第20回 教習所以降、初めてだそうです(前半)
ディーラー風スーツの請求書が机に置かれてから、数日が経っていた。
紅葉は「やっぱりただのバカだ」という結論を、自分の中でほぼ確定させていた。あのポーカーも、何かの事故だったのだと思い込むことにした。期待すると折れる。五郎の言葉を、改めて噛み締めている。
そして今日。
午前中、鷲尾から指示が来る。
「詩音、紅葉。今夜、住宅街の件だ。走り屋が集まってうるさい。詳細は資料を見ろ。やりすぎるな」
資料を読むと、夜の住宅街で走り屋が集まるようになり、騒音と危険運転で近隣住民から相談が来ているという内容だった。やめさせてほしい、という依頼だ。
紅葉は資料を閉じ、小さく息を吐いた。
『今度こそ、普通でいてください……』
午後、詩音が席に戻ってきた。
手元には、大きめの衣装袋があった。袋の口から、白い光沢の生地がわずかに覗いている。紅葉はそれを見た瞬間、すでに嫌な予感がしていた。詩音は袋を自分のデスクに置き、静かに中身を取り出した。
白い、かなり露出の多いレースクイーン衣装だった。ハイレグに近いカットに、銀のラインが入っている。太ももまで覆うストッキングと、短いブーツ。もう一着、深い赤と黒を基調にしたものも続く。どちらも、夜の住宅街で着るような服ではなかった。
紅葉は数秒間、完全に沈黙した。
『……それ』
『夜の車社会には、この雰囲気が必要だと思いまして』
『車社会に、この服が必要なんですか』
『スピードと、華やかさと、緊張感を同時に出せます』
紅葉は白い衣装を手に取り、表と裏を確認した。生地は薄く、伸縮性が高い。着たら、ほぼ体のラインがそのまま出る。これまでのメイドやナースよりも、明確に「見せる」方向に振り切っていた。
『……半ば、諦めてはいます。でも、これだけは少しだけ、言わせてください』
『はい』
『普通のジャージでいいと思います。走り屋に文句を言いに行くだけなので』
『雰囲気が足りません』
『足りなくていいです。足りないくらいが、ちょうどいいです』
詩音は首を傾げたまま、袋を紅葉の方へ押し出してきた。紅葉は長く息を吐き、力なくそれを受け取った。
『……着ます。着ますから。ただし、変なことだけは、本当にしないでくださいね』
詩音は小さく頷いた。紅葉はその頷きを見ながら、心の中で静かに祈った。
『お願いだから、今日くらい普通でいてくれ……』




