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坂本さんの異世界飯処  作者: とま坊


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12/21

【第12話】落ちこぼれ魔法使いとシチュー定食

異世界に何故か飛ばさせてしまった料理人「坂本」は腹を空かせたお客に温かい普通のごはんを振る舞うハートフルストーリー

今日のお客様は魔法使い。

でもなかなか成績が良くなく困っているようで…

「――はぁ、また失敗か…」


魔法学校の教室に、少女の小さな呟きが落ちる。サリーは杖を握りしめたまま、目の前の机を見つめていた。

机の上には、魔法の授業で使う小さな木箱が置かれている。

本来ならば、簡単な浮遊魔法で宙に浮かせるはずだった。

しかし、サリーが何度呪文を唱えても、木箱はぴくりとも動かなかった。


「はぁ…サリー、もういい。

次の生徒と交代しなさい。」


教師の言葉に、サリーは肩を落とした。


「――はい、分かりました…」


教室のあちこちから嘲笑の声が聞こえてくる…


「見てみろよ!また失敗してるぜ。」


「入学した頃から全然上達しないよねぇー。」


「ぷぷぷ、本当に魔法使いの適正あるのかなぁ…?」


聞こえないふりをして、サリーは自分の席へ戻った。けれど、耳に入ってしまった言葉は、頭から離れてくれなかった。


私は魔法の練習は毎日欠かさず続けている。授業が終わった後も、家に帰ってからも、

何度も何度も呪文を唱えてきた。

それなのに、周りの生徒たちは次々と魔法を習得していく一方で、サリーだけが取り残されていた…


「はぁ、努力が足りないのかなぁ…」


そう呟いてみても、答えは出なかった。

授業が終わると、サリーは誰とも話さずに学校をあとにした。

夕暮れの街を、とぼとぼと歩いていく。

家に帰っても、きっと魔法の練習をするだけだ。

しかし、もう杖を握る気力さえ残っていなかった。


―――ふわん…


ふと、どこからか食欲をそそる匂いが漂ってきた。


「――何この匂い…。いい匂い…。」


香ばしい肉の匂いと、野菜を煮込んだような優しい香り。気づけば、サリーのお腹が小さく鳴っている。

そういえば、昼食もほとんど食べていなかった。魔法の練習に夢中になるあまり、食事を抜くことも珍しくない。

今日も失敗続きで食欲がなかったのだが、

匂いとは不思議なものだ。

どんどんお腹が空いてくる。


匂いをたどっていくと、一軒の店が目に入った。

看板には、『ごはん処 坂本』

と書かれている。


「へぇ、こんなお店あったんだ…。」


少し迷ったものの、空腹には勝てなかった。サリーはそっと扉を開ける。


「ようこそ!いらっしゃいませ。」


明るい声で出迎えたのは、店員のシャルロットと言う少女だった。


店内には、料理のいい匂いと穏やかな空気が満ちていた。サリーが戸惑いながら席に座ると、厨房から一人の男が顔を出した。


「おう、見ねぇ顔だな!

ここは日替わりしかねぇが良いか?」


坂本は、サリーの顔をちらりと見た。

疲れ切った表情に、力のない目。

どう見ても元気いっぱいとは言い難い様子だった。


「えーと…温かいものですか…?」


「おう、今日はシチュー定食だ。アツアツだぜぇ?」


「し、しちゅー…?」


聞いたことのない料理だった。


「あぁ、肉と野菜を煮込んだ料理だ。

腹も膨れるし今の秋頃には丁度いいぜ?」


「じゃあ、それでお願いします…」


「よし。シャルロット、先に水を出してくれ。」


「はーい!」


坂本は厨房へ引っ込むと、さっそく準備に取りかかった。


鍋の中では、じっくり煮込まれた肉と野菜が、白いソースの中でコトコトと踊っている。

玉ねぎ等の野菜の甘み、肉の旨味、香辛料のほのかな香り。

それらが混ざり合い、食欲を刺激する豊かな匂いを生み出している。

鍋の様子を確かめながら火加減を調整し、

肉が硬くならないように、野菜が煮崩れないようにしていく。そこがプロの技なのだ。


そして具沢山のシチューが白い深皿によそわれ、横には焼きたてのパン、新鮮な野菜のサラダをお盆に乗せる。


「よっしゃ、お待たせさん!」


坂本が料理を運んできた。


「わあ……」


サリーは思わず声を漏らした。

真っ白なスープからは湯気が立ち上り、

柔らかそうな肉や色鮮やかな野菜が顔を覗かせている。見ているだけで、冷え切った体が温まるようだった。


「温かいうちに食べな。」


「――は、はい。いただきます。」


サリーはスプーンを手に取り、シチューを一口すくった。

白いソースをたっぷり絡めた肉を口に運ぶ。


…その瞬間、彼女の目が大きく見開かれた。


「……っ!」


柔らかい。スプーンで簡単にほぐれるほど煮込まれた肉は、噛むたびに旨味が溢れ出す。濃厚でありながらくどさのないソースが肉の味を引き立て、口の中いっぱいに優しい美味しさが広がっていく。


続いて、オレンジ色の野菜を口に運ぶ。

ほんのりとした甘みがあり、ソースとの相性も抜群だった。

白いカクカクとした物はホクホクとしていて、透明な野菜はとろけるほど柔らかい。

どの具材にも、鍋の中でじっくりと染み込んだ旨味が詰まっていた。


「お、おいしい……!」


思わずこぼれた言葉に、坂本は厨房からちらりと視線を向けた。


「お、美味いか!そりゃよかった。」


サリーは夢中で食べ進めた。

パンをちぎってシチューに浸せば、

ソースが染み込んでさらに美味しい。

口に運ぶたびに、体の奥から温かさが広がっていく…


――気づけば、先ほどまで胸の中を占めていた嫌な気持ちが、ほんの少しだけ薄れていた


最後のひと口を食べ終えたサリーは、満足そうに息をついた。


「ふぅ…ごちそうさまでした。」


「お、綺麗に食べたなぁー。」


坂本が空になった皿を見て、ニカッと笑う。

しばらく迷っていたサリーだったが、やがてぽつりと口を開いた。


「……あの。私、魔法使いなんです。」


「へえ。そりゃすげぇな。

もしかしてあそこの学校の学生さんか。」


坂本は特に驚いた様子もなく答えた。


「でも、魔法が全然上手く出来なくて…

学校でも失敗ばかりで、みんなに笑われてるんです。

毎日練習しているのに、何をやっても駄目で先生にも、才能がないのかもしれないって言われました。」


――話しているうちに、サリーの声はだんだん小さくなっていった…


「――私、才能無いのかな…」


最後の言葉は、ほとんど独り言のようだった。

坂本は腕を組み、少しだけ考えるような顔をした。それから、あっさりと言った。


「知らねぇなぁ…」


「……え?」


「俺は魔法なんて使えねぇし、

お前に才能があるかどうかなんて分からん。そんなもん、俺に聞かれても困るだけだ。」


サリーは俯いた。

やっぱり、自分には何もないのだろうか。

せっかく美味しい料理を食べて少し元気が出たのに、結局、何も変わらない。


しかし、坂本は続けた。


「だがな、ひとつだけ言える事があるぞ。」


「……え、なんですか?」


「お前、さっき飯を食ってる時、

凄く幸せそうな顔してたぞ。」


サリーはきょとんとした。


「飯を食えば、腹が膨れる。

腹が膨れりゃ、少しは元気も出る。

元気が出りゃ、また明日も頑張れるかもしれねぇ。人間ってのはそういうもんだろ?

魔法の成績が悪いからってずっと下を向く必要はねぇよ。

学校で何があったか知らねぇが、

少なくとも、ここで飯を食ってる間くらいは余計なことを考えずに食え。

せっかくの料理がもったいねぇだろ?」


その言葉に、サリーは目を伏せた。


魔法がうまく使えなければ、もっと練習しなければならない。成績が悪ければ、もっと努力しなければならない。

そう思って、いつからか食事をする時間さえ惜しいと感じるようになっていた。


けれど、坂本はそんな彼女に、ただ飯を食えと言った。ただそれだけのことなのに、

なぜだか胸が温かくなった。


「……はい。」


サリーは小さく頷いた。


「ごちそうさまでした。

本当に美味しかったです!」


「おう。また来てな。

腹が減ってたら、ろくな事考えられねぇからなぁ。」


店を出ると、夜風が頬を撫でた。

サリーは空を見上げた。

魔法が突然上手く使えるようになったわけではない。

明日また学校へ行けば、また失敗するかもしれない。

周りの生徒たちに追いつける確証だってない。


それでも、今は少しだけ気持ちが軽かった。


明日も練習してみよう。

上手に出来なかったらまた考えればいい。

少なくとも、お腹が空いたら、あのお店に行けばいいのだから…


「……よし!」


サリーは小さく拳を握り、歩き出した。

その背中を店の窓から見送っていたシャルロットが坂本に声をかけた。


「坂本さん。あのお客さん少し元気になったみたいですね!」


「そうだな…。

俺は料理をする事しか出来ねぇからな。

まぁ良かったよ。」


「ふふっ。坂本さんらしいですね!」


「何だそりゃ。

ほらほら洗い物が待ってるぞぉー。」


「はーい!」


シャルロットは笑顔で返事をし、空になった食器を片付け始めた。

坂本も厨房へ戻り明日の仕込み準備に取りかかる。


誰かの人生を変えようなんて、そんな大それたことを考えているわけではない。

ただ、腹を空かせた客に、美味しい飯を食わせる。

それが坂本の仕事だった。


けれど、ときにはその一皿が、誰かの心を救うこともある。


今日の定食もまた、そんな一皿だったのかも…?しれないのであった…

読んでくださりありがとうございました。

今回は魔女と言えば…シチュー!と言うことでこの物語を書かせて頂きました。

シチューと言ってもトマトシチューもありますが皆さんはどっち派でしょうか…?

私はクリームシチュー派です。

(コーンも入れる人です。)


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