【第10話】公爵と至高の宝箱『後編』
異世界に何故か飛ばさせてしまった料理人「坂本」は腹を空かせたお客に温かい普通のごはんを振る舞うハートフルストーリー…
こちらは前後編の後編です。
どっちも見てね!
「――ほぉ。これが貴様が言う『ベントウ』とやらの中身か。」
祭り前日の昼下がり。
食堂のカウンターでセバスは目の前に置かれた四角い箱をじっと見つめている。
蓋を開けると、そこには色鮮やかな世界が広がっていた。
黄金色に輝いている鶏のからあげ。
キラキラと光る黄色い卵焼き。
ほうれん草の緑とベーコンのピンクが映える炒め物。
そして、真っ白なツヤツヤとした米の真ん中に鎮座する、一粒の真っ赤な梅干し。
「ふん、宮廷の料理に比べればずいぶんと小ぢんまりした飯だな。本当にこれで私の兵や他国の重鎮が満足すると思っているのか!?」
「まぁいいから。つべこべ言わずに食ってみな。弁当とは何なのかってのを見せてやるよ。」
坂本はニヤニヤしながら腕を組んだ。
セバスはフンッと鼻を鳴らし、
まずは黄金色の塊をフォークで刺し口へと運んだ。
――サクリっ……と小気味良い音が響く。
その瞬間、セバスの目が丸くなった。
「――ッ!!な、何なんだこれはッ!
冷めているというのにこの衣がペチャついておらぬ!それどころか噛んだ瞬間に肉汁が溢れ出してきおる!
宮廷の肉料理でさえ冷めれば肉汁など出ぬのに…!!」
「だろぉ?冷めても硬くならねぇように下処理をした後で、特製のタレに漬け込んでるんだ。
一度揚げた後、更に高温の油で二度揚げをする。こうする事によってよりサクッとした食感になるんだ。
こっちの黄色いのも食ってみな!」
セバスは言われるがまま、一切れの卵焼きを口に入れた。
「ぬうぉぉぉ!ぷるぷると柔らかい…。
卵の中にこの前の『おでん』と同じようにスープがこれでもかと閉じ込められておる!
噛む度にスープが溢れて心が安らぐようだ」
「箸休めに、そのほうれん草と米の真ん中にある赤いのも食ってみてくれ。」
完全に坂本のペースに飲まれたセバスはほうれん草とベーコンのバター炒めを口に入れる。
「こ、これも美味い!
バターの濃厚なコクとベーコンの塩気、そしてほうれん草のほのかな苦みが完璧に調和しておる!
そ、そしてこの赤いのは何だ…?」
「そいつは梅干し。
あんた、酸っぱいのはいけるかい?」
「ふん、わたしを誰だと思っている!
この程度…」
セバスは梅干しをご飯ごと豪快に放り込んだ。
直後、男の顔が劇的に歪んだ。
「ぬぉぉ、な、何なのだぁぁぁ!」
両目をきつく瞑るセバス。
凄まじい酸っぱさが口内を駆け回る。
「おいおい…大丈夫かよ、あんた。」
「き、貴様…!ついにやったか!?
毒を持ったのか!?」
涙目で睨みつけるセバス。
しかし、ハァハァと息を荒くする彼の口の中に、すぐに別の「変化」が訪れた。
「ん?凄まじい酸っぱさの後に口の中が信じられぬほど爽やかになって来おる!
それに、ウメボシの酸味のおかげでコメの甘みが引き立っておる!」
「そうそう、その酸味がからあげやバターの油っぽさをリセットしてくれるんだ。
どれだけ食っても飽きない。これが『お弁当』の知恵ってやつだよ。」
「何という計算された配置なんだ…!?」
セバスはもう己の身分も威厳も完全に忘れていた。
からあげを頬張り、出汁の効いた卵焼きに悶絶し、バター炒めで米をかき込み、梅干しで口内をさっぱりさせる。
平民の箱詰め飯をまるで、至高のフルコースであるかのように夢中で貪り尽くしていく。
「ぷはぁ。素晴らしい、見事だ!」
空っぽになった木箱を見つめ、セバスは満足感に満ちた今日一番の笑顔を浮かべた。
「これなら祭りの警備兵達も、他国の連中も腰を抜かすはずだ。
おい、この弁当を当日は100?…
いや、200用意しろ!予算ならいくらでも出す!」
「はぁぁ!?に、200!?
うちの小さな厨房でそいつは死人が出るぜ
?その分の人件費もしっかり上乗せさせてもらうぜ。セバス殿?」
「ふん!いくらでも乗せるが良い!
期待しているぞ!」
セバスは高笑いを残し、今度こそ大満足で店を去っていった。
「やれやれ、とんでもねぇ大仕事になっちまったな…
よっしゃ!弁当大作戦の準備でもすっかな!」
坂本は腕まくりをし、祭りの準備に向けて不敵に笑うのだった。
△
「シャルロット、そっちの卵焼きは冷めたか?」
「はい、坂本さん!綺麗に切り分けました。
次、ほうれん草の盛り付けに回ります!」
祭り当日の早朝。
厨房はかつてない熱気に包まれていた。
注文数は200個。
小さな食堂の厨房でこなすには、文字通り目が回るような大仕事だ。
シャルロットは小さな体にエプロンをきゅっと結び、額に汗をかきながらテキパキと手を動かしていた。
坂本が次々と揚げるジューシーなからあげを箱に詰め、彩り良くほうれん草とベーコンのバター炒めを配置していく。
「よし、これで最後!
梅干しを乗せて蓋を閉める!」
「お疲れさん、シャルロット。助かったよ。」
「坂本さんの為ならこれくらい平気です!」
シャルロットは袖で汗を拭い、達成感に満ちた笑顔を咲かせた。
完成した200箱の木箱はセバスが手配した頑丈な馬車へと次々に積み込まれ、賑やかなお祭り会場へと運ばれていった。
―――数時間後…
祭り会場の来賓席及び警備兵待機所
「おい、これがセバス殿の用意して下さった『ベントウ』か……?」
「冷めているが…おい、この肉!
信じられぬほど柔らかくジューシーだ!」
「この黄色の物、口の中でスープが溢れおる!」
祭り警備で疲れ果てていた兵士達は、箱を開けた瞬間、その美味しさに言葉を失った。
冷めても油が固まらず、寧ろ旨味が濃縮されたからあげ。
そして疲れを吹き飛ばす梅干しご飯。
それは他国から招かれた来賓達の席でも一緒だった。
「素晴らしい…!祭りの賑わいの中でこれ程手軽にかつ洗練された優しい味を楽しめるとは…」
並み居る他国の重鎮達が平民の箱詰め飯を大絶賛しながら平らげていく。
その様子を特等席から眺めていたセバスは、ふん、と誇らしげに鼻を鳴らした。
「当然だ。我が街の料理人の腕を侮るなよ。」
偉そうな態度は崩さないものの、セバスの口元は満足気に歪んでいた。坂本に任せて大正解だったと、心の底で確信していた。
夕暮れ時。祭りの大熱狂が一段落した頃、食堂引き戸がカランと鳴った。
入ってきたのはお忍びのマントを羽織ったセバスだ。
「坂本、シャルロットよ。
………見事であったぞ!」
セバスは開口一番カウンターにどっさりとずっしり重い革袋を置いた。
中からジャラリと溢れんばかりの金貨の音が鳴り響く。
「おい、これ…」
「約束の報酬と人件費、そして最高の祭りを演出してくれた事への私からの褒美だ。
他国の重鎮も我が兵達もお前の弁当を喰ってこれ以上ないほど活気に満ち溢れておったわ!」
そう語るセバスの顔からは、いつもの険しさが消え一人の満足した客としての笑みが溢れている。
「そうか。そりゃ良かった!
頑張った甲斐があったな、シャルロット!」
「はい!坂本さん!」
坂本がシャルロットの頭を優しく撫でると、彼女は嬉しそうに目を細めた。
「ふん、改めて今回は良くやった坂本。
だが、次回店に来た時は私を驚かせる『日替わり』を用意しておけよ。」
「はいはい、分かってるよ。
お疲れのおっさんの胃袋に優しい飯ならいくらでも作ってやるよ。」
坂本が少し砕けた調子で笑うと、セバスもまた少し嬉しそうに鼻を鳴らして緑茶をすするのだった。
祭りの賑やかな音楽が遠くから聞こえてくる中、店内にはいつも通りの温かい時間が流れていたのだった。
読んでくださりありがとうございました。
今回、弁当がテーマで書いたんですが、私が子供の頃に好きだった弁当なんです。
懐かしいなぁと思いながら書いてみました。
はぁ…また食べたいなぁ…
少しでも『お腹が空いた』『おもしろい』と思ったら、下にある【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】で応援していただけると、執筆の励みになります!
ではまた次の営業でお会いしましょう…




