第22回 お宝を盗むわけではない、だそうです(前半)
ティーバッグを捨てられた翌朝から、紅葉は詩音への期待値をさらに下げていた。
すごいかもしれない、と少しでも思った自分が馬鹿だった。あのポーカーも、あの加速も、何かのバグだったのだと思い込むことにした。期待しない。深く関わらない。壊れん程度に付き合う。それだけを繰り返す。
その日の朝も、紅葉は淡々と席に着いた。
詩音はすでに来ていた。資料を開き、いつものように静かにページをめくっている。平和な光景だった。紅葉は軽く会釈をして、自分の椅子を引いた。
そのとき、詩音が身を乗り出して何かを取ろうとした瞬間、羽織っていた薄いシャツの隙間から、光沢のある生地がチラリと見えた。
紅葉の手が、止まった。
『……先輩』
『はい』
『その下、何を着ているんですか』
詩音は不思議そうな顔で、自分の胸元を見下ろした。そして、真顔で答える。
『今夜の任務用です。先に慣らしておこうと思いまして』
紅葉はゆっくりと立ち上がり、詩音のシャツの裾を軽く摘まんだ。中から出てきたのは、紫の光沢レオタードだった。体にぴったりと張り付き、猫を思わせるラインが入っている。明らかに普通のインナーではない。
『……慣らす、必要あるんですか』
『はい。動きやすさと雰囲気を、体に馴染ませておきたくて』
『社内でですか』
『はい。夜まで着ていれば、自然になります』
紅葉はシャツの隙間から見える紫の光沢を、もう一度見た。朝のオフィスに、変な衣装を来た詩音がいる。三奈が遠くからこちらを見て、すっと視線を外した。
『……その服、何を参考にしたんですか』
『キャッツアイという、雰囲気の出る三人組の人たちです。参考にしました』
紅葉は机に両手をついた。
『......ですよね。私たち、お宝を盗みに行くわけじゃないんですけど』
『お宝かどうかは案件次第です。雰囲気は大事ですよ、ルージュ』
紅葉は長く息を吐き、力なく椅子に座った。
『……夜まで、そのままでいるつもりですか』
『はい。紅葉さんのも、後で渡します』
『デスクの中に、もう入ってたりしませんよね』
『今、入れてきます』
詩音は真顔で立ち上がった。紅葉は天井を仰ぎ、静かに目を閉じた。
『お願いだから、今日くらい普通のインナーでいてくれ……』
その願いは、すでに叶わないものだった。




