソーニャさんに投げられたくらいで、騎士がそこまで寝込むのかな?」

「陛下は、その程度の騎士だったら、お父さんがとっくに追い出しているとおっしゃったわ」

「あー、まあ、そうだろうね」

 苦笑しつつ、アハトはサムリに何が起きたのかを推測する。

「そもそも、ネラパをかけてないくらいで寝込むなんて、考えられないんだよね。その他の要素としては、リュイスさんのネラパくらいなんだけど……」

 いくら気休め以下と称したとはいえ、治癒魔術は治癒魔術だ。ケガを悪化させるとは、さすがに考えたくない。

「……とりあえず、サムリに詳しく話を聞いてみようか」

 その上で、きちんと治癒するかどうかを決めることにした。


          ‡ 


 ノックをしてアハトが名乗ると、すんなり入室の許可が出た。

(これが私だったら「孤児の娘は帰れ!」とか言いそうよね)

 内心の苛立ちを、絶対に顔に出さないよう。作った笑顔をベッタリ張りつけて、父の後に続いて部屋に入る。

 情報どおり。ベッドの中で、身動きひとつしないサムリが、だらしなく転がっているのを視界にとらえた。

 本当に、まったく体を動かすことができないらしい。体の向きを変えるどころか、腕を上げようともしないのだ。

「訓練に来ないから、配して見にきたんだけど……どうしたのかな?」

「どうしたもこうしたも」

 長いため息をうんざりとこぼし、サムリはすうっと大きく息を吸う。

「これでも一応、騎士として恥じないように鍛えているんだ。それなのに、どうして治らない? あの時、治癒じゃない魔術をかけたのか!?」

「それだけ話せる元気があるのに、全然起きれないのか……」

 口ばかりが達者なサムリに、ほろりと苦笑をこぼして。アハトは問答無用で、治癒魔術を一回かけた。

「これで多分、起き上がるくらいはできるでしょ?」

 恐る恐るといった様子で、サムリがゆっくりと身を起こす。起き上がれることに喜んで、すぐにベッドから下りようとした。しかし、足がグラリとふらついて、あえなく床に崩れ落ちる。

「お父さんのネラパでこれって……」

「明らかにおかしいね」

 ユリアならばまだしも。さらに数倍強力な、アハトの治癒魔術でこの程度しか治癒できない。

 いくらソーニャが行うとしても。アハト相手以外に、そんなケガをする訓練など、想像さえできなかった。

「これは、姫に報告しないといけないかな」

 もう一度治癒魔術をかけたアハトは、サムリとユリアを連れて訓練場に戻った。その足で、エリサに己の目で見たことを、すべて残さず報告する。

「……いくらソーニャでも、アハトのネラパが二回も必要なケガをさせるとは、さすがに思えないわ」

 エリサはひどく疑わしそうに、サムリをじろりと眺めた。

「俺は、リュイスさんの気休めに問題がある気がするんですよ。治癒を拒むやつはよくいますが、ここまで悪化したのは彼が初めてですし。違いと言えば、リュイスさんの気休めだけです」

 頬にそっと手を添えて、エリサはじっくり考え込む。

 彼女が生まれてすぐからのつき合いだから。アハトにだけは察せられる、黒い笑みを浮かべた。

 何か企んでいる。

 いつの間にか、巻き込まれることには慣らされている。そんなアハトだが、ひしひしと押し寄せる嫌な予感に。がっくりと肩を落として、重いため息をつく。

「では、確かめてみましょう。今日の訓練で、早々に立ち上がれなくなった軟弱な騎士からリュイス、リクの順に五人ずつ、ネラパをかけさせなさい。その次の五人は、比較のためにネラパ抜きよ。他は癒してかまわないわ。経過観察はアハトの仕事よ」

「……わかりました」

 その決定事項を伝えるため、アハトは先に騎士たちのところへ向かう。

「それにしても、カルラニセルの魔女は恐ろしいのね」

 一瞬で移動する、不思議な魔術が使えて。その上、強力な攻撃魔術まで有している。反面、相反するほどの弱い防御と治癒魔術の使い手。

 その考えを、根本から改めなくてはいけないかもしれない。

「結果が楽しみだわ」

 この瞬間の、麗しくも腹黒い笑みに。サムリはやっと、エリサがただただ綺麗なだけの女王でないことを悟った。


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