第26回 希望と正義の、雰囲気だそうです(前半)
新撰組の羽織を返してから、数日が経っていた。
紅葉は新幹線での写真のことを、まだ時々思い出す。外国人に笑顔を要求されたあの時間は、できれば記憶から消したい。詩音は「誠の雰囲気が出ていた」と満足げで、紅葉の精神的ダメージには無頓着だった。それでも、以前より少しだけ突き放す気が薄くなっている自分に、紅葉は戸惑っていた。
その日の午前、零子に呼ばれた。
「詩音、紅葉。総合病院の小児病棟の件だ。詳細は資料を見ろ」
資料を読むと、小児病棟で長期入院している子供たちの間で、最近元気がない子が増えているらしい。治療自体は進んでいるが、精神的に落ち込み気味で、病院側が「何か明るく刺激になることができないか」と相談してきた、という内容だった。警備というより、寄り添い寄りの依頼だった。
紅葉は資料を閉じ、心の中で予想を立てた。
『病院か……。ナース服はこの前着た。あの女が衣装を2度使い回すはずがない。となると、白衣? それとも子供が喜びそうな、動物もの? 着ぐるみはもうやったし……』
自信はなかったが、少なくとも「魔法」の方向には行かないと思っていた。
午後、詩音が席に戻ってきた。
手元には、光沢のある白い生地と、紫のケープのようなものが見える袋があった。紅葉はそれを見た瞬間、嫌な予感がした。詩音が袋を開ける。
出てきたのは、白と紫を基調にした、明らかに魔法少女の衣装だった。星と月をあしらった杖まで、丁寧に添えられている。赤い同系統のものも、一緒に出てきた。
紅葉の思考が、完全に止まった。
『……これ』
『希望と正義の雰囲気が必要だと思いまして。小児病棟ですので』
『ナース服はもう着たんです。使い回さないと思ってたんです』
『ナース服は清潔感、こちらは希望です。用途が違います』
紅葉は杖を手に取り、その重量感に少しだけ現実を感じた。軽い。だが、持っているだけで自己嫌悪が湧いてくる。
『……杖まで、いるんですか』
『希望を示すシンボルです』
『シンボル、いりません』
詩音は真顔のまま、衣装を紅葉の方へ差し出した。紅葉は長く息を吐き、力なくそれを受け取った。
『着ます。着ますから。ただし、変身ポーズだけは、絶対にやりませんからね』
詩音は小さく頷いた。紅葉はその頷きを見ながら、心の中で静かに結論づけた。
予想など、この人の前では無意味だった。




