【第13話】ベテラン漁師と刺身定食
異世界に何故か飛ばさせてしまった料理人「坂本」は腹を空かせたお客に温かい普通のごはんを振る舞うハートフルストーリー…
本日のお客はいつもやってくる常連さん…
だがある一品が少し問題で…?
「おぅ、坂本ぉ!
今日も飯を食いに来たぞ!」
昼時の『坂本さんの異世界飯処』に、野太い声が響き渡る。
ガラッと勢いよく扉を開けて入ってきたのは、日に焼けた肌にがっしりとした体格の男、マルコだ。
この街で長年漁師をしている男であり、坂本の店に足繁く通う常連客でもある。
「うるせぇなぁ…
まだお客がいるんだから少しは静かにしてくれよ。」
「相変わらず愛想がねえな、お前は!
ガッハハ!」
「お前に愛想振りまいてどうすんだ。
ほらいつもの席に座りな。」
「よぉシャルロットちゃん!
今日も元気そうだなぁ!」
「はい!今日もお元気そうですね。」
「おうよ!
海の男は元気だけが取り柄だからな!」
「声のでっけぇところも取り柄だろ。
ほらほら近所迷惑だから少しは抑えろよぉ。」
「ガッハハ!そいつは無理な相談だなぁ!」
ガルドは豪快に笑いながら、いつもの席に腰を下ろした。
漁から戻った日も、思うように魚が獲れなかった日も、腹が減ればこの店にやって来る。坂本の料理は文句なしに美味いし、
余計な気遣いをせずに済むところも気に入っていた。料理について遠慮なく感想を言えば、坂本も満足そうに笑う。
そんなやり取りも、すっかり日常の一部になっている。
「で、今日は何が食えるんだ?」
「秘密だよ。少し待ってな。」
「おうよ!楽しみにしてるぜぇ。」
坂本は厨房へ戻り準備を進める。
魚の鮮度を確かめ、身の状態を見極めながら、一切れずつ丁寧に包丁を入れていく。
白身魚は身の繊維を見ながら切り分け、
赤身魚は旨味と食感を楽しめる厚さに整える。皿の上に並べれば、透き通るような白身と鮮やかな赤身が美しい彩りを作り出した。
そして今日はもう一品ある。
刺身に使った魚の頭や中骨などを丁寧に下処理し、熱湯をかけて表面の汚れや余分な臭みを取り除く。そこから鍋に移し、魚の旨味をじっくりと引き出していく。煮立たせすぎないよう火加減を調整し、浮いてくるアクを丁寧にすくう。やがて鍋からは、魚の濃厚な旨味と味噌の香りが混ざり合った、食欲をそそる匂いが立ち上ってきた。
そう、今日は味噌汁の代わりにあら汁なのだ。
坂本は汁の味を確かめ、満足げに頷いた。
「よっしゃ、大丈夫だな!」
炊きたての白米に刺身の盛り合わせ、
魚の旨味がたっぷり溶け込んだあら汁、
そして口直しの小鉢。
すべてをお盆に載せ、坂本はガルドの席へと向かった。
「お待たせさん、今日の日替わり定食だ。」
「おうおう、来たか!
――って、なんだこりゃ!?」
ガルドは盆の上を見て、ぴたりと動きを止めた。白いコメとコバチ、
それに湯気の立つスープ。そこまではいい。しかし、中央の皿に並んでいるのは、火の通っていない魚の切り身だ。
「――おい、坂本よぉ…」
「あ、どうした?何か足りないか?」
「いやいやそうじゃねぇ。
それよりこの魚、生じゃねぇか?」
「そらそうだ。」
「そりゃ分かるぜ!俺は漁師だぞぉ。
魚を見間違えるわけねぇだろうがよ!」
「おう、なら何を聞いてんだ?」
「なんで生なんだって聞いてんだよ!」
ガルドの声が店内に響いた。
近くの客が何事かと振り返り、シャルロットも厨房から顔を出した。
「ガルドさん、どうかしましたか?」
「どうかしたも何も、シャルロットちゃん! 見てみろよぉこれ!
坂本の野郎、生の魚をそのまま出してきやがったんだ!何て奴だ!」
「まぁまぁ落ち着いて下さい、ガルドさん。今日は刺身定食なんですよ。」
「さ、サシミってのは何だ?」
聞き慣れない言葉に、ガルドはますます困惑した。
この街では、魚は火を通して食べるものだった。焼く、煮る、揚げる。保存するなら干物にする。漁師であるガルドにとっても、それが当たり前の食べ方だった。魚を生のまま食べるなど、考えたことすらない。
新鮮な魚であっても、生で食べるのは危険だという考えが街全体に根づいているのだ。
「おい坂本、冗談はよせよ。
魚を生で食うなんて聞いたことがねぇぞ。
腹を壊したらどうするんだ!」
「鮮度の悪い魚を刺身にはしねぇよ。
魚を扱うなら、そこから気をつけるのが当たりめぇだ。」
坂本は呆れたように答えた。
「生魚は鮮度が命だ。獲れた魚をどう扱うかで、味も安全性も変わっちまう。
俺はその辺を適当にやってねぇよ。」
「――だ、だがよぉ…」
ガルドは皿を見つめた。
魚の鮮度を見極めることなら、誰にも負けない自信がある。
目の澄み具合、身の張り、鱗の状態。魚を見れば、どれほど新鮮なのか大体の見当はつく。
目の前の刺身は、間違いなく新鮮だ。
だからこそ、余計に理解できなかった。
こんなに新鮮な魚を、何故わざわざ火を通さずに食べる必要があるのか。
「……本当に食えるんだろうな?
死なねぇだろうなぁ…?」
「何言ってるんだ?食えねぇ物を客に出すかよ。」
「お前には驚かされてばっかりだからなぁ。
分かった、分かった食ってやるよ!」
威勢よく言ったものの、ガルドの手はなかなか伸びなかった。
器用に箸で白身魚を一切れつまみ、しばらく眺める。白く透き通った身は、光を受けてかすかに輝いていた。
「――ふぅ…じゃあ頂くとするぜ?」
意を決して、ガルドは刺身を口に運んだ。
その瞬間、彼の動きが止まった。
「…………」
まず感じたのは、魚の甘みだった。
火を通した魚には、焼き目の香ばしさや、煮汁に溶け込む濃厚な旨味がある。
だが、この料理は違う。
噛むほどにじんわりと広がる自然な甘みと、舌に伝わる滑らかな食感。
余計な味付けがないからこそ、魚そのものの味がはっきりと感じられる。
ガルドはゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ。
「……なんだ、こりゃ…」
「何だって…魚だって言ってるだろ。」
「そういう意味じゃねぇよ!」
思わず声を荒らげたガルドは、もう一度皿を見つめた。
「こんな味、初めてだ…。
俺は何十年も魚を扱ってきたんだ。
毎日、海に出て魚を獲ってる。
いろんな魚を食ってきたつもりだった。
それなのに、こんな食い方があったなんて知らなかったぜ…」
「まぁ魚を獲るのと、魚を料理するのは別の仕事だからな。」
坂本は当然のことのように言った。
「焼き魚には焼き魚の良さがある。
煮魚だってそうだ。
だがよぉ、生で食うからこそわかる味もある。魚の種類によって食感も違えば、旨味の出方も違う。
全部同じじゃねぇんだよ。」
ガルドは黙って聞いていた。
彼は魚を知り尽くしていると思っていた。
どの魚がうまいのか、どこで獲れるのか、どんな天候なら漁に向いているのか。長年の経験で培ってきた知識と勘は、ガルドにとって誇りだった。
しかし、それはあくまで漁師としての知識だった。魚を獲り、その鮮度を保ち、市場へ届ける。食べるときには火を通す。
それが当たり前だと思っていたのだ。
しかし目の前の料理がその当たり前を覆していた。
ガルドは今度、赤身の魚を口に運んだ。
さっき食べた魚とは違いしっかりとした旨味がある。
噛むほどに濃厚な味わいが広がるのだ。
さらに別の魚を食べると、今度は歯ごたえが違った。同じ魚という食材なのに、種類が違えばこんなにも味わいが変わるのか。
「――うめぇ…。こいつぁはうっめぇぞ!」
ガルドは夢中で刺身を食べ進める。
白いご飯をかき込み、刺身をひと切れ。
時折、小鉢を挟みながら、箸は止まらない。最初の警戒心など、すっかり消え失せていた。
やがて刺身の皿が空になると、ガルドは湯気の立つ椀を手に取った。
「こっちはいつもの味噌汁か?」
「あぁ…まぁ味噌汁ではあるが、
今日はあら汁だがな!」
「アラジル?アラジルってのは何だ?」
「魚の頭や中骨なんかを使って出汁を取った汁だ。
身だけ使って終わりじゃ、もったいねぇからよ。」
ガルドは椀を鼻に近づけた。
味噌の香りに混じって、魚の濃厚な香りが漂ってくる。普段飲む汁物とは違う、深みのある匂いだった。
「魚の頭や骨から、出汁を取るのか?
そんな事したこともねぇな…」
「そうなのか?まぁ、下処理をきちんとすりゃ、臭みも抑えられる。
魚の旨味がしっかり出るんだよ。」
ガルドは興味深そうに椀の中を覗き込んだ。汁の中には魚の頭の一部や中骨、ほろりと崩れそうな身が入っている。
恐る恐る口をつけ、一口すすった。
「………!こっ、これは!?」
味噌の塩気の奥から、魚の旨味がじわりと広がる。
刺身で味わった繊細な甘みとは違い、こちらは濃厚で力強い旨味を感じる。
魚の脂が汁に溶け込み、味噌の風味と一体になっている。
飲み込んだ後も魚の旨味が口の中に残った。
ガルドは思わず、もうひと口すすった。
「――おい、坂本よぉ…」
「ん?何か問題があったか?」
「この汁、すっげぇうめぇぞ!」
「おう、そりゃ良かった!」
「いや、そうじゃねえ。俺は魚の頭や骨なんざ、売り物にならねえからって捨てることもあるんだ。
もちろん、身を取れるところは取るが、わざわざ汁にするなんて考えたこともなかったぜ。」
ガルドは椀の中に目を落とした。
頭の周りについた身を箸でほぐして口に運ぶ。柔らかい身から、さらに濃い旨味が広がった。
「――調理の仕方次第でこんなに美味くなるのかよ。」
「魚は身だけでできてるわけじゃねえからな。頭には頭の、骨には骨の良さがある。
使えるもんは使う。それがプロの料理人ってやつだよ。」
坂本はあっさりと言った。
「もちろん、何でもかんでも使えばいいってわけじゃねぇ。魚の種類も状態も見極める必要がある。
だがな、最初から捨てると決めつけるのは早えだろぉ?」
ガルドは返事をせず、あら汁を飲み続ける。刺身で魚の新しい旨さを知ったと思ったら、今度は普段なら見過ごしていた部分に、こんなにも豊かな味わいが隠れていた。
自分は長年、魚を獲ることに人生をかけてきた。どんな魚がどこにいるのか、どうすればたくさん獲れるのか。そんなことばかり考えていた。
しかし、獲った魚がどんな料理になり、どんな味を生み出すのかについては、まだ知らないことが山ほどあるのかもしれない。
そう思うと、ガルドの胸の奥が妙に熱くなった。
最後のひと口を飲み干し、空になった椀を置く。ガルドは満足そうに息を吐いた。
「――ごち。今日も最高だったぜぇ…」
「おう。そりゃ良かった。」
ガルドはしばらく空になった皿を眺めていたが、やがて坂本に顔を向けた。
「なあ、坂本よぉ…」
「あ?どうした?」
「俺が獲ってきた魚も、こんな風にに食えるのか?」
坂本は腕を組み、少し考えた。
「ふぅむ…魚を見てみねえと何とも言えねぇなぁ。
種類によっては毒を持っている種類もあるし、鮮度の管理だって必要だ。
何でもかんでも生で食えばいいってもんじゃねぇよ。」
「――そうか、難しいのだな。」
「だが、可能性はあるぜ。
お前は漁師だ。魚の事についてお前は俺よりよく知ってるだろ?
そして俺はその魚を最適な調理方法で仕上げていく。それが料理人としての仕事だ。」
ガルドは目を丸くした。
坂本は、魚を獲る漁師の仕事を軽く見ている訳ではなかった。
むしろ、漁師が海から持ち帰る魚がなければ、料理人は腕を振るうことすら出来ない。そのうえで、自分の仕事に誇りを持ち、食材の可能性を探っているのだ。
「……ふっ。流石だなぁ。お前はよ!」
「流石って…何言ってるんだよ。」
「ガッハハ!いや、何でもねぇよ!」
ガルドは立ち上がると、腹をさすりながら豪快に笑った。
「よし、決めたぜぇ!
今度、面白そうな魚が獲れたら持ってくる。 もちろん、売り物になるような新鮮なやつをな!」
「おいおい…勝手に決めんなよ。
持ってくるなら、ちゃんと話を通せよな!」
「分かってるって!ガッハハ!!」
「さっきまで静かだったのに…
うるさいやつだなぁ…」
シャルロットは二人のやり取りを見て、くすりと笑った。
「ガルドさん。
次にいらっしゃるのが楽しみですね!」
「おうよ!
今度は俺が驚かされるだけじゃ終わらねぇぞぉ!」
「いや、お前が何をするつもりか知らねぇが、まずは静かにしろ!」
坂本に追い払われるように店を出たガルドだったが、その顔には満面の笑みが浮かんでいた。
街へ出ると、潮の香りが風に乗って鼻をくすぐった。いつもと変わらない港の匂い。
しかし、ガルドには今日の海が少し違って見えた。
魚を獲る。それだけが漁師の仕事だと思っていたわけではない。
だが、自分の獲った魚が、知らない誰かの手によって思いもよらない料理に変わる。
そんな可能性を、今日初めて実感したのだ。
「へへっ!漁師としての腕がなるぜ…」
ガルドは港へ向かって歩き出した。
明日も海へ出る。いつも通り魚を獲る為に。そして今度は、これまでとは少し違う目で魚を見てみようと思った。
一方、店ではシャルロットが食器を片付けていた。
「坂本さん、ガルドさん、とても喜んでいましたね!」
「そりゃ、美味い飯を食わせたんだからなぁ。」
「ふふっ。
次はどんな魚を持ってきてくれるんでしょうね!」
「どうだろうなぁ…
まぁ変なもん持ってきやがったら、突っ返してやるよ。」
そう言いながらも、坂本の口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
魚を獲る者がいて、料理する者がいる。
その二つが合わさることで、食材は新たな魅力を見せることがある。
今日の刺身定食はガルドにその事を教えた一品だったのだ。
読んでくださりありがとうございました。
皆さんは好きなお刺身は何でしょうか…?
マグロにサーモン、ヒラメにつぶ貝…沢山の好きなお刺身をこの小説の中に書こうと思ったんですが長過ぎたのでやめました…
(悲しいです……)
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それではまた次の営業でお会いしましょう…




