第27回 シオン命、だそうです(前半)
魔法少女の杖を返してから、数日が経っていた。
紅葉は「17歳と120ヶ月」という言葉を、できれば忘れたいと思っていた。詩音はあの年齢の言い方を本気でしていたらしく、紅葉が「27歳です」と訂正しても「雰囲気的には17の方が近い」と返された。もう何も言わなかった。
その日の午前、零子に呼ばれた。
「詩音、紅葉。今夜、地下アイドルのライブの件だ。詳細は資料を見ろ」
資料を読むと、小規模なライブハウスで活動する地下アイドルの公演に、特定の熱狂的なファンが毎回問題を起こしているらしい。本人は「応援しているだけ」と主張するが、周囲のファンやスタッフが迷惑している。直接排除すると逆効果なので、ファンの中に自然に紛れて、様子を見ながら抑制してほしい、という依頼だった。
紅葉は資料を閉じ、小さく息を吐いた。
『ファンに紛れる、か……。今度こそ、普通の私服で済むはず』
そう思っていた。
午後、詩音が席に戻ってきた。
手元には、紫色と赤色の法被のようなものが畳まれていた。ペンライトも、いくつかセットになっている。紅葉はそれを見て、すでに嫌な予感がしていた。詩音が法被を広げた瞬間、紅葉の目が止まった。
背中に、大きく白い文字で「シオン命」と書いてあった。
紅葉の思考が、完全に止まった。
『……これ』
『応援する空気をまとえるために必要だと思いまして』
『背中に「シオン命」って、何で私の分にまで書いてあるんですか』
『応援する対象を明確にした方が、雰囲気が出ます。二人で統一感も出ます』
『対象が先輩なのが、問題なんです!』
詩音は真顔のまま、赤い方の法被を紅葉に差し出した。紅葉はそれを受け取り、背中の文字を再度確認した。確かに「シオン命」。自分の名前ではない。先輩の名前だ。
『着たら、私まで先輩のファンに見えます』
『その方が、自然に紛れられます』
『自然じゃないです。不自然の極みです』
詩音は首を傾げた。紅葉は長く息を吐き、力なく法被を抱えた。
『……着ます。着ますから。ただし、ペンライトは振り回しませんからね』
詩音は小さく頷いた。紅葉はその頷きを見ながら、心の中で静かに叫んだ。
『背中に「シオン命」を背負って、ライブに行くことになるなんて……』




