【第11話】偏食令嬢とカレーライス
異世界に何故か飛ばさせてしまった料理人「坂本」は腹を空かせたお客に温かい普通のごはんを振る舞うハートフルストーリー…
お祭りで出した特製弁当で坂本の店は更に有名になっていった。
ある日その店に一つの馬車がやってきて…?
是非ご覧くださいませ。
「……ほ、本当に、この店なのですか?」
馬車から降りた金髪の少女は、目の前に建つ小さな店を見上げた。立派な門構えもなければ、華やかな装飾もない。どう見ても、貴族が足を運ぶような店には見えなかった。
「お嬢様、例の弁当を作った店はこちらで間違いないようです。」
付き添いの者が答える。
「信じられませんわ……!」
少女は不満げに眉をひそめる。
彼女の名は、アレミア・クラリス。
由緒あるアレミア家に生まれ、
幼い頃から一流の料理人の食事を食べていた。
ただし、一つだけ大きな問題があった。彼女は極度の偏食家だったのだ。
気に入らない料理には一切手をつけず、どれほど腕のいい料理人が作ったものでも、口に合わなければ容赦なく突き返す。
そんな彼女が今回、わざわざ店まで足を運んだのには理由があった。
祭りで振る舞われたという、ある料理人の弁当。
その評判は、いつしか他国の重鎮たちにまで広がっていた。
【一度食べれば、今までの料理観が変わる】
そんな話まで耳にしたのである。
「……まあ、不味くても話の種にはなるでしょう。」
アレミアは扉に手をかけた。
――カラン、コロン……
「お、いらっしゃい!」
店内から声が響く。
「……ここが、祭りで弁当とやらを出した店
ですの?」
「そうだよ。もしかしてあんたも弁当の噂を聞いたのか?」
厨房にいた一人の男が答える。
アレミアは一瞬、言葉を失った。
噂に聞いた料理人なら、もっと格式高く、客に対して丁寧な態度を取るものだと思っていたのだ。
「……あなたが、店主さん?」
「そうだよ。で、日替わり定食しかないがそれで良いか?」
「まあ……!もう少し礼儀というものを!」
「飯を食いに来たんだろ。で、食うのか?」
「なっ……!」
アレミアの頬がぴくりと動く。
「坂本さん、初めてのお客様なんですから、もう少し丁寧にしてくださいよー。」
シャルロットがほっぺを膨らまし、たしなめる。
二人のやり取りを見て、アレミアはますます困惑した。
他国の重鎮たちを唸らせた料理人が、こんな調子でいいのだろうか…
「……もう結構ですわ。
せっかく来たのですから、お料理をいただきますわ。」
「おう。待ってな!今日はカレーライスだ。
すぐ出来るからよ。」
「……カレー、ライス?」
聞いたことのない料理名だった。
「なんですの、それは?」
「まぁ、来てからのお楽しみだ。」
「説明くらいしてくださいませ!」
「うーん、説明かぁ…
まぁ、説明するより食ったほうが早えよ。」
「~~っ!」
厨房から漂ってくる香りにアレミアはふと眉をひそめた。
甘いような、それでいて鼻の奥をくすぐる様な嗅いだことのない不思議な匂いだ。
いくつもの香りが混ざり合い店内にゆっくりと広がっていく…
「これは何の香りですの?」
思わず口にしたアレミアにシャルロットは笑顔で答える。
「はい!これがカレーライスの匂いですよ。」
「そ、それは分かってますわ!
何を使っているのかを聞いているのです!」
「ごめんなさい…
私も何を入れてるか詳細は知らないんです。
何か四角い物を入れてるのは知ってるんですけど…」
シャルロットがそう言っている間にも、複雑な香りはますます強くなる。
そして店主が大きな皿を持ってやってきた。
白い粒の物の隣には茶色のソースがこれでもかとかかっている。
そのソースの中には角切りの肉らしき物や、カクカクとしたこれ又白っぽい物、オレンジの物がゴロリと顔を覗かしている。
豪華な飾りつけは一切ない、実に地味で庶民的な食べ物だ。
しかし、目の前の皿から漂うこの香りは、妙に食欲を刺激してくる…
「――いただきますわ…」
口に運ぶ。
そして――。
「…………」
アレミアの動きが止まる。
舌の上に広がる、複雑な香り。
野菜の甘みと肉の旨みが口いっぱいに広がる。
初めてだった。こんな複雑な食べ物は。
これは一体、何種類の食材を使っているのだろうか。
もう一口。
今度は、白いものとソースをしっかり混ぜて口に運ぶ。
「…………っ!」
思わず目を見開いた。
美味しい…
これが悔しいほどに美味しいのだ。
普段から一流の料理を食べてきた彼女でさえ、こんな味は知らなかった。
「どうだ?美味いだろぉ?」
坂本が尋ねる。
「……べ、別に。ふ、普通ですわ!」
アレミアは顔をそむけた。
「特別美味しいというわけではありませんわ。
ただ、少し変わった味がするだけですもの。」
「そうか。」
店主はニコニコと笑いながら厨房へと帰っていく。
その背中を見ながら、アレミアは慌ててスプーンを動かした。
もう一口。さらにもう一口。
……そう、手が止まらないのだ。
――彼女は知らなかった。
家で出されるソースは、素材の味を引き立てるような繊細な味だった。
料理人達は食材の持ち味を損なわぬように香りも味も積み木のように慎重に積み立てている。
しかしこの料理は何だろうか…
いくつもの香りが折り重なり、口の中でその香り同士が爆発していく。
どれか一つが突出している訳でも何のに確かな存在感がある。
「……美味しい…」
ぽつりと、声が漏れた。
「ん? なんか言ったか?」
「な、何も言っていませんわ!」
シャルロットが、くすりと笑う。
「ふふっ。良かった!
お口に合ったみたいですね!」
「ち、違いますわ。
これは味を確かめているだけですわ!」
「そうですか?」
「そうですわ!」
アレミアは勢いよく答えた。
しかし、その手は止まらない。
やがて、カチャリ…と音を立てて最後のひと口が消えた。
皿の上には、一粒のご飯も残っていない。
「…………」
アレミアは空になった皿を見つめる。
信じられなかった。
自分が、料理を残さず食べた。
それどころか、もっと食べたいとさえ思っている。
「……店主さん」
「なんだ?」
「……もう一皿、いただけますかしら。」
ほんの少しだけ、声が小さくなった。
坂本は振り返り、口元を緩めた。
「おう。待ってな!気に入ったのか?」
「べ、別にあなたの料理を気に入ったわけではありませんわ!」
「はいはい…待っててな。」
「本当ですわよ!」
「わかったわかった。福神漬けも食うか?」
「フクシンヅケ…?…何ですのそれは?
まぁ…食べてみるとしましょう。
お願いしますわ。」
シャルロットは、そんな微笑ましい光景を見ながら笑っていた。
こうして、坂本の飯処に新たな客がやって来た。
そしてこの日、一人の客は初めて知ることになる。
身分も、格式も、料理の値段も関係ない。
ただ、美味しいものを食べる。
それが、こんなにも幸せなことなのだと。
読んでくださりありがとうございました。
私はカレーを作る際ウスターソースを入れるのが好きなんです。同士はいるのかな…?
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