【第16話】お粥といつも頑張るあなたへ
異世界に何故か飛ばさせてしまった料理人「坂本」は腹を空かせたお客に温かい普通のごはんを振る舞うハートフルストーリー…
いつも通り営業するはずだったのだが…
朝いつもなら香ばしい料理の匂いが漂い始める時間になっても、店の厨房には静けさが広がっていた。
カウンターもテーブルも綺麗に拭かれ、
営業の準備は出来ているが店主である坂本の姿だけが見当たらない。
「坂本さんー!
そろそろお店を開ける時間ですよぉー?」
シャルロットは坂本の部屋の前で声をかけた。しかし返事はない。
いつもなら「おぅ、もう少し待ってくれ!」
といった声が返ってくるはずなのに
今日は妙に静かだ。
不審に思ったシャルロットが住居部分へ向かうと、寝室の扉が少しだけ開いていた。
「坂本さん。入りますよー?」
そっと中を覗き込んだシャルロットは、
ベッドに横たわる坂本を見て目を丸くした。額には汗が浮かび、頬は赤く染まっている。髪が乱れ見るからに具合が悪そうだ。
「さ、坂本さん!?どうしたんですか!
大丈夫ですか?」
「――あ、あぁ、シャルロットか…
わりぃな、ちょっと風邪を引いたみたいだ。」
坂本は掠れた声で答えた。
起き上がろうとしたが身体に力が入らないのか、すぐに枕へ頭を戻してしまう。
「もう!まったく…
ちょっとじゃないでしょ!
顔が真っ赤ですよ!熱は測ったんですか?」
「――いいや、まだだ…」
「もう!
どうしてそんな状態になるまで黙ってるんですか!」
シャルロットは慌てて水を用意し、
濡らしたタオルを坂本の額に乗せた。
それから体温計を探し出して熱を測ると、表示された数字を見て顔を青くした。
「わぁ!
こんなにも熱があるじゃないですか!」
「やっぱりか…。
熱はあるだろうなとは思ってたんだよ。」
「思ってた、じゃないですよ!
今日は臨時休業です!
今日は安静にしてて下さいね!」
いつになく強い口調だった。
坂本は苦笑しようとしたが、
それすら辛いらしく目を閉じて小さく息を吐いた。
「――はぁ…すまねぇなぁ。
今日の飯なら昨日作ったやつが冷蔵庫にあるからな…」
「謝らないでください!
今はゆっくりして下さいね!」
シャルロットはそう言い切ると布団を整えた。
坂本はまだ何か言いたそうだったが、
彼女の真剣な表情を見てようやく大人しくなったようだ。
店の扉には、シャルロットが急いで書いた『本日は臨時休業とさせて頂きます』
という張り紙が掲げられた。
営業できない事を悔しがる坂本を見張りながら、シャルロットは看病に取りかかる。
水を替え汗を拭き、必要な物を手の届く場所へ置く。
「坂本さん、お水を飲んでくださいね!」
「おぅ、ありがとな……」
「食欲はありますか?」
「いや、今はねぇな…」
「分かりました。
無理に食べなくてもいいですからね!」
そう答えたものの、
シャルロットの表情は晴れなかった。
いつも厨房で手際よく料理を作り、
客の注文に応えている坂本が、
今はベッドから起き上がることさえ難しい。こんな姿を見るのは初めてだった。
昼を過ぎた頃、店の扉を叩く音が聞こえた。
「おーい、坂本よぉ!
今日は店が開いてねぇみたいだがどうしたんだよぉ?」
聞き覚えのある声に扉を開けてみると、
そこには常連客のガルドが立っていた。
漁師の仕事を終えいつものように定食を食べに来たらしい。
「もしかして、坂本に何かあったのか?」
「はい…
実は、風邪を引いて熱を出してしまって……今は寝込んでいるんです。」
「何だとぉ!?あいつがか!」
ガルドは驚いた顔をした。
坂本が体調を崩して店を休むなど、ガルドにとっても意外なことだった。
「おいおい…大丈夫なのかよぉ!?」
「熱が高くて、まだ辛そうです。
看病をしてるんですが…」
「なるほどな!
なら、これを渡してくれ!」
ガルドは手にしていた籠を差し出した。
中には新鮮な魚と、漁師仲間から分けてもらった果物が入っていた。
「俺に出来る事なんて大した事じゃねぇが、食べられそうな物があれば使ってくれぇ。
坂本にはいつも世話になってるからな!
ガッハハ!!」
「…ガルドさん、ありがとうございます!」
「礼なんていらねぇよ!
元気になったらまた美味い飯を食わせてもらわねぇとなぁ!ガッハハ!!」
ガルドはそう言って豪快に笑った後、
坂本の事を頼むと告げて帰っていった。
シャルロットは受け取った籠を見つめた。
坂本の料理を食べるために毎日のように訪れるガルドが今日は坂本を心配してわざわざ見舞いに来てくれたのだ。
――坂本はただ料理を作っているだけではなかった。
毎日の食事を通して、知らず知らずのうちに人とのつながりを築いてきたのだろう…
「……私も、頑張らないと!」
シャルロットは小さく呟き、厨房へ向かった。
夕方になっても、坂本の熱はすぐには下がらなかった…
水分を取らせ汗を拭き、様子を確認する。
何か食べられるものを用意しようと思ったシャルロットは、厨房で腕を組んだ。
「うーん…熱がある時って、
何を食べれば良いんでしょうか…
あっ、あれなら…!」
突然、彼女は米を取り出した。
鍋に水と米を入れ焦がさないように気をつけながら、ゆっくりと煮ていく。
塩を少しだけ加え、柔らかくなるまで火を通していく。
出来たのはシンプルな白粥だった。
見た目は決して華やかではない。
坂本が普段作る料理と比べれば、
ずっと素朴なものだ。
それでもシャルロットは、何度も味を確かめながら、
出来る限り食べやすく仕上げていく。
「坂本さん、少し食べられそうですか?」
寝室に戻ると坂本はゆっくり目を開けた。
「――お、何か良い匂いがするな…」
「はい、以前教えてもらったお粥を作ってきましたよ。」
シャルロットはお椀を差し出した。
坂本は上半身を起こすのを手伝ってもらい、スプーンでお粥をすくった。
ひと口、口に運ぶ。
「……うん、美味い。
以前よりも塩加減が決まっているな!」
その言葉にシャルロットはぱっと顔を明るくした。
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ、こういう優しい味が有難い…」
「――良かったぁ…」
ほっとしたシャルロットの声が、少しだけ震えた。
彼女は坂本が食べ終えるまでそばにいて、
空になったお椀を受け取った。
「ありがとうな、シャルロット。美味かったよ。」
「いえいえ!
いつも坂本さんにお世話になってるので
これくらい当然です!」
そう言いながらもシャルロットは嬉しそうだ。
夜になると、坂本は少しずつ眠れるようになった。
シャルロットはそばで何度も額のタオルを替えながら様子を見守った。
眠りについた坂本の顔は昼間よりも幾分穏やかになっている。
「――いつも私達を気遣ってくれてるんですよね…」
小さく呟いた声は、
静かな部屋に溶けていった。
坂本が目を覚ますと、昨日よりも身体が軽くなっていた。
額に手を当ててみると、熱も少し下がっているようだ。
「……おはようございます、坂本さん!」
椅子に座ったままうとうとしていたシャルロットが、目を覚まして顔を上げた。
「シャルロット、
まさかずっとここにいたのか?」
「途中で少し眠りましたけど、
その…坂本さんが心配だったので…」
「そうか、ありがとよ。
本当に助かったよ。」
坂本がそう言うと、
シャルロットは照れくさそうに頬を掻いた。
「まだ病み上がりなんですから、
今日もお店はお休みですからね!」
「いやぁ、でもよぉ…」
「でもよぉ…じゃありません!!」
ぴしゃりと言い切られ、
坂本は思わず苦笑した。
「やれやれ…
分かったよ。今日は大人しくしているよ。」
「もう!約束ですよ!」
その日の昼頃、再びガルドが見舞いに訪れた。
坂本の顔色が昨日よりよくなっているのを見ると、ほっとしたように大きく息を吐いた。
「おぅ、坂本ぉ!
少しはマシになったみてぇだなぁ!!」
「あぁ…心配をかけてすまねぇな!」
「おいおい、謝るなよ!
いつも飯を食わせてもらってるんだ。
たまには休めよ!ガッハハ!」
ガルドはそう言って笑い、シャルロットにも礼を伝えた。
彼が帰った後、坂本はしばらく考え込むように窓の外を眺めていた。
「――俺は、幸せ者だな…」
「え?」
「いつも店に来てくれる客が心配してくれて、シャルロットもこうして看病してくれた。
普段は料理を作る事ばかり考えていたが、
俺もずいぶん周りに支えられていたんだ。」
シャルロットは微笑んだ。
「坂本さんがいつも私たちにしてくれている事ですよ。
美味しいご飯を作って、疲れている人を元気にして……。
だから今度は私達が坂本さんを元気にする番です!」
坂本は少し驚いたあと、穏やかに笑った。
「――おう、ありがとな!」
数日後、坂本はすっかり回復し、
店はいつものように営業を再開した。
扉を開けるとガルドが真っ先にやって来ると
「もう大丈夫なんだろうなぁ!?」
と念を押すように尋ねた。
「あぁもう問題ねぇよ。心配をかけたな!」
「そうか!
でもよぉ、無理はすんじゃねぇよ?」
「おう。」
厨房では、シャルロットがいつものように準備を手伝っていた。
坂本は彼女に目を向け、改めて礼を言った。
「シャルロット、本当にありがとな!」
「もう、何度目ですか。
お礼なら十分聞きましたよ!」
「それでも、言っておきたかったんだ」
シャルロットは少しだけ頬を赤くし、照れ隠しのように厨房へ向き直った。
「……じゃあ、今日はいつも以上に頑張って下さいね!
お客さん達が坂本さんの料理を待ってるんですから!」
「勿論だ!」
坂本は笑っていつものように鍋に火を入れた。
――店の中に、温かな料理の香りが広がっていく……
誰かを元気にするために料理を作る。
その気持ちは、これからも変わらない。
けれど坂本は知った。自分が倒れた時にも、支えてくれる人達がいることを。
そして、そんな人たちの存在こそが、
自分にとって何よりの力になるのだと…
今回は少しいつもと違うお話を書いてみました。
いかがでしたでしょうか…?
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