21
無様にポンポン投げ飛ばされる騎士たちを、ぼんやりと眺めながら。ユリアは、記憶にしっかりこびりついている顔が、どこにも見当たらないことに気づいた。
「あら? ヨーツセン家のサムリがいないわ」
「サムリって、ヘンリク様を平民呼ばわりして、ユリアにケンカを売って、リュイスさんの気休めに激怒したっていう?」
ドタバタ、がやがやと騒がしい中で。エリサが地獄耳とはいえ、万に一つも聞き取れるとは思えない。しかし、念には念を入れたアハトは、ググッと声を潜める。
ヘンリクにこっそりと探りを入れたことがある。けれど、サムリが謝罪に訪れたという話は、まだ聞いていない。
「ええ。前回のことがあるし、今日は仮病かしら?」
ここで顔を見せていないと、後々ソーニャとアハトにみっちりしごかれる。それを知らない者は、たとえ新米でもいないはずだ。
アハトもユリアも、すぐにそれは考えられないと、あっさり打ち消した。
ただひたすら、飽きることなく防御し続けることをアハトに任せて。ユリアはフラフラと、サムリと親しくしている騎士を探す。
「サムリはどうしたの?」
ちょうど運よく、投げ飛ばされたばかりの騎士が目当ての人間だ。軽く治癒魔術をかけてから、ついでのように問いかける。
「お前でも知らないことがあるんだな。あいつはこの前の訓練からずっと、ベッドで寝たきりだよ」
「……どういうこと?」
ここしばらく、サムリを見ていないという話は聞いている。とはいえ、それが前回の『地獄の訓練』からずっととは、思ってもいなかったのだ。
ようやくユリアは、自分はともかく、ヘンリクへの謝罪に訪れなかった理由を知った。
「俺が知るかよ。治癒魔術がなかったら、ひと月以上起き上がることもできないような訓練なんて、そもそもおかしいだろ!」
「……ヘンリク様や私のネラパを断ったのは、サムリの方よ」
第一、投げられた直後は、その場に座り込んでいたのだ。いくら何でも、寝たきりになるほど痛めつけられていたとは、考えにくい。
「とにかく、あいつは動けないし、いつ動けるようになるのかもわからないんだよ」
「わかったわ」
もっと詳しいことを聞きに、今すぐサムリのところへ確かめに行きたかった。だが、すぐさま独断で動くことは、決して上策ではない。
「陛下、少しよろしいですか?」
「どうしたの?」
本当にささやかな親切心で、ヘンリクへの暴言を省いて。たった今聞いた、ことのあらましをざっくり伝える。
「……確かにおかしいわね。ソーニャに投げ飛ばされた程度で、そんなに長く寝込む必要のある軟弱な騎士だったら、アハトがとっくに追い出しているはずよ」
いつもどおり、サラリと恐ろしいことを口にするエリサを、まったく気に留めることなく。ユリアは堂々と、様子を見に行く許可を求めた。
「一人じゃ危ないでしょう? 誰がいいかしら……そうね、アハトと行きなさい。今は捨てたとはいえ、元は騎士の名門出身ですもの、嫌とは言わせないわ。それから、攻撃型の魔術師たちは、防御型の魔術師たちとやりあうように指示を出してちょうだい」
「わかりました。陛下、許可をいただき、ありがとうございます」
時々、防御魔術をかけ直しつつ。ボケッとソーニャを見ているアハトのところへ、ユリアは急ぎ足で戻る。
「サムリは前回から、ずっと寝込んでいるらしいわ。様子を見に行きたいと陛下にお願いしたら、お父さんと行きなさいって」
「そっか。
ちょっと用事が入ったから、防御型の子と攻撃型の子で組んで、俺が戻るまで適当にやりあってて」
指示の件は一切伝えていないというのに、なぜかエリサと同じことを言う。そんな父を、ぼんやりと見上げた。
人生の大半をともにしてきた主従は、ここまで思考が似てくるものなのか。ユリアはそう、頭を抱える。
「じゃあ行こうか」
アハトは、しつこいくらい名残惜しそうに、じっとりとソーニャを見つめてから。かなり渋々、ユリアと並んで歩き出す。
「だいたい、ソーニャさんに投げられたくらいで、騎士がそこまで寝込むのかな?」
「陛下は、その程度の騎士だったら、お父さんがとっくに追い出しているとおっしゃったわ」
「あー、まあ、そうだろうね」
苦笑しつつ、アハトはサムリに何が起きたのかを推測する。
「そもそも、ネラパをかけてないくらいで寝込むなんて、考えられないんだよね。その他の要素としては、リュイスさんのネラパくらいなんだけど……」
いくら気休め以下と称したとはいえ、治癒魔術は治癒魔術だ。ケガを悪化させるとは、さすがに考えたくない。
「……とりあえず、サムリに詳しく話を聞いてみようか」
その上で、きちんと治癒するかどうかを決めることにした。
‡
ノックをしてアハトが名乗ると、すんなり入室の許可が出た。
(これが私だったら「孤児の娘は帰れ!」とか言いそうよね)
内心の苛立ちを、絶対に顔に出さないよう。作った笑顔をベッタリ張りつけて、父の後に続いて部屋に入る。
情報どおり。ベッドの中で、身動きひとつしないサムリが、だらしなく転がっているのを視界にとらえた。
本当に、まったく体を動かすことができないらしい。体の向きを変えるどころか、腕を上げようともしないのだ。
「訓練に来ないから、配して見にきたんだけど……どうしたのかな?」
「どうしたもこうしたも」
長いため息をうんざりとこぼし、サムリはすうっと大きく息を吸う。
「これでも一応、騎士として恥じないように鍛えているんだ。それなのに、どうして治らない? あの時、治癒じゃない魔術をかけたのか!?」
「それだけ話せる元気があるのに、全然起きれないのか……」
口ばかりが達者なサムリに、ほろりと苦笑をこぼして。アハトは問答無用で、治癒魔術を一回かけた。
「これで多分、起き上がるくらいはできるでしょ?」
恐る恐るといった様子で、サムリがゆっくりと身を起こす。起き上がれることに喜んで、すぐにベッドから下りようとした。しかし、足がグラリとふらついて、あえなく床に崩れ落ちる。
「お父さんのネラパでこれって……」
「明らかにおかしいね」
ユリアならばまだしも。さらに数倍強力な、アハトの治癒魔術でこの程度しか治癒できない。
いくらソーニャが行うとしても。アハト相手以外に、そんなケガをする訓練など、想像さえできなかった。
「これは、姫に報告しないといけないかな」
もう一度治癒魔術をかけたアハトは、サムリとユリアを連れて訓練場に戻った。その足で、エリサに己の目で見たことを、すべて残さず報告する。
「……いくらソーニャでも、アハトのネラパが二回も必要なケガをさせるとは、さすがに思えないわ」
エリサはひどく疑わしそうに、サムリをじろりと眺めた。
「俺は、リュイスさんの気休めに問題がある気がするんですよ。治癒を拒むやつはよくいますが、ここまで悪化したのは彼が初めてですし。違いと言えば、リュイスさんの気休めだけです」
頬にそっと手を添えて、エリサはじっくり考え込む。
彼女が生まれてすぐからのつき合いだから。アハトにだけは察せられる、黒い笑みを浮かべた。
何か企んでいる。
いつの間にか、巻き込まれることには慣らされている。そんなアハトだが、ひしひしと押し寄せる嫌な予感に。がっくりと肩を落として、重いため息をつく。
「では、確かめてみましょう。今日の訓練で、早々に立ち上がれなくなった軟弱な騎士からリュイス、リクの順に五人ずつ、ネラパをかけさせなさい。その次の五人は、比較のためにネラパ抜きよ。他は癒してかまわないわ。経過観察はアハトの仕事よ」
「……わかりました」
その決定事項を伝えるため、アハトは先に騎士たちのところへ向かう。
「それにしても、カルラニセルの魔女は恐ろしいのね」
一瞬で移動する、不思議な魔術が使えて。その上、強力な攻撃魔術まで有している。反面、相反するほどの弱い防御と治癒魔術の使い手。
その考えを、根本から改めなくてはいけないかもしれない。
「結果が楽しみだわ」
この瞬間の、麗しくも腹黒い笑みに。サムリはやっと、エリサがただただ綺麗なだけの女王でないことを悟った。




