第14回 可憐な女の子は、ピンクだそうです(前半)
六十八万円の請求書が経理を通過してから、数日が経っていた。
紅葉は七瀬の視線を感じるたびに、無意識に背筋を伸ばすようになっていた。直接何かを言われるわけではない。ただ、すれ違うときの沈黙が、以前より重くなっている。詩音はいつものように朝のコーヒーを飲み、資料をまとめ、自販機の前で時々立ち止まっていた。本人に反省の色は、相変わらず見えない。
そして今日。
午前中、鷲尾から指示が来る。
「詩音、紅葉。週末、商業施設の子供向けイベント警備。詳細は資料を見ろ」
紅葉は資料を開いた瞬間、一瞬だけ着ぐるみの熱を思い出した。子供向け。イベント。親しみやすさ。あの白いウサギと黒いパンダの視界の悪さが、脳裏をよぎる。だが、詩音は「普通の服」と言っていたはずだ。期待はしない。それでも、着ぐるみよりはマシなものが来るかもしれない、とわずかに思った。
夕方近く、紅葉が廊下を歩いていると、詩音が角から出てきた。手には、またしても大きな袋があった。布製で、中の形がはっきりとわかった。ヘルメットのような丸いシルエット。紅葉の足が、完全に止まる。
『……何ですか、その袋』
『子供向けのイベントですので、可憐な雰囲気がいいと思いまして』
詩音は袋を開け、中身を取り出した。ピンクの光沢のあるスーツ。白いラインが入り、ベルトには変なエンブレムがついている。ヘルメットもセットだった。もう一着、青い同系統のものも続く。
紅葉はそれを見て、着ぐるみの記憶が一気に霞んだ。
『……これ、何ですか』
『戦隊ヒーローの衣装です。子供に親しみやすく、正義感も示せると思いまして』
『着ぐるみより、すごいですね』
『着ぐるみは親しみやすさ、こちらは可憐さと正義感です。用途が違います』
紅葉はピンクのスーツを手に取り、ヘルメットを見た。中は暗く、視界はおそらくかなり悪い。詩音は真顔のまま、自分の分のピンクを確認している。
『なんで、先輩がピンクなんですか』
『可憐な女の子は、ピンクレンジャーです』
『私の意見は?』
『青い方が、引き締めます』
紅葉は天井を仰いだ。意見を聞かれた記憶がない。詩音は袋を紅葉の方へ押し出し、当然のように言った。
『着てください。雰囲気が出ます』
『……着ます。着ますから』
紅葉は力なく袋を受け取った。着ぐるみを超えてきた、という事実だけが、静かに沈んでいく。




