第27回 シオン命、だそうです(後半)
ライブハウスは、思ったより狭かった。
ステージ前にファンが密集し、ペンライトの光が闇の中で揺れている。紫と赤の法被を着た二人は、その端の方に立っていた。紅葉は背中の「シオン命」が誰かに見られていないか、絶えず気にしていた。詩音は逆に、ペンライトを丁寧に持ち、場の空気を測るように周囲を見渡している。
問題のファンは、すぐにわかった。
ステージに最も近い位置で、他のファンより明らかに動きが大きい。声も大きい。周囲が少しずつ距離を取っているのが、見ていてわかった。熱狂が、すでに迷惑の領域に入っている。
詩音がその男の近くまで移動したとき、男がふと詩音の背中を見た。
「……シオン命?」
男の目が一瞬で変わった。詩音が振り返ると、男はペンライトを握りしめたまま、声を上げた。
「お前も流川シオンか! わかってるじゃねえか!」
紅葉は隣で、完全に状況を見失った。
『流川……?』
ステージ上で、実際に「流川シオン」という名前のメンバーが歌っていた。偶然だった。詩音の名字でも下の名前でもない。ただ「シオン」という響きが同じだけの、別人だ。だが男は本気だった。詩音の法被を見て、同志だと判断したらしい。
詩音は真顔で、男に向き直った。
『応援する空気は、大切です』
「そうだよな! お前、わかってる!」
そこから先は、紅葉の理解を超えていた。
詩音が「本当の応援は、場の雰囲気を整えることから始まる」と真顔で語り、男がそれに深く頷く。ペンライトの振り方、声の出し方、周囲への配慮。詩音の言葉は的外れなのに、男には響いているらしかった。熱狂が、少しずつ「整った応援」の方向に変わっていく。
曲が終わったとき、男は汗を拭いながら詩音に手を差し出した。
「今日はどうもな。またな、同志」
詩音は丁寧に握手を返し、紅葉の方を見た。
『雰囲気が、整いました』
紅葉は法被の袖を握ったまま、呆然としていた。
『名前が、同じだけの人に……なぜ、そこまで……』
ライブが終わり、外に出たあと、紅葉は夜風に当たりながら長く息を吐いた。背中の「シオン命」が、街灯の下で少し白く見えた。
『次は、背中に何も書いてない服を着てください』
詩音はすでに、次の雰囲気を考え始めている顔だった。




