第17回 格式が、いいそうです(前半)
ナース服を返してから、数日が経っていた。
紅葉は注射器のことはもう深く考えないようにしていた。考えても結論は変わらない。詩音は「清潔感」と言い、紅葉は受け流す。その繰り返しが、日常になりつつあった。
そして今日。
午前中、鷲尾から指示が来る。
「詩音、紅葉。今夜、港区の高級クラブ。詳細は資料を見ろ。慎重にやれ」
資料を読むと、空気が少し変わった。依頼主はクラブ側。店内で指定暴力団関係者とみられる人間が、危ない薬の取引を繰り返しているらしい。表沙汰にしたくないが、このままでは店が持たない。自分達が相談したことを秘密裏に、相手を引かせてほしい——という内容だった。
紅葉は資料を閉じ、小さく息を吐いた。これまでの依頼とは、明らかに温度が違う。
午後、詩音が席に戻ってきたとき、手元には黒い衣装袋があった。袋から取り出したのは、深い紫のイブニングドレスと、赤い同系統のドレスだった。どちらも肌の露出は抑えめだが、生地の光沢とシルエットが、明らかに場の格式を意識したものだった。
『今夜は格式が必要です。高級な場ですので』
『……源氏名、どうするんですか』
『私はシオン。紅葉さんはルージュでお願いします』
紅葉はドレスを見下ろし、短く息を吐いた。危険な現場に、格式のドレス。理屈は通っているようで、通っていない。
『着ます。ただし、何かあったらすぐに引きますから』
『はい。雰囲気を大切にしましょう』
紅葉はドレスを受け取りながら、心の中で小さく呟いた。
『今度こそ、ただのバカじゃないことを祈ります……』




