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坂本さんの異世界飯処  作者: とま坊


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【第17話】疲れた俺と麻婆豆腐

異世界に何故か飛ばさせてしまった料理人「坂本」は腹を空かせたお客に温かい普通のごはんを振る舞うハートフルストーリー…

今日は商人のお客が来たようで…?

俺は商人だ。


商品の仕入れに在庫の管理、

取引先との商談に帳簿の確認。

商売を続けていくにはやる事は山のようにある…

今日も朝から取引先を回り、

商品の受け渡しを済ませ夕方まで帳簿と

にらめっこしていた…


商売が上手くいっていないわけではない。

大きな問題もなく別に生活に困っているわけでもない。


しかし最近はどうにも疲れが抜けなかった。


毎日同じような仕事をこなし、

同じような所を歩き、食事も適当に済ませて眠る…

そして翌朝、また同じような一日が始まる。


真面目に働くのは当たり前だ。

この仕事をしている以上、

手を抜くわけにはいかない。


そう思っているからこそ、

疲れていると自覚していても、

つい無理をしてしまうのだろう…


「はぁ、やっと終わった…」


ようやく仕事を終えた俺は、

今日もいつもの道を通って帰宅をする。


腹はいつもより減っている…と思う。

久々にどこかで食事を済ませて帰ろう。

そう考えながら歩いていた。


――くんくん…


ふわりと、鼻をくすぐる香りが漂ってきた。


「……ん?」


思わず足を止める。


――なんだ、この香りは…!

鼻をくすぐるのは香辛料の刺激的な香りだ。

食欲をそそるスパイシーな匂いが、

風に乗ってこちらまで流れてきている…


辛い料理は好きだ。

こういう香りを嗅ぐと自然と食欲が刺激される。


俺は香りの漂ってくる方向へ目を向けると、

そこには一軒の食堂らしきものがあった。


以前からこの通りを歩いていたはずだが、

こんな店があっただろうか…


「――ここで食べてみるか…」


気づけば俺の足は店へと向かっていた…

扉を開けると、明るい声が飛んできた。


「いらっしゃいませ!」


店員の若い少女が笑顔で迎えてくれる。


店内では食事を楽しんでいる客の姿があった。

意外と落ち着いた雰囲気の店だ。

俺は軽く会釈を返し案内された席に腰を下ろした。


「今日は日替わり定食が二つありますので、どちらにするか決まりましたら声をかけて下さいね!」


少女はそう言い他の客の所へ向かっていった。


しかし俺が頼むものはもう決まっている。

入店前から漂っている、この香り…

これだけ食欲を刺激されたのだ。


程なくして店員の少女が戻ってきたので、

俺は注文を伝えた。


しばらく待っていると、

厨房から再び香辛料の香りが漂ってきた。

その香りを嗅いでいるだけで自然と腹が鳴りそうになる。


しばらくすると、料理が運ばれてきた。


「お待たせしました。麻婆豆腐定食です!」


目の前に置かれたのは、

ツヤツヤのお米と麻婆豆腐。

そして汁物や小鉢のついた定食だった。


麻婆豆腐は、赤みを帯びた餡が豆腐を包み込んでいる。

表面には油がキラリと光っており、

湯気とともに刺激的な香りが立ち上っていた。


「全て見たことない食べ物だが…

これは実に美味そうだ…」


見た目だけでも食欲を唆られる。

俺はさっそくスプーンを手に取り、

麻婆豆腐をひと口すくった。


熱々の豆腐と餡を口に運ぶ。


「……っ!これは!」


舌に広がったのは、

今まで味わったことのない鮮烈な辛さだ。

でもただ辛いだけじゃない…


香辛料の豊かな香りに、

肉の旨味、豆腐と言う物のなめらかな食感。更に後からじわりと広がってくる深いコク。

辛さの奥に、しっかりとした旨味がある。


「これは美味いっ…!」


思わず声が漏れた。


これは良い…

辛さが口の中を刺激するたびに、

身体の奥から食欲が湧き上がってくる…

もう一口、もう一口と手が止まらなくなる。


俺は白いご飯を一口頬張り、

続けて麻婆豆腐を口に運んだ。


熱々の麻婆豆腐と、ふっくら炊かれた甘みのあるお米。

相性が悪いはずもない…


麻婆豆腐の辛さと旨味を、

ご飯が優しく受け止めてくれる。

ご飯を食べれば、また麻婆豆腐が欲しくなってくる。

麻婆豆腐を食べれば次はご飯が欲しくなる。

これは「無限ループ」だ。


「ハハッ。これは良い!」


気づけば、自然と笑みが溢れていた。

こんな風に食事を楽しんだのはいつ以来だろうか…


普段の俺は、仕事の合間に腹を満たすことばかり考えていた。食事は必要なもの。

忙しい時は軽くスープ等で済ませることもあった。


いつの間にか、そんな考えが当たり前になっていた。


しかし、目の前の料理は違う。


一口食べるたびに、もっと食べたいと思う。次の一口が楽しみになるような料理。

ただ腹を満たすだけではない。

食べる事がこんなにも楽(・)し(・)い(・)も(・)の(・)だったとは…


俺は夢中でスプーンを進めた。


途中で汁物を口にして一息つき、

再び麻婆豆腐へと手を伸ばしていく。

口の中に残る辛さも心地よく、額にはじんわりと汗が浮かんできた。


それでも、食べる手を止める気にはならなかった。


皿の上にあった麻婆豆腐は少しずつ減っていき、白いご飯も残り僅かになった。


最後の一口を食べ終えた。


「――ふぅ、ご馳走さんでした。」


自然と言葉がこぼれる。

腹は満たされ、体もぽかぽかと温かい。


店に入る前まで胸の中に居座っていた、

あの重たい疲れも少し軽くなった様な気がする。

仕事が楽になったわけではない。

また明日になれば仕入れや商談、

帳簿の確認が待っている。

やることは今日と大して変わらないだろう。


――それでも…


「また来よう…」


ぽつりと呟いた。

この麻婆豆腐をもう一度食べたい。

またここで食事を楽しみたい…

そう思えるものに出会えただけで、

明日が少し楽しみになった気がする。


会計を済ませ店を出る。


来る時はただ疲れた足を動かしていただけだった。

けれど今は心なしか足取りが軽い。


「さてと…また明日も頑張るとするか…」


俺には商人としての仕事がある。

面倒な事もあるし、同じ作業の繰り返しにうんざりする日々が続くだろう…


でも俺には楽しみが一つできた。

またあの店に行って美味い飯を食べよう。


そのためにも、

明日からの仕事をきちんとこなしていこう。


そんな事を考えながら俺は歩みだした。


来るときには気づかなかった夜の風が、妙に心地よかった…

読んでくださりありがとうございました。

本日は商人視点で書いてみました。


食事は毎日当たり前のようにする事ですが、

改めて考えてみると、どんなに忙しい人にも訪れる、日々のToDoリストの中にそっと埋め込まれた幸せな一時なんだなぁと思います。

現代の忙しい毎日の中だからこそ、

食事の時間を楽しみたいですよね。


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