第26回 希望と正義の、雰囲気だそうです(後半)
小児病棟の廊下は、想像以上に静かだった。
白い壁と、時折聞こえる子供の咳。消毒の匂いが薄く残っている。詩音は白と紫の魔法少女衣装のまま、杖を片手に歩いていた。ケープが小さく揺れる。紅葉は赤い同系統の衣装を着て、その後ろをついていた。杖は持たされていない。持たなくて済んだだけ、まだマシだった。
病室の前で、詩音が足を止めた。
『紅葉さん』
『……なんですか』
『この衣装の雰囲気、とても良いです』
紅葉は杖を持たない手で、額を押さえた。
『ちなみに、これって何の衣装なんですか?』
『魔法少女です』
『先輩……おいくつでしたっけ』
詩音は少し考えてから、真顔で答えた。
『17歳と120ヶ月です』
紅葉は静かに息を吐いた。
『それを世間では、27歳と言います』
詩音は首を傾げただけだった。紅葉はそれ以上追及しなかった。追及しても、この人の年齢認識は変わらないことを、もう知っていた。
病室に入ると、子供たちの反応は予想外だった。
最初は戸惑った目で見ていた子たちが、詩音の杖とケープを見て、少しずつ目を輝かせ始める。詩音が杖を軽く掲げると、誰かが「すごい」と小さく声を上げた。紅葉は自分の赤い衣装を見下ろし、心の中で深く沈んだ。
『受けが、良すぎます……』
詩音は子供たちに囲まれながら、穏やかに応対していた。特別なことをしているわけではない。ただ、そこに立って、杖を持って、笑顔を作っているだけだ。なのに、場の空気が確かに少し明るくなっていく。紅葉はその様子を見て、複雑な気持ちになった。
この人は、やっぱり説明がつかない。
しばらくして、病室を出る。廊下で紅葉は杖を持たない手で、自分のケープを指で摘まんだ。
『……効果は、あったみたいですね』
『はい。希望の雰囲気が、伝わったかと』
『伝わってます。伝えすぎです』
詩音は満足そうに、杖を少し回転させた。紅葉はその横顔を見ながら、小さく息を吐いた。
帰りのエレベーターの中で、紅葉は天井を見た。
『次は、普通の服で来てください。魔法は、もういいです』
詩音はすでに、次の雰囲気を考え始めている顔だった。




