【第18話】肉屋の悩みと謎の肉・前編
異世界に何故か飛ばさせてしまった料理人「坂本」は腹を空かせたお客に温かい普通のごはんを振る舞うハートフルストーリー…
営業前の朝。
とある人物が来店してある依頼をする…
【今作は前後編の二部作です】
昼の営業を終え、
店内の片付けをしていたときだった。
「おーい、坂本!いるか?」
聞き覚えのある大きな声が聞こえてきた。
入り口のドアを開けるとそこには肉屋を営むミートが立っていた。
いつもは威勢のいい男だが、
何だか少し困ったような顔をしている。
「おはようございます、ミートさん。
今日はどうしたんですか?
まだ開店していないですよ。」
「いやぁ、あのな少し相談があってよ…」
そう言いながら、
ミートは肩に担いでいた大きな袋をドサリと床に置いた。
「この肉なんだがよぉ…
ちょっと試しに料理してみてくれねぇか?」
「おいおい、いきなりだな。料理か…」
「あぁ。うちの店で扱ってる肉なんだが、
どうにも売れ行きが悪くてなぁ…」
ミートは袋の口を開き、
中から大きな肉の塊を取り出した。
それを見た俺は、思わず目を丸くした。
「ほぉ、これは……」
見た目は豚肉に似ている。
赤身の中に脂肪が入り込んでおり、
表面には白い脂身がついている。
ただ、俺の知っている豚肉とは少し違う…
赤身の繊維が太く筋が少し多そうだ。
「この辺りじゃ普通に出回ってる肉なんだが、焼いたり煮たりしても固くなっちまうんだ。」
ミートは肉を指で叩いた。
「味そのものは悪くねぇんだ。
脂にも甘みがある。
だがいくら手をかけても肉が硬いままじゃ、客も喜ばねぇだろぉ?」
「なるほどな…」
俺は手に取り肉の状態を確認する。
確かに筋肉の繊維がしっかりしている。
これを短時間で焼けば噛み切るのも大変だろう…
「それで俺の所に持ってきたってわけだな。」
「そういう事だ。
お前さんの料理は評判が良いからなぁ。
俺じゃ思いつかねぇような
調理法があるんじゃねえかと思ってよぉ!」
ミートは袋の中を指さした。
「量は多めに持ってきた。
試しにやってみてくれぇ。
使えそうならこいつの売り方も
考え直せるかもしれねぇからな!」
「おう、分かった。
ちょっと気になるからな!
受けるよその依頼。」
「おぅ、助かるぜぇ。頼んだぞ、坂本!」
ミートは満足そうに笑うと、店を後にした。
俺は改めて、目の前の肉を見つめた。
――さてと、どうするかな…
普通に焼くだけでは難しいだろう…
肉の繊維が太く筋も多いのなら、
短時間で火を通すよりも
時間をかけてじっくり加熱したほうがいい。
そう考えているうちに、
一つの料理が頭に浮かんだ。
「――角煮にしてみるか…」
角煮なら大きめに切った肉を長時間煮込むと
硬い肉も柔らかく仕上げられる可能性がある。
俺は厨房に戻り、
さっそく仕込みを始めることにした。
「シャルロット!
ちょっと手伝ってくれるか?」
「はい!何をすればいいですか?」
「この肉を水で洗って表面の汚れを落としてくれ。
洗い終わったら余分な筋を取り除くぞ。」
「はい、分かりました!」
シャルロットはやる気満々だ。
俺は包丁を入れ肉の繊維や筋の入り方を確かめる。
硬い筋をすべて取り除いてしまうと、
肉の旨味まで損なってしまう。
食べる時に邪魔になりそうな部分だけを取り除き、残すべき部分は残していく。
その点を気を付けつつ、大きめの塊に切り分けていく。
「坂本さん、いつもの料理より大きめに切るんですね。」
「そうだ。
煮込むと多少縮んじまうし、
最初から小さく切ると長時間煮込んだ時に
崩れやすくなるからな!」
切り分けた肉を並べ、俺は鍋を火にかけた。
角煮を作る時、
最初に肉の表面を焼いておく。
表面に焼き色をつけることで香ばしさを加え肉の旨味を引き立てるためだ。
鍋が十分に温まったところで、肉を入れる。
――ジュウウウッ!!
脂身が鍋に触れた瞬間、
勢いよく音が響いた。
肉の表面が焼けるにつれて、
香ばしい匂いが店内に広がっていく…
「わぁ、良い音!」
シャルロットは目を輝かせながらこちらを見ている。
焦がさないよう火加減を調整しながら丁寧に焼き色をつけていく。
「よし。脂もいい感じに出てきたな!」
焼き上がった肉を取り出し、
鍋に残った余分な脂を軽く拭き取る。
さてと、次は茹でていくか…
鍋にたっぷりの水を張り、焼いた肉を入れる。
臭みを抑えるために生姜と長ねぎも加え、
火にかける。
加熱をしていくと表面にアクが浮かんでくる。
それを丁寧に取り除き火を弱める。
ぐらぐらと激しく沸騰させるのではなく、
表面が静かに揺れる程度の火加減を保つ。
「へぇー、これだけでも結構時間がかかるんですね!」
「あぁ。
こういう肉は急いで仕上げようとしても上手くいかねぇからな。
まずは余分な臭みを抜いていくんだ。」
下茹でを終えた肉を取り出し、
表面についた灰汁や汚れを洗い流す。
茹で汁を捨てついでに鍋もきれいに洗った。
――ここからが本番だ…
新しい鍋に肉を並べ、たっぷりの水を注ぐ。そこへ生姜と長ねぎを加え火にかける。
水が沸騰したら火を弱め、
肉が鍋の中で激しく動かないようにしながら煮込んでいく。
硬い肉を柔らかくするには、ただ高温で加熱し続ければいいというわけではない。
筋がゆっくりと柔らかくなるまでじっくりと火を通していくのだ。
俺は鍋に蓋を少しずらし、
時々様子を確かめながら火加減を調整していく。
しばらくすると厨房に肉と生姜の香りが広がっていった。
「なんか良い匂いがしてきましたね!」
「おぅ。でもまだ味付けはしてねぇからな。
ここからだぞ!」
俺は肉の状態を確かめた。
表面は少しずつ柔らかくなってきているが、中心はまだ固い…
「うむ、もう少しだな…」
ここで煮込みを切り上げてしまえば、
折角ここまで作った料理が台無しになってしまうからな。
俺は再び鍋に蓋をし、火を弱めた。
時間をかけて、じっくりと…
肉の繊維がほぐれ筋が柔らかくなるまで、
根気よく煮込み続ける。
しばらくすると、
箸を入れたときの感触が変わってきた。
先程まで固かった肉が少しずつ箸が入るようになっている。
「よし…!」
――いい具合だ…
次は味付けの時間だ。
鍋に醤油、砂糖、酒を加え、生姜も少し足す。
煮汁を軽く混ぜると、
醤油の香ばしさと甘い香りが立ち上る。
「わぁ…良い匂い…。」
シャルロットが背伸びをしながら鍋を覗き込んでいる。
「あぁ。
ここからは味を染み込ませていくんだ。
肉の状態を見ながら、
煮汁が煮詰まりすぎないようにな!」
鍋の中で肉がゆっくりと煮汁に包まれていき
茶色く色づいた表面には少しずつ艶が出始めてきた。
しばらくすると煮汁にとろみがつき、
肉の表面に美しい照りが現れる。
「よっしゃ。これでどうだ…」
俺は肉を一切れ取り出し、
少し冷ましてから箸を入れてみた。
すっと、箸が通る。
力を込めなくても、
肉の繊維がほろりとほどけた。
「坂本さん!すっごい柔らかい!」
シャルロットが歓声を上げた。
俺も思わず笑みを浮かべる。
「よし、成功だな!」
初めて扱う肉だったが、
時間をかけた甲斐があった。
肉そのものの旨味はしっかりと残り、
脂身は柔らかく、煮汁もよく染み込んでいる。
――よし、これなら明日の定食に出せる…
鍋の火を止め角煮を煮汁の中で休ませることにした。
十分に冷ました後適切に保存しておけば、
翌日の営業前に温め直せば良い。
「明日の定食はこれで決まりだ!」
「はい!角煮定食ですね!」
シャルロットは嬉しそうだ。
厨房には甘辛い醤油と肉の香りが漂っている。
明日、ミートはどんな顔をするだろう…
俺は鍋の中で艶やかに輝く角煮を見つめながら、そんな事を考えていたのだった…
読んでくださりありがとうございました。
今回は前編、後編のある作品となっております。
両方合わしてみて頂けますと嬉しいです!
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